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小説・投資詐欺の行方:消えた400万円(5)闘うしかない

やせた女がわたしの膝を押した。
「着物レンタルの『晴れの日』の社長よりましね、雲隠れしないで出てきたのだから、誠実なのよ、少しは」

この人、心が広いのか、ノーテンキなのか。

壁ぎわの若い女性が、
「インターネットには、麹町法律事務所とプレミアバンクはグルで計画倒産を図ったと書かれていました」
 主任弁護士と両サイドの若い二人の弁護士は苦笑いしている。
「この法律事務所に払うお金はいくらですか、真山さん」


男の出席者はさっきより増えていた。十人ぐらいはいるか。皆無言だ。男たち、大人しく座っているな。何か言え。私は心の中で叫んだ。


「それは申せません」
 真山が初めてきっぱりと断言した。
「五十万円ですか、百万円ですか。わたしたちに返すお金はないのに弁護士に払うお金はあるんですね」

女性の声が響いた。
「真山さんを告訴します。刑務所に入れます」

八十代ぐらいの女性がハンカチで口元を押さえて手をあげる。
「真山さんを牢屋に入れなくてもいいです。お金さえ返ってくれば」
「真山さんの個人資産はどれぐらいですか」
「資産はほぼありません」
「ちゃんと調べたのですか」
若い女性弁護士が澄んだ声で応えた。
「隠し財産があるかどうかこれから調べますが、今のところ資産はほぼありません」
「プレミアバンク顧問の市会議員の責任はどうなるのですか」
「法的な責任はありません」

結論は自分が出資したお金は泡と消えたということだけだった。

「質問はここまでにいたします。次は八月七日、第一回債権者会議が東京地方裁判所合同庁舎内で開催されます。場所と時間は後日郵送でお知らせいたします」

「裁判所だって。あなた、行く?」
太った女が右からわたしの腕をつついた。
「行きます」
「電話番号、教えて。一人じゃ裁判所怖い。一緒に行こう」
 わたしは女の資料の裏に鉛筆で電話番号を書いた。女は自分の電話番号をわたしの資料の端に書いて、
「今日、あなたと友達になれてよかった」

こんな関係を友達と言っていいのかどうか分からないが、この話題はここで出会った人にしか話せない。そういう意味では友達かも知れない。

「あいつを刑事告訴しましょう。いっしょに闘いたい人、後で話し合いしましょう」
女性弁護士が、
「会議室は四時までです。お出になってくださーい」

わたしたちは立ち上がり、告訴を口にした女性の傍に集まる。真山に丁重に頭を下げて部屋を出る女もいる。

告訴を主張した女性は群がる手に次々に名刺を差し出す。わたしも手を伸ばした。

『総合探偵社 ハッピールーム・紺野よう子』


女性弁護士に急き立てられ。わたしたちは会議室の外に出た。

「闘うしかない」
 つぶやく誰かの声に、
「そうね、闘うしかない」
 誰かが力なく応えた。

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