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落語日記 寄席の主任興行で珍品の演目を披露された桂文雀師匠

鈴本演芸場 2月下席夜の部 桂文雀主任興行
2月21日
今月は、仕事に追われて落語を聴く時間がなかなか取れなかった。そろそろ、落語不足による禁断症状が出ても可笑しくない。月末の繁忙時期に向かっていたが、たまたま時間が空いたので、最寄りの寄席である鈴本演芸場の番組を調べてみた。すると、特別企画公演~文雀落語珍品堂~と題して、桂文雀師匠の主任興行が始まるとのこと。珍しい演目に挑戦している文雀師匠のネタ出し公演。一度、聴いてみたいと思っていた文雀師匠なので、ちょうどよい機会と、仕事終わりに駆け付けた。
       
林家楽一 紙切り
(途中入場)お雛様・鬼の面
「鬼の面」の注文は、この日の文雀師匠の演目。楽一さんは、注文した観客に、どんな噺ですかと尋ねる。上方落語の声が上がる。この注文を聞いただけでも、文雀師匠の高座目当ての落語ファンが集まっていることが感じられる。

柳家さん喬「天狗裁き」
「どんな夢みたの?」この噺のキーワード。このセリフだけで大きな笑い声が起きる。私も釣られて笑ってしまう。他の演者で、この一言の度にこんな大きな笑い声が起きる場面に遭遇したことはない。この一言を笑いのキラーワードに変えた見事なさん喬師匠。

春風亭柳枝「ふぐ鍋」
若手真打で仲入りの出番に抜擢されたのは、人気と期待の大きさの証し。語り口に貫禄さえ感じる。安定の一席。
私はこの演目があまり好きではない。ふぐが怖いという登場人物の気持ちは分かるが、何となく後味が悪い。なぜなら、お菰さんの命を軽く見ているという差別的な心情が露わになっているからだ。なので、何となく楽しめない。これも落語という芸能、好みの問題。柳枝師匠に罪はない。

仲入り

立花家あまね 民謡
初めて拝見。立花家橘之輔師匠の弟子で、昨年11月1日より落語協会の正会員となったそうだ。
唄の合間に自己紹介。芸名の由来、本名の「あまね」をそのまま芸名とした。この意味するところは、天音、雨音、遍くのあまね、これらの全部の意味を持たせるため平仮名を使って父親が命名したとのこと。
民謡が好きになったのは母親の影響。立花家橘之助師匠の弟子だが、師匠の芸「浮世節」ではない「民謡」とうジャンルを芸種として打ち出している。これは、師匠からも良いんじゃない、と許しをもらっていると説明。
三味線は力強く、よく通る声色で唄声も若々しい。芸歴を重ねて橘之助師匠のような艶が出てくるだろう将来が楽しみ。終始にこやかな表情も好感が持てる。
「向う横丁のお稲荷さん」好きな曲だが、譜面が無いのを苦労して再現したそう。
「淡海節」民謡といっても、こちらは俗曲の部類のようだ。
「土手の提灯」歌舞伎の下座でかかる唄。
「東京音頭」お馴染みの陽気で楽しい一曲。

三遊亭歌奴「好きと怖い」
噺の運びは、途中までは「饅頭怖い」。ところが、途中、年かさの親方に怖い物を尋ねたところから、噺は怪談噺へ。落語ファンにちょっとした意外性を感じさせる噺。初めて聴く。
この怪談のパートで、観客をびくっとさせる演出もあり、噺の中の町内の若い衆だけではなく、観客も怪談に引き込まれる。客席を次々と驚かせたり怖がらせた歌奴師匠。主任の珍品噺のいい前振りだ。下げは、本当は何々が怖い、と饅頭がこわいと同じ形式。饅頭こわいの派生の噺だと感じさせる。

江戸家猫八
膝替わりは、お馴染み猫八先生。ネタは鶯、犬、アシカ、フクロテナガザルと定番の流れ。最後に、もうすぐ春ということで、春の鶯を再度ひと鳴き。

桂文雀「鬼の面」
まずは、この特別興行の趣旨説明。その後に続いて、文雀師匠が珍品の演目にこだわる理由を語る。落語協会だけでも真打が二百人以上いるので、生き残りを掛けてみな奮闘されている。そのために、各自が特色ある個性を出していかないといけない。そう考える文雀師匠は、珍しい演目、誰も掛けないような演目に挑戦して個性を磨いているようなのだ。元々、珍しい演目を発掘したり挑戦したりするのが好きなのだろう。そんなご自身の趣味を、上手く活かしているといったところかもしれない。

この日のネタ出しの演目「鬼の面」は、上方落語の演目を移植したものらしい。初めて聴く。
筋書きは、口減らしのために商家に奉公に来ている女の子のお松が、母親似のお多福のお面をもらい、このお面に向かって話しかけることで寂しさを紛らわしていた。これを盗み見た番頭が、悪戯のつもりでお多福の面と鬼の面をこっそり入れ替える。この鬼の面を見たお松は驚いて、母親に何か異変があったと感じ、黙って店を飛び出し実家へ戻る。番頭は悪戯を大旦那に告白し、𠮟責されて慌てて、お松を連れ戻しに向かう。その道中で盗賊と出会い、鬼の面の意外な効果で盗賊から盗まれた金品を取り戻す。

騒動を巻き起こす番頭が、女にだらしなくスケベ、いい加減で悪戯好きな男。これは、江戸落語に登場する番頭のイメージと異なるもの。江戸落語の商家の番頭といえば、大旦那を支えるしっかり者で商売上の中心人物。大旦那や若旦那に代って商売を仕切っている。この噺の番頭は、そんな江戸落語の番頭像とはまったく違う、だらしのない男なのだ。この番頭の性格が上方落語らしさなのかもしれない。確かに、上方落語の商家の雰囲気に合っている気がする。
なので、番頭の性格の違和感を最後まで引きずってしまい、この噺にのめり込めなかった。この番頭の違和感が、この演目を江戸落語へ移植するうえでの課題ではないかと感じた。こう感じられたのも、果敢に移植に挑戦された文雀師匠の熱演による収穫だ。

この芝居で挑戦する演目を記録しておく。なるほど、珍品堂と名付けられるのも頷ける珍品ぞろいなのだ。
初日 鬼の面
2日 清正公酒屋
3日 休み
4日 搗屋無間
仲日 鉄拐
6日 派手彦
7日 帯久
8日 胴乱幸助
楽日 朝顔宿


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