見出し画像

落語日記 圓朝に挑む!

8月29日 国立演芸場
 国立演芸場主催で「圓朝に挑む!」と題された圓朝作品を掛ける落語会。十年を超えて長く続いている会。私は今回で三度目の参加。
 レギュラー出演者は、この会の番頭役の橘家圓太郎師匠。そして、昨年の会に引き続き、二年連続で金原亭馬治師匠がゲスト出演。私の好きな二人が出演する会なので、楽しみに出掛ける。今回も前回同様に、満員札止めの人気。座席数も減らしているので、かなり貴重なチケットだったと思う。 

 コロナ対策後の国立演芸場は初訪問。他の寄席と同じ対策で、客席はお馴染みの市松模様の配置。さすが国立演芸場だなあと思わせた対策がある。開演前にロビーでの観客同士の会話を避けるため、入場者をすぐに客席に誘導していること、退場の際には、客席のブロックごとに誘導して退場させたこと、これら対策は国立ならではだ。

入船亭扇ぽう「元犬」
 扇遊師匠のお弟子さん 端々にどこか師匠の香りがする。
 この元犬という噺は、圓朝全集に「戌の歳」という演目名で掲載されている。意外にも、圓朝由縁の噺でもあるのだ。

金原亭馬治「八景隅田川」
 馬治師匠がこの会に出演されるのは、おそらく今回で三回目。私の記録では、4年前に「政談月の鏡」、昨年は「英国孝子ジョージ・スミス之伝」に挑戦されている。毎回、珍しい演目を選んで挑戦、まさに圓朝に挑んでいる馬治師匠。
 珍しいということは、他の演者が高座に掛けていない演目であり、それは儲からない噺であって、労多くして成果の少ない演目だからだろうと推測される。これら埋もれてしまった圓朝作品は、現代の価値観からすると、面白くもなく感動することもない筋書かも知れない。落語の演目として廃れてしまっているのは、それなりの理由があるからだろう。しかし、噺の中の人間の哀れさや悲しさなどの感情が、現代人にも通じることも確かである。

 この会の趣旨は、圓朝の作品を素材として、現代の落語家がその自らの技量を持って作品世界を現代に再現してみせることにあると思っている。当時の観客たちが聴いて楽しんでいた作品世界を再現することで、その舞台背景や登場する当時の風俗や習慣、そして登場人物たちの価値観や道徳観などが、百年以上経た現代社会と如何に異なるものだったのか、それらを感じられることが出来る。これがこの会の魅力である。
 死神や文七元結などの現代も語り継がれている演目や牡丹燈籠、真景累ヶ淵などの怪談噺などのメジャーな圓朝作品以外の珍しい演目を発掘して、現代の聴衆に落語として聴かせるのは、まさに大いなる挑戦なのだ。
 この日に選ばれた八景隅田川も、かなりの珍品。今まで掛けた人がいるという記録も見つけられなかった。この演目は元々が新聞の連載小説であり、圓朝の口述速記と異なり、話し言葉ではない書き言葉で綴られた物語らしい。なので、馬治師匠は口演にあたって、かなりの手直しと再構成に苦労されて台本を書かれたようだ。

 この噺も長い物語らしいので、この日は発端の章のみ。あらすじは、以下のとおり。幕末のころ、とある商家を訪ねた殿様風の一行が夜中に強盗になり、そのうえ娘までも乱暴される。それから季節も変わって、娘が乱暴した件の殿様に恋煩い。娘は乳母とその情夫とともに流山にいるという殿様を探しに旅に出る。その途中で陰惨な事件が起きる。
 この主役の娘が、乱暴した男に恋煩いするという設定にビックリ。当時の価値観なら理解できるのか、男女の本質的な不思議さなのか。そんな驚きの場面が、物語が進むとまだまだ登場する。

 旅の途中で、この娘が乳母の情夫によって井戸へ投げ込まれる。乳母は娘を助けてと懇願するがあっさりと殺される。この乳母の懇願する場面も、情夫が突き付ける白刃を握り指が切り落とされる。そんな陰惨な場面が続く。平然と人を殺める情夫の不気味さは、まさに圓朝もの。この場面まで笑いどころの無い噺。
 しかし、この井戸に地元の農民たちが通りかかる場面から、馬治流の解釈でコメディに仕立てる。この農民二人組が千葉ながら強烈な田舎弁で、いい味を出している。井戸に投げ込まれてから5、6日後なのに娘が生きていたのには観客はビックリ。馬治師匠も圓朝全集を初めて読んだときもビックリ。そんな告白に会場は爆笑。
 こんな筋書きのなかで、何とか笑いどころを作り、陰惨な噺を後味良く切り上げた。そんな工夫は、圓朝作品をただなぞっただけではなく、まさに圓朝に挑んでいたことを感じさせた馬治師匠だった。

柳亭こみち「応挙の幽霊」
 マクラはコロナ禍のなかの家族の様子を面白く語る。いつもの様に冒頭から目いっぱいの明るさ。まずは、この噺を選んだ謂れを説明。圓朝の幽霊画コレクションが、墓地のある谷中の全生庵に保管されている。この幽霊画の中には、円山応挙作と伝えられるものもある。そんな由縁での一席。こみち師匠のこの噺は、昨年のこぶし寄席で聴いて以来。

