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落語日記 四人の個性のぶつかり合いで盛り上がった落語会

ベイサイド・ポケット寄席 東京四派競演落語会
12月5日 ヨコスカ・ベイサイド・ポケット(横須賀芸術劇場小劇場)
落語を聴きに普段出掛けている行動範囲の外である横須賀で開催された落語会。今回は、馬治師匠が出演されるので出掛けてきた。馴染みのない場所だし、京急の乗車時間も長く、ちょっとした旅行気分を味わう。なので、帰りに海沿いの公園から米軍や海上自衛隊の基地を見学、護衛艦の「いずも」が停泊していた。
会場には顔見知りの馬治ファンが二人来られていた。有り難いかぎり。
この落語会のコンセプトは、チラシのキャッチコピー「四者四様、其々の際立つ個性が競い合う」にあるとおり、東京四派から個性豊かな人気者が一人ずつ出演するというもの。東京四派とは、東京を中心として活動している落語家の四団体、落語協会、落語芸術協会、落語立川流、そして五代目円楽一門会を指している。それぞれの団体の特徴や芸風の違いもあると思うが、この日の四人はそれぞれご自身の個性や芸風の違いをぶつけ合う落語会となった。

入船亭扇ぱい「一目上がり」
語り口が扇遊師匠にそっくりのお弟子さん。元NHKアナウンサーだけあって、耳が良いのか、扇遊師匠の語り口を完璧にコピーされている。声も通るし、イケメンだし、今後が楽しみな前座さんだ。

柳亭小痴楽「真田小僧」
芸協を代表する若手の人気者。NHK「落語ディーパー!」のレギュラーだったし、2019年9月に単独で真打に昇進し、披露興行を成功させたという人気者。
私は昨年9月の遊かり独演会のゲストの一席を聴いて以来。そのときの感想を見ると、一見やんちゃでぶっきら棒な風でいて、その実、自信に満ちていて、勢いと落ち着きを同時に感じさせてくれた、とある。
まずは、実体験を面白可笑しく語ったマクラから、爆笑の連続。これは地方公演で行った旭川の飲食店でのエピソード。落語家仲間の打上げで行った店の女将が強烈なキャラで、仲間の宮治師匠がキレかかるも小痴楽師匠がなだめるという大人な対応。しかし、結局、その店を遠慮なくディスってしまうところは、宮治師匠以上にやんちゃなガキ大将なのだ。
そんなマクラで会場を盛り上げて本編突入。会場を充分暖めたので、本編も大受け。この金坊も、大人子供のませガキ。単なる我儘なやんちゃではなく、父親を脅かす策士でもある知恵者なのだ。この父親を強請るときに見せる金坊の大人の表情が可笑しい。
どんな会であっても、ご自身のキャラを貫いて観客を喜ばせるところは、さすが人気者だ。

三遊亭兼好「締め込み」
二番手は、五代目円楽一門会の人気者の兼好師匠。私にとっては、超久しぶりに拝見する高座。この落語会遠征を決めたのも、贔屓の馬治師匠がこの人気者に囲まれてどんな一席を見せてくれるのかという興味と共に、久しぶりに拝見する人気者の皆さんを一度に見られる会だったからという理由もある。伝統のある落語会のようで、観客の皆さんの高座に対する集中力は凄い。この兼好師匠を迎える客席の歓迎の空気をビシビシと感じたのだ。そんな空気のなか、落ち着いた語り口で、マクラも徐々に盛り上げていく。
マクラはワクチン接種の話題など、まずはコロナ禍という世上の噂から。この定番の入りは、さすがのベテラン感。日本の衛生環境の話から、ご自身は財布をよく紛失するという話へ。でも、ほとんど戻ってくる。日本は素晴らしい。財布が戻ってこないのは、楽屋で無くしたとき、とここで落して爆笑。前の一席を受けて、小痴楽師匠イジリも混ぜて笑いをとる。
そんな話の流れから泥棒噺の本編へ上手い流れ。兼好師匠の落語は、特に変わったオリジナルのクスグリが多い訳ではない。語り継がれた古典落語の内容はそのままの、言ってみれば本寸法。その古典の筋書きを活かす表現力が、兼好師匠の魅力だと思う。
この噺の登場人物は三人。その三人それぞれのキャラが、見事に際立っている。亭主に惚れている色っぽい女房、こちらも女房に惚れているが早合点でやきもち焼で一本気の亭主、かなり気の好い正直者な泥棒。それぞれのキャラが何とも可笑しく人間味にあふれている。この人の好い泥棒が、泥棒という職業に真面目に取り組んでいる感じが何とも可笑しいし、この噺の筋書きに納得という厚みを持たせている。人気者であることを、なるほどと感じさせてくれた一席。

