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能登半島地震 2

能登半から三か月
家族を亡くした出口彌祐さん


 どうにもならないね
家はいくらつぶれてもいいけど
命はもとに戻らないからね
そういう意味じゃ
つらいなという気はしますよ
 
元旦の地震で裏山が崩壊、自宅が押しつぶされて長年連れ添った妻と長男の命が奪われました。二人と出口さんをつなぐのは千枚田の存在です。
 
長いことやってきたから
生きがいにもなっていて
私としてもね
家内や長男の気持ちの中にも
千枚田は生きていると思うんで
それをしょって少しでも頑張ってみようと
 
輪島市白米町にある白米千枚田は、千四枚の田んぼが重なり、階段まで続く絶景は能登を代表する観光スポットです。しかし元旦の地震でその景色は一変しました。
 
けっこう、この亀裂、
水たまっているから
わからないけど深いんですよ
これ全部埋めなきゃいけないんで
 
出口彌祐さん、77歳、地元住民でつくる耕作ボランティア白米千枚田愛耕会のメンバーです。輪島市生まれ、輪島市育ちの出口さんは、長年市内の測候所に勤め気象観測などを行っていました。そして定年退職後に愛耕会に入って、以来二十年近く妻の正子さんとともに千枚田の手入れや、イベントの運営にたずさわってきました。
地震後は自宅が傾いたため、金沢市の避難所に身を寄せていますが、週に二、三回、片道二時間半かけて、千枚田に通い復旧の準備をすすめています。二次避難している他のメンバーの宿泊拠点にしようと、休業中の《道の駅》にベッドやシャワーを整備、またクラウドファンディングを実施し、修復なかかる費用を募っています。

 
残念だけど
これを元に復旧させるには
並大抵じゃないんだよね
これからどうしていくか
とにかく、活動しない限りね
そのために全国から
クラウドファンディングでね
みなさんからご寄付をたくさん
いただいていますので、
それを活用して
できるだけはやく、
千枚田の田んぼを
復旧したいなと
 
三月末、出口さんは本格的に千枚田の復旧にたちさわるため金沢市の避難所を出て、輪島市にもどることにしました。輪島市に戻る前に、妹の家に立ち寄りました。
 
遺骨をもっていくわ
 
妹の家に預けていた妻正子さんと長男博文さんの遺骨です。家族四人ですき焼を囲む、それが正月の恒例行事でした。元旦、出口さんは京都から帰省してきた次男を迎えに行き、帰宅する途中で地震にあいました。自宅には夕食の準備をしていた正子さんと、横浜から帰省していた博文さんがいましたが、土砂崩れで家の下敷きになり亡くなりました。
 
まあね、地元へ帰るから
喜んでいるかもしれないね
 
正子さんと博文さんを助手席に乗せて故郷に戻ります。金沢市からおよそ二時間半、出口さんは千枚田からほど近い輪島市のアパートをみなし仮設としてかりることにしました。
 
やっと我が家に
我が家じゃないけれど
かりているだけだけど
毎日、こうやって(ふたりの遺骨)見んならんね
まあ、そうしたら思い出すわね
ああ、
しょうがないよ
なんで、あんな寄り道せんと
帰っていれば
全員たすかったかもしれないと
思っていましたけど
まあ、こんで、三月終われば
もう三か月やからね
そうも言ってられないんで
二人分もね、なんとか、うん
二人の命は亡くなったけど、
そういうものが気持ちの中にあるんで
まあね、それをしょってね
これから生きていかなきゃならない
二人の分までいきられれば
いいじゃないかと思っているんですけど
 
これからふるさと輪島で一人暮らしのはじまり。料理は出来るんですか?
 
多少はね、見よう見まねで
まあやらざるをえないね
ほとんど家内がやっていたんで、
これからは大変な生活が
はじまるんだなというところですよ
こっちにきたら
ライフラインとか道路とか
震災にあって全然復旧が
されてないんで、
回りみると大変だよね、
しかも人がいないんでね
でも、やっぱりふるさとは
ふるさとなんですよ
 
元旦に大切な家族を失った出口さん、支えとなっているのは、妻正子さんと二十年近く二人三脚で守ってきた千枚田です。
 
千枚田を思うことによって
二人を亡くしたけど、
でも、それでまぎれるっていうのは、
おかしいんだけど
集中していないと
なんか心が切れそうになるじゃないですか
だから、それはやっぱり
やめようとかなんか思わないんですよ
やっぱりやろう
もういい年しているのにね
本当にやれるの
やってみなきゃわからないけど
やってみとどうかなって
 
今日で地震から三か月、出口さんの姿は千枚田にありました。修復作業と並行して、被害の少ない六十枚の田んぼで、この春、田植えを行うことになりました。
 
もう一度帰りたいなという
そういうふるさとつくりの一つの
千枚田をまずは
復興のシンボルじゃないけど、
もう一度復旧させたらと思っています
みんなの心のふるさとの支えになって
帰ろう、帰ってきてくださいと
言えるように、できれば。
 





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