見出し画像

落語日記 個性が喧嘩せず主任の高座を盛り上げた落語会

研精会OB会スペシャル
10月19日 浅草見番
落語会通いを趣味にしていて、また毎回日記を書いてきて感じることなのだが、楽しかったと満足できる落語会の基準というものが、自分の中ではなんとなくある。演者が数名出演する会では、どんなメンバーの組合せか、また組み合わせによる化学反応がどうだったか、そんな視点での楽しみ方は当然ある。
しかし、複数名が出演する落語会における私の満足度の基準で大きなものは他にあって、それは満足したときの寄席で感じるものと同じなのだ。ようするに、落語会全体の流れの中でそれぞれの演者が出番順の役割りを見事に果たして、主任の高座に向けて盛り上がっていき、主任の高座で満足して終わる会が、最高に良い落語会だと感じるのだ。
落語会には主催者はいるが、舞台監督や演出家はいない。会の趣旨やネタ出しのリクエストについて、主催者と出演者が打ち合わせをするだろう。しかし本番は、各出演者が自分の役割りを認識して、それに応じた高座を務める。観客の反応、前方の演目、主任の演目などを総合的に判断して演目を決める。そんな寄席で鍛えられた落語家の能力も、大切な技量だと思っている。先輩方に厳しく指導を受け、寄席のしきたりを体に染み込ませてきた落語家の皆さんだからこそ発揮出来る技量。そんな技量を感じられる落語会が好きなのだ。
その基準からいって、この日訪れた研精会OB会スペシャルは、私好みで満足させてくれた落語会だった。それも、個性豊かな人気者が揃っていて、それぞれの高座が喧嘩していなかったのもすごく良かったのだ。

三遊亭二之吉「堀の内」
吉窓門下の前座。淡々と粛々と。この会での経験も良い勉強。

柳家小はぜ「商売根問」
はん治門下の二ツ目。この世代の落語家を聴く機会が減っているので、小はぜさんも初見。ネットを見ると、最近評判の高い若手。この日拝見して、研精会のメンバーに選ばれたのもうなずける実力を感じた。
マクラも短く本編に入る。「鷺とり」の前半部分を膨らませたような噺。あまり聴かないが、寄席でもっと掛けられてもよい噺だと思った。
間抜けな男が実現可能だと思って行った不思議な狩猟方法、隠居の真面目なツッコミがちょどよい合いの手となって、笑いを引き出す切っ掛けになっている。雀捕り、鶯捕り、河童捕りと懲りずに繰り出す馬鹿々々しい経験談。普通に語れば呆れるだけの話が、小はぜさんの語り口が不思議な可笑しさを生んでいる。馬鹿々々しすぎて難易度が高いように感じる噺で、ほのぼのとした笑いを引き出した小はぜさんの力量を見せた。

柳亭市童「紙屑屋」
続いて同じく若手二ツ目の登場。真打昇進が見えてきた市童さん。市馬会長の弟子らしく、唄が上手い。この日も噺の中で都々逸や義太夫などをもっともらしく良い咽を聴かせてくれた。市童さんが、古典芸能全般に造詣が深いことを感じさせる。
正雀師匠や志ん輔師匠が寄席でよく聴かせてくれる演目。お二人とも古典芸能全般に精通されていて、表現する古典芸能の技量も高い。市童さんも、そんな大先輩を追いかけるような楽しい一席を聴かせてくれた。
小はぜさん、市童さんと続いた若手二人の二席によって、寄席方式の演者による良い流れが出来た。

春風亭柳枝「堪忍袋」
前方の二人の二ツ目のパスを受けたように見えた一席。温まった会場の雰囲気を活かしてマクラから笑いを引き出していく。本編は、柳枝師匠の威勢の良さを活かしたキレッキレの夫婦喧嘩を見せてくれた。
何気ない日常、些細な事である弁当のおかずの沢庵。それが原因での大喧嘩。ではあるが、実はこれは切っ掛けにすぎず、お互いの心の堪忍袋に溜まっていた不満を、お互いにぶつけ合っている。それが徐々にエスカレートしていく様子が、馬鹿々々しくて楽しい。それでいて、どこか根底に夫婦の情が通っていることを感じさせるので、笑っていられるのだ。仲裁する大家さんの貫禄も、柳枝師匠自身の貫禄の投影か、違和感がない。
そんな一席で、次の人気者にリレーを繋ぐ。

