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落語日記 好きな噺と嫌いな噺にガチで向き合う女流二人の勉強会

遊かり一花の「すききらい」Vol.3
6月9日 新宿 フリースペース無何有
遊かりさんと一花さんという応援しているお二人の勉強会をネットで見つけた。協会も芸風も年齢も違う二人、近いと言えば芸歴くらいだろうか。そんなお二人の会とは、どんな会なのだろうと興味津々。時間がとれたので、ダメ元で急遽予約の連絡を入れると、運よく席をゲットできた。
会場も初めて訪問する場所。新宿の繁華街のど真ん中、雑居ビルの3階の小さなレンタルスペース。ソーシャルディスタンスを意識した座席の配列なので、座席数は全部で15名ほど。なので、後ろの客席でも高座が近い。こぢんまりとした会場で、観客は常連さんばかりの様子。

オープニングトーク
まずはお二人が高座前に登場。初めてのお客さんもいらっしゃっているので、この会の主旨説明をします。私みたいな初参加の観客には嬉しい配慮。
この会は、お二人の好きな噺、嫌いな噺を選んで、その演目に挑戦していこうというコンセプトの勉強会。好きな噺に取り組む回と嫌いな噺に取り組む回を交互に開催している。そんなコンセプトから、会のタイトルが「すききらい」と付けられた。
初めてこの会を知ったときは、女流落語家の会で、名前が「すききらい」なので、どこか色っぽい色恋沙汰の演目を演る会なのかという印象もあって、意外に真面目なコンセプトの説明を聞いて少しびっくり。
第1回が好きな噺から初めたので、3回目の今回もまた、好きな噺に挑戦する順番。この好きな噺の回のキャッチフレーズが「好きな噺を、得意な噺へ」ということらしい。
この会を始めた馴れ初めは分からないが、このコンセプトを聞くと、お二人とも芸に真摯に、そして楽しく取り組んでいる様子が伝わってくる。
それぞれが好きな噺2演目を用意して、観客の皆さんに選んでもらいます。そこで、一花さんは「粗忽の釘」と「大工調べ」、遊かりさんは「豆腐屋ジョニー」と「素人義太夫」を候補にあげた。皆さんの拍手で決めます、ということで、二演目とも私が推した「大工調べ」と「豆腐屋ジョニー」が選ばれた。こんなことも、なかなかに嬉しい。
結果を聞いたお二人は、やっぱりなあという表情。特に一花さんが、大丈夫かなぁというような不安げな様子。観客としては、お二人の表情からどんな一席になるのか、楽しみが倍増。
このトークで一花さんが聞きたがったのは、遊かりさんが出演されたNHKのニュース番組「おはよう日本」の密着ロケの話。客席も断然興味津々。遊かりさんから、その話は後の高座でゆっくりと、とのこと。
出番順は、交替で行うらしく、この日の好き噺のトリは一花さんとなった。

春風亭一花「幇間腹」
まずは、一花さんから。一花さんの地元の浅草橋で毎年開催されている会が、二年連続で中止となってしまい、その会で拝見するのを楽しみにしている一花さんの高座も、ご無沙汰となっていた。
好きな噺とは何だろうと楽しみに待っていると始まったのが、若旦那の酔狂道楽の噺。マクラの語り口から、本編へ入った後の語り口の変化が、一花さんの魅力のひとつ。若旦那も幇間の一八も女流としての違和感はなく、登場人物が目の前に浮かび上がる。
いい加減でとぼけた若旦那の可笑しさ、客の言いなりになる芸人の悲哀を醸し出す一八。好きな噺だからか、演じている一花さんの楽しさが客席にも伝わってきた一席。

三遊亭遊かり「豆腐屋ジョニー」
マクラは、お待ちかねの、「おはよう日本」のNHKの取材のときの裏話から。密着取材ということで仕事場だけではなく、自宅やその近所にもカメラが付いてきた。今の住まいはJJ、つまり十条。この街は、大きな商店街があり、この商店街にもロケが入った。いつも行く店も取材の対象となり、職業を落語家だと言ってなかったので、店側にビックリされたというお話。遊かりさんらしい、地元愛が溢れるディスリ話。
この商店街には小さなスーパーがあり、いつも買い物に通っている。その店もさんざんディスって会場を温めた後、このスーパーが舞台となる本編へ上手く導入。この辺りの流れは見事。

