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落語日記 師匠の得意な演目に独自の工夫で挑戦した遊かりさん

三遊亭遊かり独演会 vol.7
6月20日 江戸東京博物館小ホール
毎回訪問している遊かりさん自ら主催されている独演会。前回は3月14日で、この日で解除が決まったとはいえ、緊急事態宣言下である状況は今回も同じ。客席の配置が市松模様にして検温・手指消毒・マスク着用などの感染症対策も前回同様。そんな中でも満員御礼。常連さんが定着していることが分かる。
今回のゲストは、芸協の先輩で独自世界の新作で人気の先輩、瀧川鯉八師匠。新作にも挑戦されている遊かりさんにとって、尊敬する大好きな先輩のようだ。この会のゲストは、遊かりさんご自身が大好きな先輩を招いているので、遊かりさん自身もゲストの高座が楽しみで、遊かりさんのテンションもアップ。遊かりさんは、そんな喜びを素直に伝えてくれるので、観客も大いに盛り上がるという効果を見せている。

桂伸ぴん「新聞記事」
初めて拝見する前座さん。この会は前座さんが時間と自由な高座を貰っているので、毎回、前座さん張り切った熱演を見せてくれる。伸ぴんさんも前座らしからぬ熱演。
これだけ自由にマクラを振る前座さんの高座はなかなか見ることができない。まずは、出身地の宮崎県延岡市の地元イジリで笑わせる。続いて天然な母親イジリ。
本編もなかなか達者で受けていた。芸協の前座さんは、身分に関わらず先輩方との競争を意識させられているように感じた。成金をはじめ、多くの芸協の若手に勢いがあるのも、そんな芸協の環境から来ているのかもと思った。

三遊亭遊かり「あなたにほめられたくて」
晴れやかな表情で登場。まずは、満員を常連さんに感謝。そして、今回も満員となった理由のひとつにNHKのニュース番組「おはよう日本」で密着ドキュメントが放送されたことを紹介すると、常連さんは皆さんご存知で、その話を待ってました状態。
この密着ロケでの裏話は、先日の「すききらい」でもお話しされていたが、初めて聞く常連さんに向けて、1ヶ月半に渡り延べ8日間の密着ロケでのエピソードを丁寧に話してくれた。特に、番組でも山場となる遊雀師匠との親子会でのエピソードは、実話ながら一編の新作落語のようだ。この親子会で披露した新作のネタ下ろしを聴いたあとの遊雀師匠の反応は、番組では放送されなかった裏側での遊かりさんの冷や汗体験。落語のことを知らない女性ディレクターと遊雀師匠との遣り取りは、遊雀師匠ファンなら凄く面白く聴ける。時間の関係で遊雀師匠のインタビューがカットされたのが、遊かりさんにとっては、不幸中の幸いとなった。独演会ならではの雰囲気のなかでしか聴けない忌憚ないマクラに会場は一気に盛り上がる。

本編は、昨年の「新作冒険倶楽部」で披露した自作の噺。一人暮らしのOLが癒しを求めて、「ヨイショ太郎」という褒めることが上手いAI機能搭載のロボットとの暮らしを描いたもの。おそらく、遊かりさんの社会人経験が活かされているのでは、と感じられる噺。
仕事や実生活での達成感や充実を感じられなくなってくると、生きがいも失われていく。そんな生活に追われる日常の中で、生きがいや自己肯定感を高める方法は他人から褒められることだと考えたOLさん達の、悲しくも可笑しい物語となっている。遊かりさんスペシャルな一席だった。

三遊亭遊かり「粗忽の釘」
いったん下がって再登場。マクラは新作派落語家をめぐる芸談。新作派の先輩、桂三四郎師匠からのアドバイスが感銘を受けたというお話。それは、新作は掛け続けることが大切だということ。そして、ネタ下ろしよりも二回目に掛けるときの方が非常に重要。この辺りは演者でないと分らない。
そんな話から、今回は苦手な噺を掛けさせてもらいます、おそらく今回が二回目。最近、自分のお客さんは自分が苦戦している様子も楽しんでもらっているような気がしている。そんな皆さんに甘えさせてもらいます、と宣言して本編へ。
噺はお馴染みの古典。粗忽者が大活躍する滑稽噺。聴いた印象としては、女房がかなりのしっかり者。ここは遊かりさんの得意とする人物。対して、粗忽者の亭主は、どちらかというと苦手な人物のようだ。
遊かりさんは粗忽者キャラの表現が苦手かもしれない。そう言えば、遊かりさんの与太郎物の噺は、あまり聴かない。遊かりさんは、登場人物の性格やキャラで笑わせるより、設定や筋書きの仕掛けで笑わせるシチュエーション・コメディの方が好きなのかも。
遊かりさんが苦手な噺に果敢に挑戦され、悪戦苦闘する高座を常連さんたちは温かく楽しんでいた。そんな雰囲気も楽しい。

