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落語日記 古典でも新作でも、女性の思いを大切にした落語を聴かせてくれる柳亭こみち師匠

第31回こぶし寄席 柳亭こみち独演会
10月9日 所沢市 若松町会館
落語仲間の友人が主催している地域落語会。コロナ禍によってしばらく中断していたが、今年の5月に2年半ぶりに再開し、この日は再開後の第2回目を迎えた。
コロナ禍で休止していた催物を再開させるには、おそらく並々ならぬ強い決意や気力が必要なはず。そのうえ、再開させた会をさらに継続していくには、再開と同じくらいの熱意が必要だと思う。席亭とお会いする度に、そんな主催者としての強い熱意が伝わってくる。その席亭の強い熱意が、演者にも伝わったかのような熱演を生み、この日も内容の濃い落語会となった。

今回の出演者は、人気者の柳亭こみち師匠。この会は、令和元年以来4年ぶりの出演。私も大好きな落語家なので、この日を楽しみに待っていた。
毎回、席亭手作りのプログラムが配布される。今回は席亭がこみち師匠の落語を紹介する挨拶文が掲載されていた。ここには、こみち師匠が聴かせてくれる落語に対する席亭の思いが書かれている。
要約して紹介すると、こみち師匠が聴かせてくれる古典の改作で見せてくれる女性の立場から見る落語の景色は、今までの古典落語には無かった女性の思いを大切にしたものであり、それは男女の区別なく共感を得られる落語になっている、というもの。
古典落語を女性の視点によるものに改作したこみち落語は、私自身も好きであり、今まで楽しんで聴いてきた。こみち流改作は古典落語の改作であるが、現代の感覚を古典落語に活かし、なおかつ古典落語が持っている本質的可笑しさを変えないという実験的な試みだ。これには男性が気付かなかった、女性ならではの発想も活かされている。この試みによる演目が、今や数多く完成し、他の演者が口演するまでになっている。
この日の客席は、女性客が多かった。そんな皆さんは、こみち師匠の落語を楽しそうに聴いて笑い声を上げていた。来場された地元の皆さんにも、こみち落語が受け入れられていることを感じる。こみち落語を地元の皆さんにも味わって欲しいという席亭の意図は、見事に成功したようだ。
この再開した落語会は、コロナ禍前の日常が戻りつつあることを実感させ、何気ない日常を当たり前に過ごせる有難さをしみじみと感じることとなった。これは、この会の常連さんたちの嬉しそうな表情からも伝わってくる。そんな感慨を味わった会でもあった。

柳亭こみち「ほっとけない娘」
久々の出演に感慨深げなこみち師匠。前回の出演から4年経ったとは思えない時間の感覚。長かったようなコロナ禍による時間の停止は、振り返ってみれば、あっという間ということか。
こぶし寄席にまた出演できるということが、芸人の日常も戻りつつあることを感じているようで、こみち師匠は本当に嬉しそうな笑顔を見せる。
マクラは、小三治師匠の三回忌法要の話。縁寺の僧侶の読経は長いと、小三治師匠が生前に話されていた苦情。マクラの長い小三治師匠が言っていたという可笑しさ。法要に集まったのは一門の落語家の皆さん。読経の物真似をしたりして、落語家らしい追悼の集まりだった様子が伝わる。
こみち師匠は、鈴本演芸場上席夜の部の古今亭文菊主任興行に出演中。なので、この会のあとは上野に向かうというパワフルさ。
この興行では、仲入り前と膝代りの二回も出番がある。これは、寄席の歴史始まって以来の快挙かも。というのは、膝代りの色物がペペ桜井先生で、先生の御指名で膝代りの出番で「ぺぺとこみち」コンビとして出演しているのだ。
今年満88歳のペペ先生を、毎日、こみち師匠と芸の稽古。こみち師匠がペペ先生の脳を刺激しているという状況。お元気なのは脳を刺激しているからというのは、納得の理由。

