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【B級ホラー短編】忍び寄る鶏冠(2/5)

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2/5

 ナニーたち四人を乗せたワゴンは荒れた街道に戻った。

 やがてそこそこの大きさの農村が見えてきた。
 人家や屋内栽培施設などが見える。

 天外は公害汚染が進んでおり、降りしきる霧雨にはたっぷりと有毒物質が含まれている。防霧マスクなしでは外出もままならないほどだ。

 その雨は土壌を再生不可能なまでに汚染し、一時期天外の農業を壊滅状態に追い込んだ。
 だがのちに屋内栽培技術が発展し、今では郊外の農村に大小の栽培施設が見られるようになったのだ。

 村外れに目的地の洋館があった。
 傍目には大きな寺か神社かと思うほど広々した敷地だ。

 敷地に乗り入れ、四人は館前のロータリーにワゴンを停めて降りた。

 館を見上げたナニーは感嘆を漏らした。
 エントランスがガラス張りのアトリウムになったレンガ造りの建物で、大きな植物園を思わせる。

 玄関が開いて彼らを呼んだ男、ヴァーミンが顔を出した。

「やあ、来たな。まあ入ってくれ」

 堂々たる偉丈夫で、背が高く大理石の彫像じみた筋肉をしていた。
 胸に翼を意匠化した銀のバッヂを着けている。これは天外を裏から支配する邪悪な血族の組織、血盟会の正式メンバーであることを示すものだ。

 エントランスのアトリウムは庭園になっていて、名も知らない植物や花が咲き乱されている。
 大型空気清浄機が低い唸りを上げ、天井のライトからは人工陽光がさんさんと降り注いでいた。

 どれほどの維持費がかかっているのかナニーには想像もつかない。

 圧倒された様子の雷虎がつぶやいた。

「血盟会幹部はみんなこんな家に住んでんのかな」

 ヴァーミンはニヤリとした。

「俺くらいのもんさ。ところで昼飯、まだだろ?」

 二階にある食堂に通されると、ロングテーブルに昼食の準備が整っていた。

 ナニーたちは食事をしながらお互いに改めて自己紹介をし、ブラックドッグがいない理由などを話した。

 ヴァーミンがフンと鼻を鳴らした。

「時間も守れんような奴はいらん。さて、ひとり減ってしまったが、今日お前たちを呼んだ理由を話そう。強盗、麻薬売人、美人局《つつもたせ》、ハッカー……犯罪で食いつなぐ若い野良血族たちが、何でいきなり血盟会幹部に呼び出されたのかと、内心で戦々恐々としてたんじゃないかい?」

「まあ……マジに言うと、してましたが」

 雷虎がワインをぐいと飲み干して答えた。

 天外は血盟会に雇われているエージェントの血族が幅を利かせているが、ナニーたち四人のようにどこにも属していないフリーランス、すなわち野良血族も数多く存在している。

 雷虎は強盗、ジブロは麻薬製造所の経営者、蜜姫はハニートラップ、ナニーはハッカー。 

 街角のチンピラである彼らに、ある日ヴァーミンの使者がコンタクトを取ってきた。主《あるじ》が会いたがっている、ある仕事を任せたいのだと。

 相手が血盟会の幹部とあっては断れなかったし、使者の提示したお足代とやらも結構な金額だった。
 その金をはるかに上回る報酬を用意しているという言葉に誘われ、彼らははるばると屍捨原まで足を運んだのだ。

 美しい女の給仕が盆を持って入ってきた。銀の小皿に切り分けたりんごが乗っている。

 ヴァーミンが言った。

「食べてみろ」

 ナニーはそれにフォークを突き刺し、口に運んだ。
 強い香りがあり、最初はラム酒か何かに漬けられたものかと思ったが、すぐに爽やかな風が背骨から脳へと吹き抜けていくような快感を味わった。