 この日の本編も、こみち師匠得意の咽を聴かせる都々逸や小唄が飛び交う唄合戦と呼ぶべき、いつもながらのこみちスペシャルな一席だった。
 道具屋の一人の酒盛りで興に載って唄う場面、そして幽霊との二人の酒盛りで聴かせる元芸者である幽霊の唄。二人とも、かなりの芸達者。また、幽霊がじょじょに酔っ払っていく様子も楽しい場面。これらは、芸達者で唄の上手いこみち師匠だからこそできる表現。でも、楽しそうな二人を見ていると、演じているこみち師匠が一番楽しそうで、高座で唄いまくりたかったから選んだ演目だったのでは、と思わせる。
 圓朝作品ではないが、圓朝所縁の噺として選び、その明るい高座でこの会に彩りを添えてくれたこみち師匠。落語会としての楽しさを与えてくれたグッドジョブだった。

仲入り

三遊亭粋歌 新作落語「今も昔も」
 粋歌さんを拝見するのは、久し振り。来年の真打昇進も決まり、張り切っている様子。この日は全員ネタ出しで、粋歌さんだけ新作と銘打っている。
 噺は、芝浜を題材として、現代の妻が芝浜の筋書を活かして夫を立ち直らせようと奮闘する姿を描いたもの。昔のハウツー本「男の戯言(たわごと)はすべて夢にしろ」を読んで、ゲーム作家の亭主に実践してみる。これが、名付けて芝浜作戦。この芝浜の筋書を上手くなぞって現代に当てはめて、見事な笑いに変える。その上、自粛生活などコロナ禍による現在の世相を反映させて、今という時代を見事に表現している。さすが女流新作の旗手だ。

 考えてみれば圓朝作品は当時の新作もしくは改作であって、先人達の模倣ではない。芝浜を素材に、現代を描く新作を創作した粋歌さんは、まさに圓朝の取り組みと同じなのだ。これは圓朝の気概そのものだし、「圓朝に挑む」のコンセプトは、圓朝作品に取り組むだけではないことを示してくれた。
 圓朝作品に取り組まなかった女流のお二人が、陰惨な表現が多かったこの日の圓朝作品の間に挟まれて、楽しく明るい高座を見せてくれたおかげで観客を飽きさせなかった。逆に、圓朝作品を引き立てるという役割も果たされた。お二人がこの会を落語会としての楽しさを増してくれたのだ。

橘家圓太郎「操競女学校 お里の伝」
 まずは、圓朝の名前にすがる会、圓朝に頼っている会ですと、そんな言い訳のようなご挨拶からスタート。圓朝作品でない二席が続き、圓朝作品の上演を期待されているような観客の空気を感じたのだろうか。この会を仕切ってきたプロデューサー役の圓太郎師匠、観客の期待が高く常連さんも多い会だけに、毎回、演者と演目選びに苦労されているに違いない。
 マクラは、コロナ禍の下、徒歩で寄席に向かう途中で出会った目白のマダムの話。ポケットからアボガドを取り出しかじるという驚きの行動を面白可笑しく。かなりゆったりしたマクラで、じょじょに圓太郎ワールドに引き込んでいく。歴史に名を遺す人とは、そんな前振りから本編へ。

 本編は、江戸時代に女子の教訓書として頼山陽が書いたものを元に、圓朝が人情噺として新聞に連載し、それを圓太郎師匠が落語として再構成。過去には志ん生師や圓生師も挑戦されたことがあるようだ。
 今回のお里の伝以外にも、お民の伝、お蝶の伝、おゑんの伝とあるらしい。元々は、良妻賢母であるべしという封建時代の女子の道徳を説いた書物、それぞれに教訓のテーマがあるようだ。このお里の伝は、お家再興を図るため、女子ながら剣術修業に励み、仇敵を探して敵討ちを果たすという筋書。まさにお家大事、家名を承継させることがなにより大切、そんな武家の価値観を伝える物語となっている。

 見どころの場面は多くあるが、なかでも仇討ちの果たし合いの場面の描写は見事だった。おそらく、仇討の作法に則った正式な果たし合いなのだろう。主君の面前で、大勢の立会人に囲まれて決闘の場所がセッティングされている。
 ここで見せる敵役の武士と敵討ちを果たす娘の切り合いの殺陣、この描写が素晴らしい。刀を持っていないのに、切り結ぶ白刃が見えるようだ。座ったまま演じているようには思えない動きの激しさ。まさに圓太郎師匠の技量を見せつける。
 この果し合いの前に、この敵を見つけて、本当に敵かどうかを確かめる場面がある。ここは本来は緊張の場面なのだがが、敵役の武士がとぼけたキャラで笑いどころの場面となっている。この武士と絡むのが、度胸の据わった女中と仇討ちの娘なのだが、この三者の遣り取りがまさにボケとツッコミになっていて、コントを見ているようでもあった。緊迫の果たし合い場面の前に、この笑いの場面を挟むことで緊張が緩和されていて、噺にメリハリを付けている。
 どんな演目であっても、きっちり笑い声を回収してくれる、さすが圓太郎師匠と、いつもながら感嘆しながら拝見した高座だった。奇しくも、この日の圓朝作品は、いずれも仇討ちが隠れテーマとなっていた。圓太郎馬治コンビならではの、圓朝に挑むだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?