そこから話は、落語という芸能は観客の想像力が頼りなので、脳の刺激を受けてほしい。そのために、古典と新作の両方聴いて欲しいという理由で、新作に挑戦します、そう宣言して本編へ。
演目は、落語協会公募の新作落語台本の佳作入賞作品。仏像大好き女子の恋愛話を題材としたもの。演目名の「ほっとけ」は、「仏」に掛かっているシャレ。独身の仏像オタク女子の娘の結婚を心配する両親が勧める見合い相手は、見かけが仏像そっくりな男性。その家族や見合い相手を巻き込んだ大騒動が馬鹿々々しくも楽しい一席。この娘が語る仏像巡りの旅の報告が、いかにもオタクらしくて楽しい。
こみち師匠のこの演目は、昨年の浅草演芸ホール6月中席の主任興行の高座で拝見して以来二度目。あれから一年後の高座を拝見して、こみち師匠はこの噺をすっかり自分のものとしていると感じた。

柳亭こみち「そば清」
続けて二席目。マクラは、ご自身は何でも美味しく食べられると語ってから、若手時代は食べるのも仕事という話。旅の思い出で、前座時代に歌丸師・小三治師・木久扇師匠の三人での九州ツアーに帯同した際のエピソードが楽しい。招聘した地元主催者は師匠方に接待攻勢をするが、料理は絶対残せないので若手が全部片づけるという苦行のような仕事。若手落語家あるあるだ。
そんな食事の話から入った本編は、そば清の女性版改作。主人公は女性フードファイターである蕎麦の清子さん。蕎麦の食べっぷりが、勢いがついていて豪快で可笑しい。主人公の食べっぷりの良さを、可笑しさあふれる芸で表現した一席。
下げが2通りあるのが、この改作の特徴。通常版のそば清と同様の下げのあと、もうひとつの下げが清子さんは消えてなくならないパターンのもの。五人の子供を蕎麦の賭けだけで育て上げた肝っ玉母さんの清子さん、消えていなくなるのは可哀そうだと、落語の登場人物に対する優しさを見せるこみち師匠。

余興 当て振り「命くれない」
仲入り前に余興。高座の上に立ち上がって、瀬川瑛子の「命くれない」の歌の歌詞に合わせて踊る当て振り。当て振りとは、歌詞の言葉に合わせて歌詞そのものを仕草で表現する踊り。この仕草が、言葉本来の意味と違うものが登場したり、馬鹿々々しかったりする。こみち師匠が見せてくれたのは、爆笑を呼ぶ楽しい余興。
私はこの日、音響係(出囃子のCDプレーヤーの操作をする係)を担当してお手伝い。なので、出囃子や歌のCDを掛けるタイミングを、こみち師匠と打ち合わせさせてもらった。
こみち師匠は、この日の会の構成、演目や余興を決めるため、過去のネタ帳を見ながら演目を決めていた。三席なので、色物代わりに仲入り前に余興を披露することになり、「かっぽれ」や「奴さん」など定番の寄席の踊りにするか、当て振りにするかと悩まれたすえに、この日の演目や流れから「楽しい方が良いですよね」と、当て振りに決定。
この当て振りで流すCDの音量にはこだわられていて、この余興は歌詞が明瞭でないと可笑しさ楽しさが伝わらないということで、かなりの大音響で「命くれない」を掛けてくださいというご指示。この辺りもこみち師匠のこだわり。その大音量で流れる「命くれない」の歌詞に合わせた当て振りは、その歌声が後押しして、爆笑に次ぐ爆笑となった。

仲入り

柳亭こみち「掛取万歳」
三席目は袴姿で登場。演目も、古典芸能が登場する古典落語。日常生活でのツケを回収しに大晦日にやって来る掛け取りを一銭も払わずに撃退する噺。掛け取りたちの趣味の話をして、上手く誤魔化そうと奮闘する場面が次々と続くのが楽しい噺だ。
年末によく掛かる演目であり、趣味の内容を現代版に改作して披露する演者も多い。この日のこみち師匠の一席は、狂歌、義太夫、芝居、三河万歳、夫婦漫才と古典的な芸能一色。そして、各芸能で披露する芸事が見事なもの。さすが、日本舞踊などの古典芸能全般に通じているこみち師匠ならではの一席。掛け取りに来る相手の趣味に合わせて、各種芸事において達人並みの技量を発揮し、掛け取りにしょうがないと思わせてしまう。こみち師匠の技量の高さが活かされた高座だった。
この日の演目の構成は、余興も含め演芸の楽しさを全面に押し出して、全体的に笑いが多い噺で組み立てた。過去のネタ帳と相談し、当日の客席の様子も見て、明るく楽しい時間にしようと判断されたのだと思う。新作、古典、改作、余興と、ラインナップが充実しているこみち独演会であった。


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