2005年、僕は25歳だった。僕はただの引きこもりだった。かつて流行った唄みたいに、この腐敗した世界に堕とされた僕は、こんなもののために生まれたんじゃない、そんな風に思ってた。

I am GOD'S CHILD（私は神の子供）
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?
(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)
こんなもののために生まれたんじゃない

長内市は旧秋野町と旧崎岡町が合併してできた新しい市だった。合併直後に市議会議員選挙があって、定数20人に対して定数割れの19人しか立候補がなかったから、母がひきこもりの僕を勝手に立候補した。定員同数だから、晴れて無投票で当選した。

議員になって驚いたのは、こんな僕でも市職員や偉い人たちがみんなペコペコしてくるってことだった。最初は恐縮したけど、すぐに議員の肩書きに慣れた。やがてマヒして、というか味をしめて、いろいろ無理難題を言ったり、命令したりするようになった。僕は弱者だから何をしてもいいって思ってた。漠然とした社会への恨みを抱いていた僕はそれを正義だと思っていた。それが当たり前だと思うようになっていった。

しばらくして、市役所の入札談合事件があって、市長が辞めることになった。すぐに市長選の告示があって、旧秋野町在住の85歳の大地主が立候補した。議会からは誰も出なかった。僕ら旧崎岡町側の市議たちは候補者を出そうとしてたけど、市長選に出るには議員を辞めないといけないから、誰も出たがらなかった。それで最後に僕のところに話が回ってきた。彼らは旧崎岡町の未来を僕に託そうとしているようだった。僕は旧崎岡町を背負って市長選に出ることにした。どうせ引きこもりだし、家庭もないし、守るものなんて何もない。

僕はマニフェストに、市職員と市議会議員の給料を年齢関係なく一律22万円にする、とだけ書いた。

僕は当選した。旧崎岡町の方が少し人口が多い。それに、85歳の大地主と、28歳の貧乏人の戦いだから、少し同情票もあったんだろう。予想外にダブルスコアの圧勝だった。

2008年、僕は市長になった。僕は約束通り、市職員と市議全員の給料を一律22万円にした。課長級以上の市役所職員はほとんど辞めていった。なぜそうしたか？ウケると思ったからだ。年長者優遇の社会に対する漠然とした怒りもあった。似たような仕事をするんなら、それが正しいとも思った。総務省がどうとか人事院勧告がどうとか言われたけどそんなの知ったこっちゃない。それに実際ウケたし。自分で言うのもアレだが僕は一瞬にして時代の寵児になった。取材が殺到したし、全国ネットのインタビューも受けたし、どこぞの出版社がすり寄って来て、本だって出した。タイトルは「穀潰しスーパースター　～引きこもり青年、市長になる～」。今度、読んでみてほしい。今じゃブックオフで50円で売ってるから。結局のところ、そういう時代だった。ロスジェネとか流行ってたし、よく知らないけど、希望は戦争とか、ツタヤ図書館とか、変幻自在のトリック・スターとか、そんな時代だった。

僕は引きこもりで弱者だから、何をしても許されるって思ってた。旧秋野町に1円も予算をつけなかったし、旧秋野町と旧崎岡町、老人と若者、金持ちと貧乏人、対立を煽ることでしか、支持を維持することができなかった。僕は燃料を投下して、炎上させることしかできなかった。でも結局、麻薬はすぐに効かなくなる。

そのうち、旧秋野町住人とか元市職員とかの嫌がらせなのか、市役所にトラックが突っ込んだり、爆破予告があったりして、市職員の若手が大量に辞めだした。市役所はすぐに機能停止になった。僕の自宅にも無言電話があったりとか、猫の死骸が段ボールに詰められて郵便物で届いたこともあった。しまいには母の精神がおかしくなって、泣きながら、市議会議員に立候補させた自分が悪かった、頼むから市長を辞めてくれって。

僕は1週間考えて、辞めることにした。冷静に考えて、もともと僕は議員にも市長にもなりたくなんてなかったんだ。

僕は辞職届を提出して、また元のただの引きこもりになった。スーパースターの肩書きが取れて、ただの穀潰しに戻った。けど、僕はなんとも思ってない。だって僕は元からただの引きこもりだから。今でも目を覚ましたとき、全てが夢だったのかなって思う。今が1999年だったらいいのになとも思う。

今でも鬼束ちひろの「月光」はよく聴いてる。曲を知らない人には伝わらないかもだけど、「堕とされたーあーあーあー」のところの、「たーあーあーあー」の音程が上、下、上、下ってなるんだけど、それが最後のリフレインで「たーあーあーあー」って、上、上、上、上ってなるとこ最高だと思う。あの部分を聴くたびに毎回いつだって背筋がゾクッとする。アレ思いついただけで彼女はマジ十分ゴッドチャイルドなんじゃないかって。鬼束ちひろ、今も元気にしてるかな？僕はそれだけを願ってるし、それだけをいつも祈ってるんだ。