とっておきの思い出にとっておきたい
学生時代を振り返ると、若気の至りな思い出ばかりだ。
若気の至りとは言っても、悪事を働いた訳ではない。
ただ寒いことばかりしていた。
北海道に行った高校の修学旅行は、若気の至りのベストアルバムだ。
初日の夕食はジンギスカンだった。
関西の女子高生がジンギスカンを食べる機会はほとんどない。
同じテーブルの友達全員、ジンギスカン初体験だ。
ジンギスカン用の鍋は、あまり見ない珍しい形だ。
山型で、縁は北海道の形になっている。
山上で羊肉を焼く。
夕食会場の係員のお兄さんが焼き方を説明してくれていたが、羊がどんな味なのか気になって、説明なんか聞いちゃいない。
「ジンギスカンってチンギスハンってこと?!」
最近習ったモンゴルの英雄と言葉の響きが似ていることで騒ぎ始める。
実際、ジンギスカンの語源はチンギスハンとの説もあり、あながち間違いではない。
「いや、ジンギスカンがチンギスハンってことは、もうキプチャクハンちゃうん?」
モンゴルの関連ワードで語尾が似ているキプチャクハンが突如登場。
これは何の意味もない。文法が破綻している。
1秒でも早く羊肉にありつきたいわたし達は、早速カセットコンロを点火し、焼き始めた。
「羊、めっちゃ鍋にひっつくやん」
「ホンマや、鍋から全然取れへん」
「困ったメェェェ」
「早よ食べたいのにメェェェ」
鉄鍋が温まりきる前に肉を乗せたため、くっついてしまった。
「いいこと思いついた!玉ねぎを下敷きにしたらええんちゃうん?」
「うわ!天才やん!チンギスハンやん!」
大きく輪切りされた玉ねぎの上で羊肉を焼くという苦肉の策がヒット。
初めて食べるジンギスカンはとても美味しい。
「うメェェェ」
育ち盛りのわたし達は箸が止まらない。
羊肉を焼いては食べ、焼いては食べる。
隣のテーブルの「お腹いっぱいになってきた」という可愛い発言を、地獄耳のわたし達は即座にキャッチ。
食べ切れない羊肉を譲り受けた。
鍋いっぱいに羊肉を焼き広げる。
「ニクモリヤンやで」
「うちらニクモリヤンやな」
もはやモンゴルでも何でもない、架空の関西の英雄を、自らの魂と肉体に宿らせる。
そんなニクモリヤン族をピンチが襲う。
「アカン、玉ねぎがもう無い」
絶滅の危機か。
「ちょっと待って?漬物あるやん!」
テーブルの脇に佇む大根の漬物。
玉ねぎを漬物で代用、という世紀の大発見。
ニクモリヤン族に光が差した。
大根の漬物の上で羊肉を焼き、生き延びることができた。
この修学旅行での写真撮影のわたし達の掛け声は、「ハイ、チーズ」ではなく「ニクモリヤン、イェーイ」となった。
おもんなすぎる。
自由時間に観光していると、市場でお土産用の大きな蟹が売っていた。
「蟹って機内持ち込み出来るんかな?」
修学旅行の事前説明会で、刃物は機内に持ち込みできないと先生から重々言われていた。
「蟹の爪ってハサミやもんな」
「特に冷凍やったらめっちゃ鋭利やで」
「もし持ち込みできたら、わたし帰りの飛行機ハイジャックしてまう」
「わたしも。蟹爪ハイジャック」
引率の先生に駆け寄り質問する。
「先生、バナナはおやつに入りますか?」
「蟹爪は刃物に入りますか?」
「ハイジャックしてもいいですか?」
わたし達の疑問は止まらない。
今考えると寒すぎる。
楽しい修学旅行もいよいよ終盤に。
グループ行動で電車を使って移動する。
到着した駅の自動改札で切符を通そうとしたが、ふと思いついた。
「この切符さ、自動改札に入れたら吸い込まれてしまうけど、とっておきの旅の思い出にとっておきたいな」
「ホンマやな、駅員さんに言ったら切符貰えるかな?」
まず一人目が、改札にいる駅員さんに声をかけた。
「すみません、この切符、とっておきの旅の思い出にとっておきたいんですけど」
いいですよ、と駅員さんは切符にスタンプを押して返してくれた。
「やった!」
味を占めた他のメンバーも後に続く。
「この切符、とっておきの旅の思い出にとっておきたいんですけど」
同じセリフを4回連続で聞かされた駅員さんに申し訳なさすぎる。
そして、ダジャレがおもんなすぎる。
その時はどんなに面白くて仕方なかったことも、後から思い返すと恥ずかしくなるもの。
寒すぎてドン引きするような思い出に、蓋をしてしまいたくなるかもしれない。
でも、せっかくの楽しい思い出。
とっておきの思い出は大切に心にとっておきたい。
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本作をもちまして #クセスゴエッセイ は
第100話を迎えました
これまでクセスゴを愛してくださった皆さん
本当にありがとうございました
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