春風亭一之輔「笠碁」
この日は、浅草演芸ホールの主任興行の真っただ中。この見番から浅草演芸ホールまでは、徒歩で10分ほどの距離。主任の上がり時間まではまだ間に合うので、仲入り前の出番で登場。時間の関係もあるのだろうが、この日はマクラは短め。その分、本編に傾注したしたような熱演を披露。
一之輔師匠で過去にも聴いたことのある演目。何度聴いても良い、心に沁みる一席。大家の商人の主人となった老人二人が見せる口喧嘩は、意地の張り合いで子供じみている。幼馴染の二人は、その喧嘩の最中に子供の頃の思い出の中にまで遡って喧嘩の種を持ち出す。子供じみた喧嘩だが、本当に子供の頃から喧嘩の種を引きずっていたというエピソード。一之輔師匠オリジナルの工夫だと思うが、これが老人たちの喧嘩を、何とも可愛くて素直な少年のような純真さを感じさせるものとしているのだ。お互いを相模屋さん近江屋さんと屋号で呼び合わず、子供の頃と同じ名前で呼び合うのも、幼馴染であることを痛感させる。このエピソードに絡んだ下げも見事。
この日はあまり細かいクスグリは少なく、登場人物の表情で、子供じみた大人の振る舞いの可笑しさで笑わせてくれた。
この人情噺を簡潔に語ることによって、一之輔師匠の上手さが際立っていた一席。

仲入り

春風亭一花「四段目」
寄席でいうクイツキの出番は、最近よく拝見している一花さん。研精会のメンバーに選ばれていたのも納得。こうしてOB会の出演者として抜擢されると、ファンとしても嬉しい限り。
マクラは、以前の一朝一門会で披露した余興「らくだ」のカンカンノウ踊りの話。当時のらくだ役は、歌舞伎役者の市川亀蔵丈。そのらくだを担いだ屑屋の役が一花さんだった。その後に本物の歌舞伎役者から掛けられた言葉に大感激の一花さん。
そんな思い出話からの本編は芝居噺で、最近掛けまくっている演目。この日も元気一杯の小僧定吉が大暴れ。この噺をどんどん掛けて、噺自体を身体に染み込ませて、NHK新人落語大賞の決勝戦本番で実力発揮して欲しい、と願って拝見していた。結果に関わらず、こんな積み重ねが、財産になっていくはずだ。

三笑亭夢丸「お血脈」
この日は、芸協から唯一の出演者。そんなことは全く関係ないようで、にこやかに登場し、笑いの多い一席で大いに盛り上げた。
マクラは、サウナや銭湯巡りが趣味という話から。出番前の出来事を上手く笑い話として聴かせる技量はさすが。
主任が扇辰師匠であることから、師匠である先代夢丸師と扇辰師匠の師匠である先代扇橋師との思い出話。先代夢丸師と先代扇橋師は、仲が良かったそうだ。以前に先代扇橋師から聞いた話は、若かりし頃の二人のやんちゃなエピソードで楽しいもの。先代夢丸師は、かなりせっかちという話も面白い。
そんな、マクラから笑いが多く、本編も地噺ならではのクスグリの多い爆笑の一席だった。

入船亭扇辰「江戸の夢」宇野信夫作
いつものように登場、マクラ無しで、いきなり本編に入る。最初は本編での登場人物のセリフか、扇辰師匠のマクラの言葉か分からなかった。こんな入りも、なかなか洒落ている。
本編は初めて聴く噺。先日の「蕎麦の隠居」に続き、またまた珍しい噺に挑戦された扇辰師匠。ネットで調べると、この噺は作家の宇野信夫作で、昭和15年に六代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門のための歌舞伎として書かれたものを、宇野自身が昭和42年に六代目三遊亭圓生のために落語化した作品らしい。こんな演目を掘り出してきた扇辰師匠、その落語に懸ける情熱は凄い。この日この会に居合わせた観客は幸運だ。
筋書きは、「甲府ぃ」と似ている人情噺。東海道の丸子宿の庄屋の家の奉公人の男は素性が分からない。その奉公人は庄屋の娘に惚れられて、真面目な働き者であるので両親は結婚を許す。この婿となった男が、茶の木を栽培して茶葉を収穫する。江戸見物に出かける両親に、浅草並木町にある奈良屋という茶を商う大店に収穫した茶葉を鑑定してもらうよう、この婿が依頼する。そこで、婿の素性が知れるというもの。
実の親子の情、義理の親子の情をしっとりと聴かせてくれた扇辰師匠。丁寧な語り口で、流れる時間は長講を感じさせないもの。あっという間で、それだけ噺に引き込まれていた証し。
研精会の後輩たちを前に、先輩として見事な腕前を見せつけた高座だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?