この演目は、三遊亭白鳥師匠作の新作。遊かりさんが、この噺が好きでたまらないということが、高座の端々から伝わってくる。
スーパーの商品である食料品たちが擬人化して繰り広げられる大騒動。豆腐一家とチーズファミリーの抗争によって引き裂かれた豆腐のジョニーとチーズのマーガレットの悲恋を描いたもの。この粗筋だけでも、その馬鹿々々しさが伝わるはず。
遊かりさんの思い入れが強いことは、観客を置いて突っ走っていくことが時々あることからも分かる。演じている遊かりさんは、実に楽しそうなのだ。この点に関し、アフタートークで遊かりさんご自身が語っていた。自分が好きな噺は、観客の受けに関係なく、好きなクスグリやギャグは演じたいという思いが強く、語っていること自体が楽しいので、削らずに残したいという思いが強いそうだ。なるほど、ご自身でも葛藤があるようだ。観客の受けと語り手である自分の楽しさ、この兼ね合いが遊かりさんの課題かもしれない。

仲入り

三遊亭遊かり「紙入れ」
一席目での熱演の大汗もまだ引かないような熱気をまとって登場。二席目は、先日の浅草6月上席で掛けたかった噺を演ります宣言。私もお邪魔した遊雀師匠の主任興行だ。ここでは、夜の部のクイツキという深い出番。客席の雰囲気は良くなっているが、後半なのでネタの制約も多くなる。この芝居では、既に掛けられてしまい、掛ける機会がなかったようだ。と言うことで、本日掛けますとのこと。
ご自身も好きな噺、稽古も積んできて、独自の工夫も多く、遊かり流の紙入れとして見事に仕上がっていた。
登場人物の女将さんの熟女っぷりが、遊かりさんのキャラにぴったり。この熟女全開ぶり、お色気攻撃が凄い。新吉を寝間へ誘う仕草、着物を脱ぐ仕草が生々しい。緋縮緬の長襦袢姿で迫る姿は、お色気とお笑いの境界線上をさまよっている。遊かり版では、新吉もかなりその気になる。遊かりさんの色香に迷わされた新吉だ。
まさに遊かりさんならではの紙入れ。これは、ぜひ寄席で掛けて、おじ様方を喜ばせて欲しい。

春風亭一花「大工調べ」
さて、トリの一席は、観客のリクエストで決まった「大工調べ」の一席。一花さんには珍しく、やや緊張の表情も見せながら登場。定番のマクラから本編へ。下げは、奉行所に訴え出るところまで。
この噺の登場人物それぞれが、一花さんの語り口で違和感がない。それぞれの性格も明瞭に表現されている。
聴いてみると、一花さんの大工調べは私の大好きな志ん朝師と同じ型。一花さんによると、この噺は一朝師匠に習ったそうで、一朝師匠は志ん朝師から習ったそう。切れの良い江戸弁の得意な一朝師匠は、志ん朝師の良いところを引き継いで、それをまた弟子が引き継いでいる。志ん朝師のDNAが現代の若手に脈々と受け継がれているのは、志ん朝ファンとしては嬉しいかぎり。

さて、この噺の見どころでもあり、一花さんが力を入れていたのが、棟梁が啖呵を切る場面。私も大好きな場面なので、一花さんがどんな啖呵を聴かせてくれるのかが楽しみだった。おそらく何度も稽古を重ねただろう、啖呵は見事だった。
その啖呵に入る前、アクシデントがあった。棟梁が与太郎に「あたぼう」の意味を教える場面で、温気(うんき)の時分には日が暮れてしまう、と言いそうになり、本人もあっと気付き、詰まってしまったのだ。あまりセリフを噛まない一花さんには珍しい失敗。思わず、やっちゃったという表情を見せる。こんなハプニングも、一花ファンには楽しい場面。
なので、その後の啖呵の場面では、一花ファンはみな、手に汗握り、頑張れーと心の中で声援を送っていたはず。その啖呵も見事に言い終えたあと、ほっとしたのか、下げ直前でまた言い淀んでしまった。いつも完璧な一花さんの、意外な表情が見られた一席だった。

エンディングトーク
遊かりさんも登場し二人でトーク。失敗したという表情の一花さんと、慰める遊かり姐さん。出番を終えての感想戦があるのは珍しい。これも小規模な勉強会らしさだ。
印象に残ったのは、遊かりさんの、古典はセリフやクスグリを削るのが難しいし、個性を出すのも難しい、新作は自由度が大きいし、個性を発揮しやすいという感想。新作と古典の両方を掛けたからこそ感じることだろう。
久しぶりに、悪戦苦闘する若手の高座を拝見した。噺と真摯に向か合う、まさにガチの勉強会だ。終演後の悔しそうな表情が、きっと芸を向上させていくのだろう。将来が楽しみなお二人の勉強会だった。

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