落語日記 浅草演芸ホール 6月下席前半夜の部 三遊亭遊雀主任興行

6月25日
 待ちに待ったこの日が、ついにやって来た。しばらく聴けていなかった生の落語、それもずーっと行けなかった寄席で聴けるのだ。まだまだコロナ禍の終息は見えないなか、少しでも以前の日常に近づいていける。そんな嬉しさを、それも大好きな落語で味わうことができた。

 自粛要請で休席していた寄席。緊急事態宣言の解除を受けて、浅草演芸ホールと末廣亭が6月1日から再開した。しかし、休席前とまったく同じ状態ではない。感染症対策による制約の下での再開なのだ。
 再開されたとはいえ、なかなかタイミングが合わなかったのと、コロナ禍のなかに行ってもいいのだろうかというような漠然とした抵抗感もあって、何となく行きそびれていた。
 あれだけ待ちこがれていた生落語、でも、もろ手を挙げて喜んで駆け付けるという状況でもない。そんな複雑な気持ちで、ネットでの寄席の感想などの書き込みを見ていた。
 そんな中、ファンである遊雀師匠の主任興行が浅草であると知り、行きたいなあと思っていたところ、落語仲間に誘ってもらった。まさに、背中を押してもらったようで、落語仲間に感謝。

 コロナによる災難が庶民の娯楽を奪っていったことが感じられる現場、元の環境にない寄席興行、そこで観る落語は楽しめるのだろうか。そんな不安もあった。
 しかし、浅草演芸ホールに掲げられた遊雀師匠の幟や、いつもと変わらない佇まいを見た瞬間、そんな不安は一気に吹っ飛び、久々に寄席に行ける嬉しさで、一気にテンションアップ。3ヶ月ぶりの寄席、愛しき人との久方の再会だ。変わらずに待っていてくれたのだ。

 テケツの前に、まず検温と手指消毒。中に入ると、隣の席が空くように、ここに座らないでくださいと書かれた赤いテープが貼られた座席、互い違いに一席ずつ空けて座らせる配置。なるほど、半数以下にしている定員だ。
 このテープで座れない座席以外は、ほぼ満員の盛況。さすが、遊雀師匠の主任興行だ。また、芸協の人気者が並んだ顔付けのうえに、神田伯山先生が出演。おそらく伯山ファンも駆け付けていると思う。しかし、遊雀ファンも負けていない。たまたま座った席の隣が、顔見知りの熱心な遊雀ファン。やっぱり、来てましたね。

 この日は、浅草には珍しく、ほとんどが最後まで帰らない客席。まさに、遊雀ファンが大勢来られている証し。寄席の中に流れる空気は、休席前と同じ。この日のお客さんは反応が良く、盛り上がる客席。それに、寄席に帰ってこれた感慨もあって、いつもより可笑しさ五割増し。行く前の杞憂など吹っ飛んでしまった。

三遊亭遊史郎「紙入れ」
 途中から入場。明るく照らされた高座の遊史郎師匠を拝見しただけで、またまたテンションアップ。

桂小南「子は春日部」
 出番の前に着席できた。昨年の浅草遊雀主任興行でも顔付けされて、拝見するのは、それ以来。
 どんな噺かと思っていると、初めて聴く小南師匠の漫談。青春時代の思い出話。春日部で育った小南師匠の東京への憧れが可笑しい。東武沿線の浅草にあっては、皆んな分かるアルアル話なので可笑しさ倍増。東京から来た彼女の弁当の描写は、細かい可笑しさが満載。

山上兄弟 マジック
 てじなーにゃの掛け声で一世を風靡した子供手品師兄弟、その成長ぶりに感心する観客も多い。海老一染之助・染太郎でいえば、お兄ちゃんが染之助師で、弟君は染太郎師の役割り。寄席の手品師らしく、お兄ちゃんの見事な技を弟君がいじって笑わせる。ほのぼのとした笑いで、親世代の観客には和める時間。

昔昔亭桃太郎「結婚相談所」
 いつものように、田舎の公民館で使われているようなセコイ茶碗が高座に運ばれる。語り出した桃太郎師匠、この日は、なんだか元気がないような印象。いつものような、客席イジリもセコイ茶碗イジリもなかった。
 淡々と本編に入り、噺はテレビで何度も聴いている好きな噺。兄弟の出身大学の馬鹿々々しさが、延々と続くところが好き。途中、長嶋と裕次郎の友情の話から、裕次郎の「男の友情 背番号3」と「嵐を呼ぶ男」を熱唱。このマイペースさは、いつもと変わらず、ちょっと安心。

仲入り

三遊亭遊かり「幇間腹」
 師匠の主任興行なので、二ツ目ながらクイツキの出番という異例の抜擢。
登場する姿、張り切っている。マクラでは、お目当てまで、あと15分お待ちください、と次の伯山先生を待っている客席イジリ。
 師匠を前にした高座だが、先日の独演会のときのような緊張感は感じられない。弾ける芸風が上手くマッチした若旦那。軽さが寄席とマッチした一席。
 幇間は軽薄なお調子者で、若旦那に虐められても悲惨さが少ない。笑い飛ばせるのは良いが、もっと虐めても楽しかったかも。

神田伯山「万両婿」
 不思議なもので、客席には確かに伯山先生を待っている空気を感じる。そんな観客の期待の空気のなかで登場。
 持ち時間が15分なので、前半はカットしてやります、とマクラも短く本編へ入る。読み物は「万両婿」で、落語の「小間物屋政談」と同じもの。講談の方がオリジナルらしい。
 伯山先生のツイッターや公式サイトにこのネタのことが書かれている。このネタは琴調先生に習ったそうだ。また、2019年に口演したネタの中で、この万両婿が鮫講釈と並んで、年間67席と一番多く掛けられたネタらしい。ということは、得意のネタであり、そして口演を重ねながら磨き込んできたネタであることが分かる。

