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蝶のおとずれ

※こちらはWEBマガジン「She is」公募エッセイ用に書いたものです。

5年くらい前のことだ。私の目に飛び込んできた1着のスカートがあった。セレクトショップの売り場にかかっていた、黒いサテンのスカート。光沢感のある闇のような生地の中に、水色の羽を持つアゲハ蝶が1匹舞っていた。


普段なら選ばないようなその服がなぜか気になり、しばらくお店をうろうろしていた。どうしよう。うーん、そこまで高くないし。でも着回しがきくかな?など、逡巡した。
そして結局、買わなかった。

とてもありふれた買い物の1コマではあるが、あのスカートについてはずっと覚えている。そして今でもときどき考える。あれを購入していたらどうなっただろう。何か変わっただろうか、と。

なぜだろう、他の買わなかったものたちについては全く思い出せないのに。

その原因は、蝶なのだと思う。
蜜を求めて花々を飛び回る蝶には、自由とうつくしさを感じる。そして、蛹から羽化する蝶は、変化の象徴のようにも見える。
そのイメージに憧れ、そしてひるんだのだと思う。だからこそ、心に焼き付いて離れないのだ。

あの蝶を捕まえていたら、変わったのか。それは誰にもわからない。ただ、事実としてスカートを買わないまま時は過ぎ、大きな変化がないまま日々は流れた。

いつもこのままでいいのか、と問いかける。穏やかなような、苦しいような時間がずっと続いた。

それが今年、ようやく変わりそうな気がしている。春に向かって、動き出せそうな予感がする。もしかすると気のせいや思い込みなのかもしれないが、なんとなく、そんな心地でいる。

その理由の1つもまた、蝶である。
3月初旬、昼食を食べ損ねていた17時頃。どうせなら行きたかったところへ行こうと、とあるカフェに向かった。いつもお昼時に並んでいる店は運よく空いていて、はじの席にすべり込んだ。

ソーセージとプリンという、ちょっと変わった組み合わせの食事をしながら、外の景色や漏れ聞こえる隣のテーブルの会話を楽しんでいた。久しぶりにゆっくりとした時間を過ごせた。

さて帰ろう、と思ったその時。食器が置いてあるトレイを何気なく見た。


そこにいた。鉛筆で描かれた愛らしい蝶が。


よくよく考えると、そのお店のブランドは蝶の名を冠しており、カトラリーにあしらわれていても何の不思議もないのだが、それでもその時はびっくりした。

蝶が久しぶりに、私の元に来た。
だから変われる。
 
静かに、そう思った。


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