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落語日記 ハプニングも笑いに変える凄技を、後輩に見せつけた萬橘師匠

三遊亭遊かり独演会 vol.11
6月26日 お江戸日本橋亭
遊かりさん自ら主催して、2019年9月から江戸東京博物館小ホールで開催してきた独演会。本拠地としてきた江戸東京博物館が大規模改修のため4月からしばらく休館となるので、3月27日開催の10回記念の三代親子会での開催を最後に、今回からは新しい会場をお江戸日本橋亭に移しての開催となった。新しい会場は定員も少なくなって、この日も満員御礼の盛況。
この会のコンセプトは、遊かりさんが尊敬している先輩を毎回ゲストに迎え、その胸を借りて腕を磨こうというもの。遊かりさんのブログには「ゲストは、いつも“背中を追っかけていきたい真打”。今回は背伸びをして、前座の頃から稽古をつけて頂き、お世話になっている大好きな師匠、熱い哲学者、爆笑派の三遊亭萬橘師匠をお呼びしました」とある。まさに、目標とする大好きな先輩の一人である萬橘師匠が今回のゲスト。
五代目円楽一門会の人気者で、なかなか観られない異色の組み合わせ。どんな化学反応が起きるか、楽しみに出掛ける。
 
三遊亭こと馬「真田小僧」
初めて拝見する女性前座さん。リズムが凄く良いので聴きやすい。キャッチフレーズは「言葉に重みが無い、こと馬」。これは、遊かり姐さんからのお言葉を借用したもの。記憶に残る良いキャッチフレーズだ。
 
三遊亭遊かり「堪忍袋」
ブログにあったような萬橘師匠への熱い憧憬の思いは抑え気味に、でも喜びあふれる表情でのゲスト紹介から始まる。
毎回、前座さんも紹介。この日のこと馬さん、可愛がっている後輩だが、自分の後輩の女性前座は、みな所帯持ちで、こと馬さんもそう。そんなショックな様子が笑いを誘う。
毎回、マクラで必ず登場するのが、遊雀師匠の話題。本当に師匠のことが大好きで大尊敬していることが伝わってくる。この日は遊雀師匠の女将さんも話題に。師匠抜きで二人でおしゃべりして過ごす仲らしい。師匠や女将さんとの仲の良さが伝わり、遊かりファンも和む時間。
本編は、喧嘩の場面から入るので、いきなりハイトーンの夫婦喧嘩。冒頭からテンション上げての会話、なかなかに難易度高そう。これが出来るのは、掛け慣れた演目だからか。感情が昂っていて喧嘩腰のセリフ、舌がもつれそうだが、これがスムーズで噛まない。初めて聴いたが、得意の演目なのだろう。遊かりさんが見せてくれる強気の女房は、リアルで迫力があって上手い。
 
三遊亭遊かり「片棒」
いったん下がって再登場。今度のマクラも師匠の話。師匠にはお子さんがいないので、将来は自分が面倒を見る覚悟がある。師匠の車椅子を押し、墓を建ててあげると約束しているとのこと。そして、ご自身も独身で跡取りがいない。そんなマクラから、跡取りをめぐる噺へ。
一席目もそうだが、基本に忠実で本寸法な印象の一席。遊かりさんの滑稽噺は、独自のクスグリが多く入っているが、この二席とも噺本来の笑いどころを重視している印象。ご自身も冷静なようで、こんなときは噛んだりすることがない。
途中で咳が出るアクシデントに、心の声で自分イジリ。この心の声も、遊雀師匠譲りの技だ。
 
仲入り
 
三遊亭萬橘「新聞記事」
のっけから遊かりさんイジリのマクラ。遊かりさんが自分を紹介してくれたのは、最初のマクラの7秒だけ。それ以外は、後輩前座の話や遊雀師匠の話ばっかり。何でもない素直な感想なのだが、萬橘師匠が語ると、不思議な可笑しさで会場爆笑。
ネットの検索はよく使う。検索ワードで「三遊亭遊かり」と入れると、予想変換で「結婚」と出る。「三遊亭萬橘」と入れると「ツイッター」と出る。でも、私はツイッターやっていません。この予想変換は、存在しない言葉が出てきます。ここでも大爆笑。これには袖から遊かりさんが乱入、それを軽くいなす萬橘師匠。この辺りから、会場全体に笑いの空気が絶え間なく流れるようになる。
 
