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芸歴20周年の集大成の高座を見せてくれたこみち師匠

芸歴20周年記念 落語座こみち堂12 柳亭こみち独演会
4月18日 国立演芸場
この会場で定期的に開催しているこみち師匠の独演会。こみち師匠にとって、今年は芸歴20周年という記念の年にあたり、今回を「芸歴20周年記念」と銘打った記念の会として開催。
コロナ禍にあって、このような記念の会の開催を自粛された芸人も多かったはず。しかし、感染状況も落ち着いてきて、開催しやすくなった。こみち師匠にとってはグッドなタイミング。また、建替えが予定されている現在の国立演芸場における開催も、今回が最後となる。人気の会で、この日も満員御礼の盛況だった。

緞帳が上がって少し驚いたのが、舞台の上に高さのある高座の台が組まれていたこと。ホールでの落語会では普通に見られる舞台装置だが、これまでの国立演芸場では他の寄席と同様に、このような高座用の台が無かった。国立は舞台の高さが低いため、客席の位置によっては観づらいことがあり、ホール落語会にたいに高座用の台があれば良いのにと、常に思っていた。それが、実現していて、この日は一段と観易い高座となっていた。国立演芸場側の判断なのか、主催者からの申出によるセッティングなのか。後で気付いたのだが、この会は配信があり、撮影の都合によるものと思われる。しかし、配信ない会でも、実現して欲しいと思う。

柳亭左ん坊「道具屋」
開口一番は左龍師匠門下の左ん坊さん。声が良く口跡跡明瞭で聴きやすい。噺の与太郎が36才なのにはビックリ。今年の11月上席より二ツ目昇進される。どおりで、すでに二ツ目の貫禄がある。

柳亭こみち「女版・あくび指南」
にこやかに晴れやかに登場。まずは、挨拶と芸歴20周年を記念した会という趣旨の説明。一口に20周年といっても、振り返れば色々あった落語家人生。辛いことや楽しいことの思い出が脳裏を駆け巡っていることだろう。そんな落語家人生を振り返り、まずは前座のころの修行の思い出。
通い弟子として寄席の楽屋仕事の前後には、燕路師匠宅に通って家事仕事。忘れられないシクジリ話を披露してくれた。師匠の息子さんが陶芸教室で作ってきた急須の蓋を、落として粉々に割ってしまった話。今となっては笑い話として面白可笑しく聴かせてくれるが、当時のこみち師匠の心境を思うと、なんだかグッと胸に迫るものがある。元に戻る訳はないが、粉々になった破片を拾い集めて必死に繋ぎ合わせた。どう見ても割れた急須の蓋。これを前にして謝るこみち師匠を見たとき、燕路師匠はきっと複雑な思いだったに違いない。この修理された蓋は、しばらく飾られていたというエピソードが笑いを誘う。こんな通い弟子の修行中の思い出話を語ってくれるのも、芸歴を振り返る記念の会ならではだ。
いつものように、家族の話も楽しい。三段ベットで息子と寝ている。自分は一番下の一段目で寝ていると、いつも丑三ツ時に息子に起こされるというエピソード。家族の話は鉄板だ。
まず一席目は、登場人物を女性に変えた改作での「あくび指南」。この女性版へ改作は、こみち師匠が取り組んでいるこみち流落語のテーマ。この噺、前回は今年の池袋演芸場2月下席で聴いている。おそらく十八番とされている演目だろう。
女型の欠伸として、遊女、老婆、北条政子の三種類があるという馬鹿々々しい稽古風景。こみち師匠のお婆さんは絶品。この噺は設定や筋書きでも笑わせてくれるが、何と言ってもこみち師匠の表情の豊かさが一番笑いを呼んでいる。

柳亭こみち「徳ちゃん」
二席目も古典だが、これも登場人物の奇妙さ馬鹿々々しさが炸裂している傑作の高座。噺は、吉原に遊びに来た落語家二人が散々な目に合うという筋書き。まずは、下げにも繋がる「足抜け」という言葉の解説から。この解説から、古典を尊重し丁寧に扱っていることを感じさせる。
この演目でお馴染みの登場人物が、尋常じゃない様子の遊女。両手に薩摩芋を持って現れたこの遊女は、モンスターというか怪物というか、強烈なキャラ。この凄い遊女の可笑しさを女流で描けるのは、おそらくこみち師匠くらいだろう。当然、この強烈な遊女の大暴れで会場は大爆笑。

