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小説・投資詐欺の行方:消えた400万円(4)女たちはすすりなく

今年の十月で満期償還される。あと数か月で、四百万円プラス利子二十万円が入る。そこで投資はやめよう。
それまでだいじょうぶかな。だいじょうぶだろう。

そう思ったのが運命の分かれ目だった……。

会食の席、隣の若い女性に思い切って話しかけた。
「こんなぜいたくな会食、派手すぎません?」
「もうかっているから、ごちそう出せるのよ」
「今まで利子が滞ったこと、あります?」
「七年前から投資しているけど、利子、たくさんいただいたわ。銀行に預けておくのがバカみたいに思えて、どんどん出資したの」

今にして思うと、あの人は詐欺仲間だろうか。真山社長は、あちこちにサクラを座らせていたのか。

疑い出すときりがない。

トイレに立つと、たくさんの女たちがいた。数百、数千万円も社債を購入する人は大金持ちかと思っていた。
だが、そうでもないようだ。
女たちの服装は地味でブランドバッグなど持っている人はいない。金持ちの持っているオーラがない。しおれた花のようだった。
二時、説明会が始まった。

「一番前に行こう。真ん前で社長を睨みつけてやる」
太った女がわたしの腕を握る。最初に知り合ったやせた女も
「いっしょに前に行きましょう」

二人に挟まれはさ、わたしはいちばん前の真ん中に座る。配られたペットボトルに手を付ける気にもならなかった。
毒が入っているような気がする。

大会議室はいつのまにか満席になっていた。前に補助椅子が出ている。百人ぐらいはいるか。男の姿は三、四人ぐらい。
弁護士三人並んだ端に、真山は電信柱のように座っている。今見るといい男じゃないね、と後ろでささやく声。

弁護士が口を開く。
「プレミアバンクが投資したのは、マレーシア、インドネシア、イギリスなどの投資会社、中古車販売会社、カジノ経営会社等。決裁表の欄に『回収不明』とありますように、投資先の会社から回収できる見込みは不明です」

辺りは海の底のように静まる。説明は二十分ほど続いた。
「何かご質問、ございますか」
若い女が手をあげる。
「勧誘員はカジノや中古車販売に投資したなんて一言も言いませんでした。社長はきちんと社員教育していたのですか」

真山はかなりの間をおいてから応えた。
「一人一人が、どう説明したかまでは、把握していません」
「三月中に経営中止を決めたというのに、なぜ三月末まで勧誘したのですか」
「三月末に入金した方は返金しました」
「わたしは三月初めに追加投資しました。顔なじみの営業マンに熱心に勧められて」

真山は無言だ。
「初めから詐欺だったのですね」
「初めから、詐欺を働こうとは、思っていません……でした」
「わたしは八十です。真山社長を励ましたいと思って三千万円出資しました。若いから頑張ってもらいたくて」
 白いブラウスの女性が静かに発言する。隣の女性が立ち上がった。
「生まれて初めて椿山荘で食事して感動しました。でも、あれは結局、自分のお金で食べていたってことですね」

真山はピクリとも動かない。わたしは必死の思いで手をあげた。
「結論として、お金は少しでも返ってくるでしょうか」
真ん中の主任弁護士がクールな口調で、
「破産というのは債権者にとっては過酷な制度でして」

会場が凍りつく。
「資産がなければ返せないのです」
辺りは海の底のように静まった。それから小さなすすり泣きがあちこちで上がった。

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