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落語徒然草 その5 寿限無と藪柑子

 日本でいちばん有名な噺なのに、滅多に聴けないというレアな演目。それは前座噺の「寿限無」である。私はそう実感している。
 私が付けている落語日記を遡ってみると、寿限無を聴いた記録は、ここ9年間で2回しかない。それもうち一席は、当時のたん丈さんが円丈師匠の新作「新寿限無」を掛けたもので、古典の「寿限無」は市若さんの一席のみ。前座噺と呼ばれてはいるが、寄席の前座では聴いたことがないのだ。
 絵本や小学校の教科書に取り上げられている落語なので、多くの子供たちは早口言葉として寿限無を覚えているようだ。落語は聴いたことがないけど寿限無は知っている。昔話の民話か何かと思われていて、下手すると落語の演目であること自体が知られていない。そんな状況かもしれない。

 ではなぜ、この噺は高座に掛けられることが少ないのだろうか。その疑問に、柳家三三師匠がコラムで答えを書いている。それは、落語家が高座で演じる回数が少ない理由は明快であって、ウケないから、だそうだ。
 筋書も知っているし、この名前も多くの人が暗記しているくらい有名なもの。噺の間や緩急で笑わせなければならないという、真打にとっても難しい噺なのだろう。
 子供たちにも馴染みの噺なので、学校寄席などでは掛けられているのだろう。だが、せっかく有名になっている噺なのだ。どなたか根問物として、磨いて工夫して掛けていただけないだろうか。やり甲斐のある面白いチャレンジだと思うのだが。

 私の落語以外のもう一つの趣味が盆栽。我が家の日当たりの悪く狭いベランダに鉢を並べて細々と楽しんでいる。そのコレクションの中に、元々、正月飾り用に実ものの盆栽が欲しいと思って買った赤い実を付けた藪柑子(ヤブコウジ)がある。
 この藪柑子、お気づきの方はいるだろうが、「寿限無」に登場する植物なのだ。「やぶら小路のヤブコウジ」もしくは「やぶら小路のブラコウジ」が藪柑子のことだ。この藪柑子は噺の中では、生命力豊かで縁起の良い木と説明されている。確かに丈夫だし、赤い実は縁起の良さや目出度さを感じさせてくれる。

 面白いのが、赤い実をつける植物には、金額で表されている別名を持つものが多い。有名なのは万両や千両。特に千両は正月飾りに使われていて、ご存知の方も多いと思う。この記事のイラストは万両だ。藪柑子は別名が十両と呼ばれている。他にも百両や一両もある。いずれの植物も縁起物とされている。
 金額でいえば万両や千両が高額で有難味がありそうだが、落語はなぜか百両よりも安い十両と呼ばれる藪柑子を登場させている。庶民が主役の落語、貧乏人が当たり前の世界、なので十両でも十分だったのだろう。
 我が家の藪柑子は、鉢も増えて育っていて、少しではあるが赤い実をつけて楽しませてくれている。この藪柑子の鉢を眺めながら、落語と同じで我が家にも十両がちょうど似合っている、そう思う今日この頃。

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