 前半はあらすじのみにして、後半は主人公の相生屋小四郎が江戸に戻って、再婚した女房とその亭主を訪ねて修羅場となる場面から始める。このメリハリの効いた構成が凄い。
 この場面では、仲介役の大家が良い味を出してる道化役。筋書きや場面を語る講談というより、会話のみで進み落語に近い印象。その会話で、爆笑を呼んだのはさすが。短い時間でも、観客を釘付けにした。

コント青年団 コント
 ネジ工場を継いでもらいたい親父役を青木イサム先生が、それを拒否する息子役を服部健治先生が演じるコント。40過ぎても学ラン姿の息子が、慣れないカタカナ用語でIT社会の未来を語る。父親も分かっていないが、息子自身の分かっていないという可笑しさ。こんなコントこそ、ザ浅草であり、ザ芸協なのだ。

三遊亭遊之介「粗忽の釘」
 遊雀師匠の兄弟子。昨年の遊雀師匠の主任興行でも顔付けされていた。マクラはいつも小遊三師匠イジリ。この定番感も寄席って感じで好きだ。
 この粗忽者、見かけはしっかり者なのに、その言動がぶっ飛んでいる。遊之介師匠ならではの粗忽者。

三遊亭笑遊「替り目」
 いつものように客席を見渡しながら登場。マクラはいつもと違う澄ました表情。本編の看板のピンを語り始める。すると、ネタ帳を持って前座が登場、笑遊師匠にネタがかぶっていることを伝える。この噺が前に掛かっているのに気づかなかった笑遊師匠。えっー、と驚く表情が可愛い。観客は大受け、大爆笑。こんな風景は初めて見た。こんな楽しいハプニングを見せてくれて、落語ファンとしては感謝。

 困った表情から、酔っ払いの独り語りが始まる。この切り替えが早く見事。このハプニングで盛り上がる客席によって、酔っ払いの愚痴が一段とヒートアップしたように感じる。
 噺は替り目なのだが、酔っ払いが帰宅途中に女房の愚痴を語る導入場面のみを延々と描写。落語の中の女房を愚痴る酔っ払いが、笑遊師匠自身と重なって見えた。ぽろっとこぼれる言葉から愛妻家であることが伝わる、そんな可愛いおじいちゃん。

丸一小助・小時 曲芸
 安定の曲芸で、上手い繋ぎ役。

三遊亭遊雀「三枚起請」
 この日は、6月下席夜の部前半の楽日、五日間の主任興行の最終日なのだ。寄席再開後の初主任もこの日で終わる。この五日間の高座が充実していて満足されたものだったに違いない。そんな感情を感じさせるニコヤカな表情を見せながら、短いマクラ。
 満場の客席も、前のめりで遊雀師匠の高座に集中している。この高座と客席の一体感は遊雀主任興行の魅力。多くの遊雀ファンがその空気を作っている。
 本編に入ると、遊び人の若者の亥ノさんを諫める棟梁、やったー、私の好きな三枚起請、と心中でガッツポーズ。

 冒頭の、何だって、夜遊び火遊びらしいじゃねえか、この場面から遊雀師匠の得意技の「ぶっ込み」が炸裂。「ぶっ込み」とは、私が勝手に名付けた遊雀師匠の得意技で、前方に出演した演者や演目を自分の噺の中に織り込むクスグリのテクニック。この芝居では、毎日必ず仲入り後の演目全部をぶっ込む名人技を見せたそうだ。
 楽日のこの日は、ぶっ込む演目の最後の一つを後回しにした。それは、オシャベリの清公が登場した後に繰り出した。清公の妹の奉公先が若狭屋であるという、万両婿の商家の設定にしたのだ。伯山先生のネタのぶっ込みは無いのかな、と思わせておいて、時間差でぶっ込んで驚かせる技を見せてくれた。こんな楽しみ方は、遊雀マニアならではでしょう。

 その他の遊雀マニアポイントでは、「泣き虫」と「目は口ほどに物を言う」が登場。しっかり者で親分肌の棟梁が、泣くのだ。愚痴ではない、文字通りの泣き言だ。亥ノさんに説教する余裕の棟梁が、自分が騙されたと知ったあとは、感情の起伏が激しくなるほどの動揺ぶりを見せる。亥ノさんの、犬もフラれた同じ仲間という例え話に、棟梁はいきなり切れる。殺す、と凄む表情は怖いけど笑える。
 同じ起請文をもらった三人衆、このキャラの違いの表現は見事。それぞれのキャラの違いが最後まで活かされている。吉原に乗り込み茶屋の座敷で談判するまでの三人の遣り取りで、そのキャラの違いが浮き彫りになるが故の爆笑を呼ぶ。
 最後に三人から攻められる喜瀬川花魁。愛想笑いから凄む顔へと、表情の変化を見せる。この瞬間こそ、遊雀師匠の真骨頂だ。これが「目は口ほどに物を言う」という遊雀マニアにはたまらない顔芸、マニアポイントなのだ。

 ツイッターによると、この主任興行は遊雀師匠にとっても忘れられない五日間だったようだ。それは、自粛要請明けの寄席でこの主任興行を待ちわびていた寄席ファン遊雀ファンにとっても同じく、忘れられない興行となった。

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