 何という清涼感だろう! 体の中から澱が一掃されたように気分が良くなった。

「これは……ドラッグ?!」

 ほかの四人を見ると、同じようにあふれ出す快楽に恍惚とし、意味もなく笑い出していた。

「アハハ! 天然麻薬《オー》か! こりゃあ……こんな純度の高いのは初めてだ!?」

 麻薬に精通したジブロが感動した様子で漏らした。

 ヴァーミンは席を立ち、バルコニーの前に立った。
 その向こうには汚染霧雨で霞む農村部が広がっている。

「うむ。オーガニック・ドラッグ。市井では天然麻薬《オー》と呼ばれているものだ。汚染霧雨で異態進化(突然変異)し、麻薬成分を含むようになった果物。俺はそれを配下の農家に作らせているのだが、そろそろ商売の規模を広げようと思っている。人手が必要なわけだ」

 ナニーはほかの三人と視線を交わした。

「その事業を私たちに……?」

「そうだ」

 彼は雷虎、蜜姫、ジブロ、ナニーにそれぞれ視線をやった。

「王虎家の血族は生まれながらの狩人だ。農家の連中に睨みを利かせるのに暴力は欠かせない。人をたらしこむ淫魔家の能力はあらゆるビジネス面でさぞ役に立つだろう。薬籠家は薬物の調合に極めて詳しい。天然麻薬《オー》の品種改良に役立ってもらう。そしてコンピューター絡みの雑事をするハッカー。それぞれが必須なわけだ」

 ヴァーミンは不満げに続けた。

「ブラックドックには雷虎と一緒に用心棒をやってもらいたかったんだが、まあいないものは仕方ない……おっと、全員引き受けるような体《てい》で話してしまったな」

 ここでヴァーミンはワインを瓶ごとあおって喉を湿らせた。

「今夜は泊まっていけ。みんなひと晩よく考えろ。覚悟のない奴はいらん……ちょっと失礼。取引先からだ」

 ヴァーミンはスマートフォンの着信に気付き、退室した。

 雷虎がグッと拳を握った。

「考えるまでもないよな?」

「もちろん。すっごい儲けになるわよ、きっと。血盟会入りも夢じゃないかも」

 躍り上がらんばかりに蜜姫が答え、ジブロも「ま、悪い話じゃねえ」と呟いた。

 一同の視線がナニーに向く。
 ナニーは苦笑して目頭を押さえた。

「ちょっと……さっきの天然麻薬《オー》が効き過ぎちゃったみたい。まともに考えらんないよ」


* * *


 屍捨平野を横切る送電線鉄塔の頂点に、ひとりの男が立っている。

 頭に鶏冠のある男だ。
 ブラックドッグを殺した男である。

 相当の距離がある上に汚染霧雨で翳っているが、彼の超人的視力は洋館の窓越しにヴァーミンを認めていた。食卓についたほかの四人も。

「ハァーッ……!」

 男は怒気の篭もった息を吐き出した。
 首の関節をゴキゴキと鳴らし、拳を握り締める。殺戮の予感に血が沸いていた。


* * *


 食後、ヴァーミンたち五人は庭園に降りて思い思いに過ごした。

 ジブロはあずま屋で女をはべらせ麻薬の知識を披露し、雷虎と蜜姫はアーチェリーに興じている。

 給仕の女がフルーツボウルに盛った天然麻薬《オー》を絶やすことなく運んできた。

 ナニーもヴァーミンに誘われ、アーチェリーに挑戦してみたが、どうにも居心地が悪かった。
 おまけにヴァーミンが射方を教えてやるという名目でやたら腰を触ってくる。

 アーチェリー場の円形の的には人間の男が磔にされている。

 ヒュン! ドッ。
 雷虎の射た矢が男の頭を貫くと、蜜姫が歓声を上げて抱きついた。

「やったぁ!」

「天外の黄忠とは俺のことだ! ハッハー!」

 ナニーは自分の的のほうに視線を戻した。
 同じように磔にされた人間が必死にもがき、猿轡越しに命乞いの声を上げている。

「ヴァーミンさん。あの人たちは?」

「年貢米を出せない農民は見せしめにしないとな」

 ナニーはその意味を察した。

「……天然麻薬《オー》の農家?」

「そうだ。こっちの決めた量だけ天然麻薬《オー》を納められなきゃ代わりに娘をもらう。娘がいなきゃ的になってもらう。領地から逃げても的、逆らっても的、顔が気に入らなきゃ的」

(悪代官……)

 ナニーは内心で毒づき、わざと矢を外すと、トイレに行くと言ってその場からそそくさと逃げ出した。


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