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師匠の同級生に熱演を披露した馬治師匠

新富寄席 馬治独演会
4月9日 呉服なかや

金原亭馬治「浜野矩随」

仲入り

金原亭馬治「笠碁」

中央区新富町にある呉服屋さん主催の落語会で、今年の1月以来の訪問。今回の開催で、この落語会を初めてちょうど一年経ったそうだ。会場は呉服屋さんのお店の二階の座敷。少人数で取り囲む高座が目の前。まさに、臨場感たっぷりの贅沢な空間なのだ。
お店のご主人が金原亭馬生師匠の高校時代の同級生というご縁で、馬生一門が出演する落語会を開催している。この日も、馬生師匠の同級生の皆さんが何人もお見えになっていた。今回は、馬生一門から惣領弟子の馬治師匠が一人出演する独演会となった。

この日は出演者が一人なので、二席とも長講を掛ける会という説明から。馬治師匠の持ちネタで長講噺は数あるが、さてこの日は何を聴かせてくれるのか、楽しみに待つ。
まず一席目は、マクラ短く本編へ。始まったのは、馬治師匠の口演としては久し振りの「浜野矩随」。落語日記で調べてみると、馬治師匠でこの演目を聴いたのは2013年(平成25年)10月以来で、今回が二度目。馬治師匠も掛けるのは久し振りとのこと、蔵出しの一席だった。
9年ぶりなので、前回の記憶はあまりない。当時の日記を読み返してみると、なかなかの熱演だったことが分かる。前回の高座の比較は出来ないが、他の演者で聴いてきた印象との違いは色々と感じる。
前回もそうだったようだが、父親の代からの贔屓の道具屋若狭屋が、最初の場面から矩随を強く叱責する。罵倒と言ってよいくらいの強い口調。怖さも感じるくらいの口調で、矩随に対して死んでしまえと言い放つ。この迫力は、以前の高座ではこの日ほど強く感じなかったように思う。若狭屋の実年齢に近づいてきたからか、貫禄が付いてきたためか、若狭屋の迫力が増していたような気がする。

馬治師匠の型は、母親が死んでしまうもの。先日、浅草の三木助追善興行で聴いた小朝師匠の一席は死なない型と対象的。他に聴いた演者は、ほぼ亡くなる型。
前回の日記にも記録していたが、矩随に形見の観音像を必死で彫らせて、職人として開眼させた。なので、息子の成長を見ることができたのに、なぜ死なねばならなかったのかという疑問。母親として大役を果たした安堵だけでは、納得しづらい。
馬治師匠の答えは、若狭屋の台詞に表れている。若狭屋は死んだ母親の穏やかな死に顔を見て、観音様のお顔だ、よく見て観音様を彫っておくれと告げる。結果的に、身をもって息子の職人としての腕前を上げさせたということだろうか。
いずれにしても、この噺にあってはそんな落語マニアの納得や合理的解釈などは、噺の魅力の前には些細なことなのだ。力量を持つ演者の口演は、噺の不合理など簡単にねじ伏せてしまう。あれこれ想像しながら考えるのも落語マニアとしての楽しみ方だが、聴いているその瞬間の感動を、素直に受け入れて楽しむのも大事なことだろう。そんなことも改めて感じた一席だった。

二席目は、十八番の「笠碁」。馬生師匠の同級生の皆さんを前に、初老の男たちのいつまでの変わらない友情を描く噺を披露。この噺は、今では店の大旦那という大人な二人が起こす子供じみた喧嘩と友情を描いたもの。こんな筋書は、卒業後に半世紀を経た同級生の皆さんたちの友情とも通じるものがあるはず。きっと、喜んでもらえたことだと思う。
そんな、しみじみとした雰囲気で会を締めた馬治師匠だった。

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