ぺぺ桜井 ギター漫談
こみち師匠ご自身が一番楽しみにしていたと思われるスペシャルゲスト。御年88歳のペペ先生の元気な姿を拝見するだけで、還暦過ぎた我が身にとっては、何より元気づけられる。ネタは寄席でお馴染みのものだが、スピーディに展開されて、つられて笑ってしまう不思議。最後に披露したのは、ハーモニカを吹きながらギターで演奏した名曲「若者たち」。そして、ハーモニカを吹きながら同時に歌うという馬鹿々々しさ。真面目に演奏するので、可笑しさ倍増。
芸の上でのセリフの活舌や演奏の腕前は、ペペ先生の生き様の前にはあまり関係ない。終生現役を貫くお姿そのものが芸なのだ。こみち師匠がペペ先生を尊敬しているのも同じ理由だと思う。

ペペとこみち
この日のこみち師匠の余興は、ペペ先生との二重奏。こみち師匠はピンクのドレス姿で登場し、おもちゃのピアノを演奏。ペペ先生とのギターで再び「若者たち」を二人で熱唱。なかなか息が合わないところが可笑しい。お一人で披露したハーモニカを演奏しながら歌うという芸を、今度はお二人で。
後半は、ぺぺ先生が譜面まで用意した楽曲の演奏だったが、ぺぺ先生がつっかえつっかえで、この表情が爆笑を呼ぶ。まさに、お祖父さんと孫の発表会の様相。ペペ先生とこみち師匠だから許される芸。

仲入り

柳亭こみち「任侠流山動物園」
マクラは、先ほどのペペ先生との余興を受けて、この日に至るまでのペペ先生との遣り取りを紹介。ぺぺ先生の芸に対する意欲と、それとは反するノンビリ具合。年齢相応の反応だと思うが、芸人として舞台でウケたいという意欲に衰えはないようだ。そんな生涯現役を貫く姿は、こみち師匠の目標でもあるのだろう。ペペ先生イジリとも言える楽屋話で笑いを取っていたが、ペペ先生に対するこみち師匠のリスペクトが感じられるので、嫌みな感じは受けなかった。

本編は、三遊亭白鳥作の有名な新作。この噺は、多くの落語家たちが挑戦されている。こみち師匠も何度か挑戦され、ネットで見ると昨年の7月下席昼の部の主任興行でも掛けたようだ。
この人気の新作も、こみち流改作によってアレンジされている。登場人物(ここでは登場動物?)がパンダの親分ではなく姐さんになっているし、豚次の仲間の牛も女性に変わっている。また、象の政五郎と虎の寅男との決闘シーンでは、信長の人間五十年の能のような舞を鳴り物入りで披露。これらの大胆なアレンジが加えられてはいるが、噺の本筋は壊していない。本来の噺が持つ可笑しさに、新たにこみち流改作の可笑しさがプラスされているのだ。これが、こみち流改作の真髄だと思っている。

ネットのインタビュー記事のこみち師匠のコメントに「以前は古典落語が上手いと評価されることを目指していたが、それが必ずしも観客を喜ばせることに繋がらないと気付き、観客が笑ってくれるにはどうすればよいかを主眼において自分の芸を追求してきた」とあった。
この日の演目をみても、古典落語を上手く語ってじっくり聴かせようという噺はひとつもない。どれも笑いが多く、観客を楽しませようという主旨を重んじた噺ばかり。記念の会のトリネタとして選んだこの噺は、まさにこみち師匠の思いを集大成した演目だったと思う。
今のこみち師匠は、コメントのように観客を楽しませること、喜ばせることを主眼として芸道を歩んでいるし、これからも目指していかれることだろう。芸歴20周年記念と謳った落語会で聴かせてくれたのは、そんなこみち流落語の目指す道筋を象徴するような演目であり、こみち師匠の覚悟を感じさせるものだった。


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