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落語日記 お富与三郎を通しで寄席の主任興行に掛けた馬石師匠

鈴本演芸場 6月中席夜の部 隅田川馬石主任興行
6月17日
鈴本演芸場の夜の部は、6月上席に続いて、中席も特別企画公演。隅田川馬石師匠が「お富与三郎~与話情浮名横櫛」の通し公演に挑戦。10日間のうち7日間で発端から幕切れまでを7話に別けて公演し、残り3日間は総集編として全体を3話に別けて再構成したものを公演するという企画。
訪れたこの日は、通し公演7話目の最終話を掛ける日。今までの6話までは聴いていないので、どんな印象を受けるだろう、最終話だけでも楽しめるのか。そんな興味でわくわくしながら開演を待つ。
ネットで拝見すると、鈴本演芸場は6月下席も7月上中下の全席、人気者を主任に抜擢しての特別企画公演が続く。かなり、攻めた企画で攻勢をかけている鈴本。こんな企画は落語ファンにとっては楽しい催しだが、落語界全体の活性化にも繋がるはずだ。
 
三遊亭二之吉「饅頭こわい」
先日の馬治丹精会でもお手伝いいただいた前座さん。寄席でも頑張っているようで嬉しい。
 
桃月庵黒酒「粗忽長屋」
最近評判の白酒門下の二ツ目。この日が初めての拝見。
マクラでまず、馬石師匠の連続口演が本日最終回ですが、さてどうなってしまうのでしょうか、との主任の話題。でも、掲げられている本日の演題が「与三郎の死」と、いきなりネタバレです。これでどっと沸き、客席を一気に掴む。
評判が良いので楽しみにしていた黒酒さん。語り口が上手くて、本格派として人気が出る予感。丸っこい風貌や体形が白酒師匠に似ていることも手伝って、語り口が白酒師匠を思わせる。
この噺の筋書きが進行するにつれてビックリ。詳しく書くとネタバレになってしまうが、ざっくり書くと、行き倒れを友人の熊五郎と勘違いしてしまった八五郎だけが、結果的に粗忽者だったというもの。この名作の古典を独自の解釈で再構成して、ぶっ飛びの筋書を披露してくれたのだ。感心させられると同時に、笑いどころが多くて楽しい一席となっている。一度でファンになってしまった。
 
三増紋之助 曲独楽
五色に色分けされた五つの独楽を一枚の板に載せて、一つの独楽だけを回すという曲芸で、回す独楽のリクエストを募る。客席から真ん中にある黄色の独楽との声。この黄色が一番難しいそうで、これが出来ればこの曲芸は終了というくらいの黄色の独楽。
その言葉どおり、紋之助師匠も苦戦し、やっと成功して大拍手。黄色を選んだお客さんのグッドジョブ。
 
林家彦いち「看板のピン」
知り合いが寄席に来てくれることがある。マクラは、国士館大学空手部の先輩が来てくれたときのエピソード。「待ってました」「たっぷり」の掛け声の説明をしてあげると、この先輩が客席から「まったり」の掛け声。体育会系の先輩ならではの楽しい話。
本編は、なんと彦いち師匠にしては珍しい古典。私は、初めてかもしれない。これが、なかなかに本格派で、笑い声も多い。もっと彦いち師匠の古典を聴いてみたい。
 
林家しん平「弥次郎」
主任の演目が、サスペンスチックな芝居噺だからか、前方の顔付けは、爆笑系のベテランが多い印象。その代表格が、しん平師匠。この日も大いに盛り上げる。
北海道に行ったことのある方は、手を上げてくださいと問い掛け、北海道に行った経験のある方にとっては馬鹿々々しい噺。師匠はそうおっしゃるが、行ってない方にも十分に馬鹿々々しい噺だと思う。その馬鹿々々しさを堂々と聴かせ、笑えないクスグリにも、自分に突っ込んで力技で笑わせる。さすがの一席。
 
柳家小春 粋曲
馬生一門の会のゲストでよく拝見していた小春師匠。最近、落語協会に入会されて寄席でも拝見できるようになった。
小菊師匠のような、演奏の合間に笑わせる話芸はないが、その分、次々と曲数を多く聴かせてくれる。雰囲気のとおりの優しい歌声と演奏。
 
春風亭一朝「宗論」
宗論は釈迦の恥、そんなマクラからこの演目であることは分かるが、一朝師匠で聴けるとは、ちょっと意外でビックリ。
信仰は心の問題なので、落語が踏み込むことはない。これからのお噺は、あくまでも落語なので、そう思って聴いてください。そんな前置きから入る。特定の宗教を揶揄した意図を持って語られるものではないと思って聴いているが、最近はこんな言い訳みたいな話を前置きにしなければならくなったのは、時代の流れなのか。
若旦那の変な日本語も、一朝師匠で聴くと違和感が少ない。讃美歌を歌うときに、観客に皆さんご一緒に、本当にご一緒に、と誘う姿が楽しい一朝師匠。
 
