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隠語で遊ぼう

大学時代、ケーキ屋でアルバイトをしていた。
クリスマスの売り場は戦場だ。

クリスマスケーキを求めて殺到するお客さまに、素早く正確に対応しなければならない。

予約品の受け渡しに誤りがないか、ローソクや保冷剤の入れ忘れはないか、お釣りの渡し間違いがないか。

スタッフは朝から臨戦態勢だ。
いつもよりピリピリしている。

曜日にもよるが、クリスマスイブに客足が伸びるのは夕方以降。
午前中は嵐の前の静けさ。
「来るぞ、来るぞ」と胸が騒ぐ。

わたしは売り場が混雑する前に、と思い、スタッフに声をかけた。



3番行ってきます!!!



今日のバイトに気合いが入りすぎていたのか、我が声帯から選手宣誓レベルの声が出ていた。

そんなつもりではなかった。

このケーキ屋のスタッフの隠語で、「1番は休憩、「3番はお手洗いだ。

図らずもわたしはトイレに行くことを猛アピールしていた。
お客さまにバレない隠語だったのが幸いだ。

お客さまに聞かせないようにしたり、周囲の目を気にしたりする際、隠語は役に立つ。




わたしは今営業職として働いている。

職員一人ひとりに担当取引先があり、普段は単独行動で営業している。
しかし、複数のお客さま対応が必要な場合や、セミナーや説明会などで人手がいる場合は、他の職員に応援をお願いすることがある。

わたしは営業職の同僚達に声をかけた。
「来週の都合、どうかな?例えば水曜か金曜とか」

みんな一斉に手帳を開いて予定を確認する。

「何時ですか?お昼ですか?」
「いや、ちゃうねん。18時とか19時とかたすかれたら
「すいません、僕金曜は都合悪いです」
「じゃぁ水曜日か」
「わたし水曜大丈夫です。助かれます」
「僕も助かります」
「じゃぁ来週水曜。みんな助かろか」



仕事終わり一口目のビールを飲んだ後の雄叫び「助かった〜〜

毎度の一言に由来し、いつの間にか「飲みに行く」の隠語が「助かる」になっていた



なお、「飲みに行く」の隠語はきっと世の中に数多くある。
わたしが知っているものだけでも「うがいして帰ろうか」「魂の鐘を一緒に鳴らさないか?」「舐めるだけ、舐めるだけ」などがある。

それなら直接飲みに行くと言った方がいいような、変な言い回しばかりだ。

みんな隠語で遊んでいるのかもしれない。




最近関西で話題の隠語がある。

阪神タイガースの岡田監督の言い回し「アレ」だ。
チームの目標を「アレ」と表現する。

「言うたら、おかしなことになるんよ。いらんこと言うたらアカン」とのこと。

目標を直接的に言ってしまうと、選手が意識しすぎて固くなったり、調子を崩してしまう懸念がある。
チーム関係者のみならず、ファンも絶対に口にしてはならないとされる。

今シーズン阪神が「アレ」すると、18年振りとなる。


わたしはこの「アレ」が仕事に活かせるのではないか、と思いついた。

わたしの所属する支店は、残念ながら代々業績が上がりづらい。
でも、みんなサボっているわけでもふざけているわけでもない。

がんばっても報われないことが続くと、自信を失ってしまう。
みんな契約を取って帰って来ても、喜びを露わにせず淡々としている。
それよりも「今月10件目標なのにまだ3件目だ」と気後れしているのかもしれない。

そこで、契約が取れたことを「アレ」と報告することにした。
具体的に言うと生々しいけど、「アレ」なら気軽に言える。
そして、「アレ」できた職員には、みんなで労いの言葉をかけよう。
一つひとつのがんばりを、みんなで喜び合おう。

「今日アレですわ」
「おめでとうございます」

「アレしました」
「ご苦労さまっ」

アレ戦略が職場でじわじわと浸透しつつあるかと見えたが、わたしはすぐに問題点に気づいた。


「昨日のアレ、大丈夫やった?あの案件のアレ

「その書類?それはアレやわ、あのファイルに」

「これは訂正印もらった方がいいけど、もしアレやったらまぁまぁまぁ」

「せやけどこらぁアレやなぁ〜」



言葉が出て来る前に喋り出す関西人の習性なのか、わたし達は普段から何でもかんでも「アレ」と言いすぎている。
もはや「アレ」しか言っていない。
もう「アレ」を原動力にしないと喋り出せないのだと気づいた。

これではどれが本来の「アレ」か分からない。



ハッキリ言うてアレ。


アレ戦略は早くも頓挫している。
隠語で遊んでいる場合ではなかった。





「1番行ってきます」ととりあえずゆっくり休んで、次の戦略を考えよう。
1番センター近本選手の活躍を横目に。

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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「茶番ブーケトス」

をお届けします

お楽しみに〜
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