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落語日記 こみち流古典の改作を寄席の主任興行で披露した柳亭こみち師匠

浅草演芸ホール 7月上席夜の部 柳亭こみち主任興行
7月7日
主人公を女性に変えるという手法で、古典の改作に挑んでいる柳亭こみち師匠の主任興行。今回は「ベスト・オブこみち噺」と題して、ネタ出しの公演を行っている。
今年は、芸歴20周年という記念の年。近年取り組んできた古典の改作の集大成として、自信作を並べてきたようだ。この芝居中2日間は休演なので、8日間の公演。そのうち7演目をネタ出しして、楽日だけお楽しみとしてネタ出し無し。
ラインナップを見ると「寝床~おかみさん編~」「井戸の茶碗~母と娘編~」「船徳と嫁姑」「おきんの試し酒」「女版 不動坊」は、今までに聴いたことがある演目。「死神婆」と「崇徳院~お嬢様編~」がまだ聴いていない噺。そこで、日程の合う「崇徳院~お嬢様編~」の掛るこの日に出掛けることにした。

途中入場

柳家喬太郎「家見舞」
この上席は鈴本の主任を務めている喬太郎師匠。その前の寄席を掛け持ちという忙しさ。相変わらず膝の具合が悪そうだが、アグレッシブに高座を務めている。
表情で見せる古典の可笑しさ。炊き立てのおまんま、肥甕の水で炊いたのに、美味そうだった。

柳家はん治「背なで老いてる唐獅子牡丹」
相変わらずボヤキ節全開で、反応の薄かった客席にも可笑しさがじわる。年齢を重ねて、見事に噺の世界を体現されている。高齢化社会という、現代社会の問題を象徴している噺。

ダ-ク広和 マジック
一本のロープの端が何本も現れるマジック。ダーク先生にとっては、お気に入りのマジックなのだが、地味で分かりづらいので人気がないらしい。その地味さを逆手にとって、笑いに変える。

五街道雲助「手紙無筆」
仲入りの出番の割には、軽くて短い演目を掛けた雲助師匠。この演目を雲助師匠で聴いたのは初めてかも。兄貴分の誤魔化様が、かなり強引でいい加減だが、しれっと強気な態度を突き通すところが可笑しさの源泉。そんな兄貴分に対して、違和感を覚えつつ敬意を持って接する弟分の態度が気持ちいい。
こんな軽くて短い演目にも、瞬発力を効かせた一席を披露してくれた雲助師匠だった。

仲入り

弁財亭和泉「銀座なまはげ娘」
自作の演目で和泉ワールドを展開。客席の戸惑いなのか、反応が薄かったのが、なまはげ娘の奮闘ぶりに、じょじょに笑い声が大きくなっていく。噺の主人公と一体化した和泉師匠の吹っ切れた様子が、硬い客席から爆笑を引き出した。

柳家三三「茄子娘」
この噺は三三師匠では初見。おとぎ話のような民話のようなファンタジーを三三流のクスグリを散りばめながら聴かせてくれた。住職と茄子の精のひと夜の房事、描写しないことを逆手にいじる。笑いどころの少なく筋書きもシンプルな演目、聴かせるのは難しいと思われるが、三三流の味付けでほのぼのとした楽しさを味わうことが出来た。

江戸家猫八 ものまね
鶯、犬、アシカ、カバ、フクロテナガザルという流れの黄金リレー。いつ観てもお見事。

柳家小里ん「へっつい幽霊」
市馬師匠の代演。丸くてつるっとしたお顔は、先代小さん師を思わせる。
三道楽煩悩の中でも、年を重ねても止められないのが博奕、そんなマクラから本編へ。私の好きな志ん朝師と同じ型。死んでも博奕は止められないという悲しい性分を象徴している幽霊。人の好さ、情けなさなどもありつつ、最後は哀れさを漂わせている。珠玉の短編と出会えた僥倖。

柳家小菊 粋曲
お馴染みの吉原へご案内~ぃ、お手が鳴るよ、から両国風景で賑やかに。こみち師匠の高座を盛り上げる膝替わり役。

柳亭こみち「崇徳院~お嬢様編~」
挨拶早々まずは、この主任興行の主旨を説明。女性を主人公にする古典の改作に挑戦していて、この主任興行はそれら改作噺をネタ出しで披露する企画。
舞台袖から前方の演者の噺と客席の反応を見てきて、この日の演目はこの日の観客の皆さんには合わないかも、と不安な表情。「ベスト・オブこみち噺」と題するくらい、自信作を選んで掛けているので、これが自信作なの?、とネットで呟かないでください、そんなお願いが爆笑を呼ぶ。
客席に居て感じたのは、客席はこみちファンばかりではないような雰囲気。確かに、こみち師匠の独演会の客席とは明らかに違う。でも寄席ファン、落語ファンも多いようなので、ホームではないけどアウェイでもない、そんな感じ。そんな雰囲気を、こみち師匠も感じたのかもしれない。覚悟を決めたようで、本編に入ると初っ端から弾けまくるこみち師匠。

この日は七夕、なので選んだ演目は男女の恋の物語。
正統派崇徳院では、恋患いした若旦那のお相手のお嬢様は、若旦那の思い出話の中には出てくるが、噺の中には登場しない。こみち師匠は、このまったく登場しないお嬢様を主人公に、正統派崇徳院の隠れた裏側、まさに正統派本編では描かれていないお嬢様側のエピソード、アナザーストーリーを描いて見せてくれた。
正統派崇徳院では、下げ近くで相手のお嬢様も若旦那に一目ぼれしていて恋患いしていることが明かされる。お嬢様編では、そのお嬢様の側にも、若旦那側と同様に恋患いによる大騒動があったことが描かれる。主人公を女性の側に変え、その見えなかった向う側の風景を見せるという、この発想が素晴らしい。

正統派崇徳院の中では、若旦那が受けた印象は清楚なお嬢様。それが、このお嬢様編に登場するお嬢様は、かなりエキセントリックで弾けている女性。そのお嬢様の相手役として登場し、いいコンビとなるのが婆や。くしゃくしゃした表情や奇妙な行動が可笑しい。これら登場人物の描き別けが見事なこみち師匠。
筋書きは、「瀬を早みぃ、岩にせかるる滝川の~」と短歌を読み上げながら捜索するところは、正統派の若旦那側と同じ。婆やの奮闘で、最後は集団による捜索隊となり、同じく捜索を依頼された頭(かしら)と遭遇して、若旦那捜しの手柄争いとなる。ここから下げに向かって、正統派の噺と合流。
正統派崇徳院を知っている落語ファンなら納得の筋書だが、初めて聴いた観客も楽しめる噺となっている。お嬢様と婆やをはじめ、登場人物たちがみな弾けていて、賑やかで楽しい一席となっていた。

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