乗客達の共通認識
通勤の満員電車で、ドア付近はギュウギュウに混み合って押し潰されそうなのに、奥に一つ空いた座席の前で頑なに座ろうとしない人がいる。
その人が立っているから邪魔で他の人が座ろうにも座れない。
気を遣って立っているのかもしれないが、あなたが座らない分、こちらのスペースは逼迫している。
車両を包む空気で分かる。
わたしだけでなく、他の乗客も全員同じことを考えている。
***
終電で、ベロベロに寄ってぐらんぐらんと体を揺らしながら寝ている女性がいる。
相当飲んだのか、横に置いたカバンが今にもずり落ちそう。
ここにスリがいたとしたら恰好のターゲットだ。
危ない目に遭いそうになったら声をかけてあげないと。
ぐらんぐらんと体の揺れはさらに激しくなり、カバンから出かかっていたスマホが床に落ちた。
あっ
即座に5人ぐらいが声を出した。
わたしだけでなく、他の乗客も全員彼女のことを心配していた。
***
阪神電車に乗る機会があった。
車内は試合帰りのユニフォーム姿の阪神ファンで溢れかえっている。
球場で応援ユニフォームに着替える他球団のファンとは違い、阪神ファンはユニフォームを着て家を出て、着たまま家に帰る。
車内の彼らの雰囲気だけで聞かずとも分かる。
今日は快勝したのだろう。
わたしは野球には疎く、ルールもゲッツーぐらいまでしか分からないが、関西在住で、家系は阪神ファンなので、雰囲気には慣れっこだ。
同じ車両に、やんちゃそうな20代カップルの兄ちゃん姉ちゃんがいた。
二人とも金髪で、見るからにややこしいタイプの阪神ファンだ。
兄ちゃんは機嫌良く六甲おろしを歌い始めた。
姉ちゃんは、兄ちゃんと違ってまだ良識を備えているようだ。
乗客は阪神ファンだけでなく、仕事帰りや買い物帰りの人もいる。
姉ちゃんが注意しても兄ちゃんの六甲おろしは止まらないどころか、歌声はどんどん大きくなる。
注意する姉ちゃんに脇目も振らず歌っていた兄ちゃんが、一瞬歌を中断し、ピシャリと一言。
乗客達はハッとした。
確かに。
その瞬間、空気が変わった。
車両全体が妙な納得感に包まれた。
良識あるのは姉ちゃんの方、というのは錯覚だった。
乗客達は自らの過ちを省みるように、兄ちゃんが歌う六甲おろしに耳を傾けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「職場で貰った土産物」
をお届けします
お楽しみに〜
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?