橘家圓太郎「厩火事」
人情噺の上手い圓太郎師匠が、この日は笑いどころの多い滑稽噺で盛り上げる。
マクラはまず、落語家も家に居られない理由がある、そんな家庭の事情を話題にする。講釈師の某先生は、ノート片手にジョギングしている。某落語家に夫婦円満の秘訣を訊くと、家に居ないようにしていて、ノートを持って喫茶店に籠って稽古している。そんな芸人の家庭の事情が笑いを呼ぶ。まさにこの演目の下地となるマクラだ。
本編は、髪結いのお崎さんが大活躍。相談相手の兄貴分の説明に、いちいち混ぜっ返すところが全部笑いどころ。兄貴分が、黙っていなさいと叱るところは客席も納得。
この噺の下げは、演者によって微妙に異なる亭主の本心を伝えるところ。さて圓太郎師匠は、どう感じさせるのか。そんな興味で下げを待つ。結果は、如何に。
 
仲入り
 
すず風にゃん子・金魚 漫才
さて、6月の髪飾りは、ジューンブライドからウエディングドレスを着た人形。かなり大型。この髪飾りを載せながら、金魚先生は踊ったり走り回ったり。これも、芸のうち。
 
古今亭菊太楼「へっつい幽霊」
膝前は、上席で主任を任されていた菊太楼師匠。安定の一席で、こんな短編からも笑いの瞬発力が感じられる。
この演目は様々なパターンがあるが、この日の菊太楼師匠の一席は、私の好きな志ん朝師と同じ型。博奕打ちの遊び人が、幽霊と博奕で勝負する場面にフォーカスしたシンプルな筋書き。二人の博奕打ちキャラ同士の対決が楽しい。博打打ちの心理を見事に表現して笑いに変えている。
 
江戸家猫八 ものまね
五代目襲名披露興行で拝見して以来。猫八にすっかり馴染んでいる。
父親である先代猫八先生との思い出から、春の鶯の見事な鳴き声で一気に客席を引き付ける。そこから、ニワトリの鳴き声と思わせてのチャボ。海外で人気の動物は猿、そこから得意のフクロテナガザル。鳴き声教室で、犬の鳴き声からの派生版でオットセイとシマウマ。バラエティさが楽しい猫八先生。
 
隅田川馬石「お富与三郎・与三郎の死」
この「お富与三郎」と題する落語は、歌舞伎では「与話情浮名横櫛」と演題が付けられて公演されている。ネットで調べたこの演目の謂れを、簡略に記録しておく。
江戸後期に菅良助という落語家がいて、人気が出なかったので、乾坤坊良斎(けんこんぼうりょうさい)と改名して講釈師になる。この良斎が書いた講釈の作品のひとつが「与話情浮名横櫛」。その後に歌舞伎の演目となり、人気の狂言となって現代まで上演され続けてきた。春日八郎が歌って大ヒットした「お富さん」はこの歌舞伎が元に作られた。
講談では掛けられることが少なくなり、十代目金原亭馬生が落語として高座にかけて人気の演目となった。その十代目馬生門下の皆さんが中心となって、現代でも掛け続けられている。十一代目馬生一門を中心とした鹿芝居の一座は、この演目を歌舞伎のパロディーとして上演している。
五街道雲助師匠もこの演目に挑戦していて、今回は弟子の馬石師匠が、主任興行においてネタ出しで挑戦することになった。
 
続き物のお約束で、冒頭は今回までの粗筋。これが簡潔で分かり易いので、この後に語られる最終話にスムーズに入れた。冒頭から、いつものような気弱な慌て者風のほんわかのんびりの表情は封印。終始キリリとした表情で、いつもとは違う馬石師匠だった。
出会いと別れを繰り返したお富と与三郎。この最終話でも、奇跡の再会を果たす。再会したお富は、以前に世話になった親分の女房となっていた。この親分も小間物屋となって更生生活。島抜け後の逃亡者となっている与三郎に自首を進める。
この最終話で与三郎と再会した親分とお富は、与三郎に対しての優しさを見せる。馬石師匠はセリフを通して、この二人の優しさを上手く伝えてくれる。
 
自分たちの行動が元で悲劇を生み、過酷で数奇な運命に弄ばれてきた与三郎とお富。元はと言えば、二人の美貌が生んだ悲劇であり、それを承知のうえでの悪行を重ねた二人。与三郎もお富も、どこかでけじめを付けて悲劇を終わらせたかったに違いない。そんなお富の感情が、ある行動を起こさせる。死の瞬間に見せた与三郎の笑顔。描かれていなかったが、与三郎の後を追ったであろうお富。二人の安寧は、死後の世界にしかなかった。まさに、悲劇らしい幕切れ。
悲劇ならではの切なさを味わえると同時に、登場人物たちの根底にある人間味が伝わってきて、それらが何とも愛おしい。
 
連続物の最終話だけでも充分に楽しめた。前方で笑いの多い演目で盛り上がり、その落差が効果的となった主任の一席。笑いどころは無くても、心に染み入る口演で、落語の魅力をたっぷりと伝えてくれた馬石師匠だった。

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