萬橘師匠独特の入り方、羽織を脱ぎ、眼鏡を外して本編へ入る。演目はお馴染みのものだが、かなり萬橘スペシャルなもの。ボケ役八五郎の、意表を突いたボケっぷりが何とも言えず可笑しい。
このボケの可笑しさに気付いて笑っている間に、萬橘師匠はどんどん先に行ってしまう。観客の笑いを待たずに、テンポよくどんどん飛ばしていく。まさに、畳み掛けるクスグリ。なので、客席は始終笑い声が途絶えない状態になる。これが、萬橘師匠の独特なリズムなのだろう。この一席が終わったとき、客席はかなり笑い疲れしていたと思う。
 
この一席の途中でアクシデントがあった。文具屋を訪れた八五郎が天婦羅屋の竹さんが殺された話をしている最中、途中でセリフを忘れてしまい詰まる場面がある。ここで、正しいセリフの言葉を思い出すまで、間違った言葉でボケまくるのが見せ場となっている。
八五郎は「泥棒が逆上し」というセリフの「逆上」がなかなか出てこない。萬橘師匠が「明日のジョー」とかボケはじめた途端、客席の女性から「逆上」の声が掛かる。これには萬橘師匠もビックリ、そして思わず苦笑い。客席は爆笑。萬橘師匠はしばらく絶句していたが、「今日は何でも教えてもらえるのですか?」と客席に語ってから再開。その後の話の中で「体をかわす」の「たい」のところに来て、何でしたっけ?と客席に問い掛け、声が掛かるまで問い続けるという荒技を見せる。「今日は長くなりますよ」という萬橘師匠、この辺りは爆笑の連続。
観客が口演中の落語家のセリフを奪ってしまい、結果的にネタを妨害してしまった禁断の行為。しかし、このアクシデントを逆手にとって、萬橘師匠は、即興で爆笑の場面へと繋げていった。声を掛けた観客のマナー違反も、爆笑のネタにすることで、その観客を傷つけることなく、噺の流れも途切れさせず、高座と客席が一体化するという見事な手腕を見せてくれた。ある意味、究極の観客イジリと言えるだろう。
声を掛けた観客のマナー違反が非難されるのは当然だが、萬橘師匠の芸風というか人柄が客席との垣根を感じさせないものであり、観客が声を掛けやすいという飾らない芸風が引き金になったことは、理由として充分に考えられる。このハプニングが生まれたのも、萬橘師匠ならではだと思った。
 
三遊亭遊かり「鰻の幇間」
遊かりさんが登場しても、萬橘師匠が作った爆笑の余韻が残っていた。こんな状況は、萬橘師匠をゲストに呼んだ時点で想像できたことかもしれない。萬橘師匠の高座に感心すると同時に、もしかして遊かりさんの闘争心に火が付いたのではないか、なんてことも想像できる。
萬橘師匠のマクラでの批判を受けて、好きな人を前にすると言葉少なくなる、そんな少女のようなことをおっしゃる遊かりさん。言い訳のような話をしていると、萬橘師匠が高座に乱入。先ほどのお返し、これもお約束。この日はハプニング大会、こんな会も楽しい。
 
この週、関東地方は快晴の日が続き、急激に気温が上昇して真夏日が続く日々となった。この天候の変化で、真夏に相応しい噺へと演目を変えられたのかもしれない。まさに、真夏を感じさせる噺でこの日を締めくくる。遊かりさんで聴くのは初めて。ネタ下ろしでは無いようだ。この噺は、今年初。
この噺、私の感覚だが、演者によって最初は美味しく食べるパターンと最初から不味いパターンがあるように感じている。遊かりさんの型は、最初から不味いパターン。二階の座敷もかなり汚い。
このパターンだと、接待を受ける場所としては、当然に相応しくなく、自分を客と思っている幇間は、戸惑いと我慢を感じるところ。接待される嬉しさと、汚くて不味い鰻屋でヨイショしなきゃいけないというギャップ、この齟齬が可笑しさになる。遊かりさんは、この理屈を活かした熱演だったと思う。
この一席中、私の気に入ったクスグリが「考える人のように傾いている鰻屋」。一八の上手い例えだ。どなたかのクスグリだろうか。
 
爆笑とハプニングの連続、遊かりさんも主催者として疲れた一日になったことだろう。お疲れ様でした。

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