仲入り

金原亭馬治「片棒」
さて、前半の盛り上がりと二人の強烈な個性の競演を受けて、馬治師匠が登場。この仲入り後のタイミングは、この日の馬治師匠にとって好都合だったように感じた。前半の客席の空気を一度リフレッシュさせて、落ち着いた状況で聴いてもらえたと思う。落語協会代表というよりも、馬治師匠の個性である古典の正統派として、外連味のない本寸法の一席を披露してくれた。
マクラも定番の蟹と入れ歯の話。何度聴いたマクラだろうか。この定番のマクラから十八番の噺へ。定番のマクラのみで本編に入ったのは馬治師匠だけ。これも馬治師匠らしさ。自分の得意の型で勝負している。
長男、次男の破天荒な葬式に、横須賀のお客さんたちも大いに笑ってくれた。この噺のように会場を沸かす滑稽噺のネタ数を増やしていくことが、今後の馬治師匠の課題ではないかと感じた。

立川生志「紺屋高尾」
この日のトリは、落語立川流のベテランの生志師匠。髪型が写真と違っていて、ちょっと新鮮。
マクラは、先日亡くなった小三治師匠の思い出話から。この小三治師匠の思い出話は、最近の落語家さんたちのマクラの定番になっている。なので、それぞれの思い出はどんなエピソードが登場するだろうと、落語ファンの観客は一気に引き込まれるのだ。生志師匠が体調を崩されたときに気遣ってくれた話、朝日名人会で共演した話、生志師匠にとっては大切な思い出なのだろう。そこでしんみりさせておいて、対照的な行動の談志師匠のエピソードで笑いをとる。
談志師匠の弟子たちは、マクラで談志師匠の思い出を語ることが多い。賛美より悪口、ディスる話も多い。しかし、これは弟子たちが談志師匠を敬愛していることの裏返しなのだ。
立川流にとって、談志師匠の残した言葉やエピソードは、ネタの宝庫であり、残された弟子たちの飯の種として、素晴らしい遺産となっている。亡くなってからも弟子たちを通して活躍している談志師匠。そして弟子たちから敬愛されていることが、立川流の皆さんの言葉の端々から感じ取れるのだ。

そんな談志師匠の話から、初めて聴いた談志師匠の演目を演りますと本編へ。ベテランらしい、落ち着きの中にも笑いがちりばめられている一席。
おそらくは談志師匠の型だと思うが、生志師匠独自の工夫が感じられる場面があった。それは、情を交わした翌朝の場面。この噺の見せ場、今度いつ来てくんなます、から始まる久蔵と高尾太夫の遣り取りだ。
はっとさせられたのは、この場面で高尾太夫が久蔵に対して、昨夜から紺屋の職人であることに気付いていたと告白したのだ。返答に困る久蔵に対して、何度も何度も、今度いつ来てくんなますと問い掛ける。初めて聴く型だ。おそらく、生志師匠の工夫だろう。落語らしくない、ドラマのようなリアルな演出だと感じた。
奉公人なのに若旦那と偽って客となることは、遊びの客なので責めることではない。一夜の遊びなので、客が見栄を張って身分を偽ることは手練手管の遊女なら百も承知。だからこそ、真実を打ち明けた久蔵の心情が高尾太夫の心に響いたのだ。生志師匠の演出意図は、このようなものだったのでは。なかなかに斬新な工夫だと、驚きと感動。そんな見事な一席だった。
吉原に実在した妓楼、三浦屋。この三浦半島で開催されている落語会に、三浦という名前が登場する不思議な縁。狙った訳ではないと思うが、談志師匠と生志師匠とこの地三浦半島が交錯した演目となった。

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