仲入り

瀧川鯉八「やぶのなか」
私にとっては、鯉八師匠は二度目。今まで聴く機会があまりなかった。独特な個性で鯉八ワールドと呼ばれる独自世界を展開される人気落語家であることは、重々承知。最近、昇々師匠や羽光師匠の高座に触れて、その強烈な個性に驚いたこともあり、成金の皆さんの個性の豊かさが人気の源だということが、この日も再認識させられた。
マクラもたっぷり。まずは、遊かりさんが大好きな落語家は、私しかいません。ヨイショのようで実はディスリなご挨拶。
遊かりさんの番組出演の話を受けて、鯉八師匠も数年前にテレビの取材を受けたというお話。当時も売れっ子だった神田伯山先生との二人で取材を受けた。放送を観ると、取材時の意図と違って、人気者の伯山先生と対比され、自分は売れない貧乏落語家という役回りの映像になっていてびっくり。事実とは異なるが、暖房が無いのでトースターで暖をとる映像を撮られたとのこと。この取材エピソードで、会場は爆笑。

本編への導入マクラ、落語界の有名な三大理論の紹介。談志師の「業の肯定」、枝雀師の「緊張と緩和」、そして歌丸師の「落語とは会話の妙である」。そして、この歌丸師匠のお言葉に反するような落語を演りますと宣言して本編へ。
なるほど、対話で進行する噺ではない新作落語。受け応えの応酬という会話形式の落語ではない。とは言っても、地噺でもない。すべて、登場人物がインタビューに答えるように話している。インタビュアーは登場しない。ナレーションのないドキュメンタリーのような落語なのだ。
落語は、登場人物の会話や心の声を語って、物語を進行していく話芸だ。この噺では、会話の部分が一切無く、複数の登場人物の心の声のみで構成されているという実験的な落語なのだ。
芥川龍之介の名作「藪の中」は、藪の中で起こった殺人事件に関して、裁きの場での証言を並べた小説だ。その証言の微妙な食い違いで、事件の真相が「藪の中」となるという有名な小説。演目名のとおり、この噺は、鯉八師匠がこの小説にインスパイアされて作ったと思われる新作落語なのだ。
しかし、そのモチーフは殺人事件ではない。新婚の姉夫婦のところに遊びにきた弟とその彼女が、その訪問の際にどう思っていたかをそれぞれが独白するという、たわいもないもの。それぞれの立場やその関係性から、感じることや受け取り方が微妙に違うというアルアル話。そうなのだろうなあと分かってはいても、認識のずれが大仰でヒステリックに表現されているところが、馬鹿馬鹿しくて可笑しいのだ。そんな斬新すぎる一席で、遊かりファンを圧倒した鯉八師匠だった。

三遊亭遊かり「宿屋の仇討」
客席も興奮冷めやらぬなか、遊かりさんもしっかり鯉八師匠の一席を堪能されたようで、感動された表情で登場。客席が落ち着いたあと「師匠の噺を」と言ってマクラ無しで本編へ。鯉八師匠の新作をうけて、寄席のトリネタにもなる遊雀師匠の得意ネタ、古典の名作に挑戦された。
江戸っ子三人組は、お調子者だが粗忽者ではない。この噺は、どちらかと言うと遊かりさんの好きなシチュエーション・コメディの部類。しかし、見どころは、江戸っ子三人組の大騒ぎや慌てぶり、万事世話九郎と伊八の遣り取りなど、キャラによるところが多い。この噺を得意とする遊雀師匠の一席は、この登場人物たちの描写が秀逸なのだ。江戸っ子の馬鹿々々しい弾け具合、武士の威厳ある佇まい、奉公人の困惑。それぞれのキャラが立っている。遊かりさんも、師匠を見習って、この演目で登場人物のキャラの確立を目指していると感じられた。二席目に引き続いての挑戦だ。
独演会ならではの独自の舞台演出もあった。源兵衛の色事師話の場面になると、会場の照明が落とされ、高座が浮かびあがる。背景のスクリーンに青色の照明が当てられる。神妙で迫真の劇中劇のような場面。この場面を宿屋から武家屋敷へ、照明の効果によって舞台転換させようという演出。照明を落とすのは怪談噺などで見られるが、普通の演目では、あまり見られない演出。遊かりさんもなかなかに実験的だ。
この日も、様々な演目や演出に挑戦している遊かりさんの姿を見せてくれる独演会だった。

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