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ウオールデンはインチキサイトです

小野信也さんへの手紙


 私が他者のサイトにクリックするのは、あなたのサイトぐらいで、そのサイトの更新が長く途絶えていたが、最近再開したことを知りました。深く思考されるあなたのことだから、《note》 という大陸に言葉を打ち込むことの意味といった根源的なことまで思いめぐらせての再上陸なのでしょう。
 
最近、われらの小澤征爾さんが亡くなりました。彼が残した偉業は限りなくあり、この偉業を引き継ぐのは、あなたの友人である征良さんですね。彼女はその大きな偉業をどのように引き継いでいくのでしょうか。これから彼女の本当の自己確立の時代が始まるのでしょう。そんな征良さんのことを、再開したあなたの《note》に書いてください。さらにあなたの文体を鍛えるために、彼女を通して小澤征爾を描くというのはどうでしょうか。そしていつの日は、彼女を紹介してください。ぼくは一瞬にして彼女に恋に落ちた時代があるのです。
 
ウオールデンは相変わらずのインチキサイトです。一本、また一本と、ウオーデンに打ち込むが、飛んでくる《スキ》は一つか二つです。そこで広大な森をつくるために植え込んだ苗木を枯らすまいと、そのあとに如雨露にたっぷり水をいれて、一本一本の木の根元に生命の水をやっています。ウオールデンの森では、《スキ》一つが一センチです。ですから植え込んだ苗木を直径一メールの堂々たる大木に育てるためには、生命の水を百回注がねばなりません。最近はちょっと疲れて、生命の水やりは五十回どまりですが、それでも直径五十セントの樹木に成長していることになります。
 
他者からみれば、この行為はインチキであり、なんと馬鹿げたことをしているのかと一笑に付せられますが、これは《note》に革命を生起させる行為だと思っているのです。なぜそれが革命的行為なのか、あなたの《note》が再開されたことを機に、かつてこの問題を思索した樹木を再度苗木にして、あらたに植樹してみます。
 
この大陸でさまざまな実験をしているのですが、最近、「イエロー・ブリック・ロード」で、次のような実験をしました。まずこの六十枚ほどの短編小説を散文形式で打ち込みました。次にこの小説を一行一行ごとに改行する詩篇形式にして打ち込みました。さらにAIによって翻訳して、この小説を英語の短編小説として打ち込みました。そしてそのいずれの形式にも、言葉と音楽を融合させるためにエルトン・ジョンの「イエロー・ブリック・ロード」を冒頭に打ち込みました。こうした手法によって短編小説「イエロー・ブリック・ロード」を創造するという実験でした。
 
かつて《 note》に次のような苗木を植えこみました。


「ハーツォグ」というアメリカの作家ソール・ベローが書いた長大な小説がある。この小説の主人公ハーツォグは、退職した大学教授で、その内部が荒廃しているというか、精神の崩壊の危機のなかにある。錯乱していく精神を必死に支えようと、ひたすら手紙を書きまくるのだ。その手紙を投函するわけではない。とにかくその手紙の相手というのが、ヘーゲルとかニーチェとかいった歴史上の人物であったり、大統領とか州知事とかいったマスコミに登場する未知の人物であったり、あるいは死んだ母親やかつての愛人たちであったりとかで、投函しようがないのだ。
なぜ彼はそんな手紙を必死に書き続けるのか。「彼の苦悩の真摯さを認識してもらうために。返事を求めているわけではない。不毛の思想への憤りと抗議である。問うこと自体が、彼みずから解答を導き出す手段であり、追及する真理は返事にはなく、問いの過程そのものにある」(宇野利康訳 早川書房)。
ぼくがこの開墾地に手紙を打ち込みはじめたのは、ハーツォグ的心境かもしれない。不毛なる社会への憤りと抗議という片鱗もある、自らの解答を導き出す手段という片鱗もある、あるいはまた不毛なる地に新しい地平を切り開こうと苦闘する手紙という片鱗もある。

二年前に植樹したこの木の傍らに、新たに「絶望に沈みことなく、新しい地平を拓くために、ともにこの時代をいきる有名無名の人たちに、さらにその時代を生きた過去の人々や、やがて出現する未来の人たちに手紙を書くことにした」という苗木を植えこんでいこうと思っているのです。そしてその最初の試みがあなたへの手紙です。


 
 

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