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落語日記 客席の集中力と演者の緩やかさが生みだす心地良い空間となっている国立演芸場

10月16日 国立演芸場 10月中席 古今亭志ん輔主任興行
国立演芸場の定席に訪問するのは、昨年9月13日以来の一年ぶり。前回は、コロナ禍対策として、昼の部を二部構成にしての時間短縮した形態で、座れる座席も市松模様に配置されていた。緊急事態宣言が解除されているこの日、入場時の検温・手指消毒・チケットの半券は入場客自身でもぎる等の対策は前回訪問時と同じ。客席の中央ブロック最前列のみが着席禁止で、それ以外の客席の制限はなくなっていた。
番組は、昼の部だけなのは通常どおり。しかし、出演者は前座を入れても通常よりも少ない8組で、時間的にも短縮営業となっている。なので、この日に出演する落語家は6名。他の寄席より少ない顔付け。通常は、主任の弟子や一門が顔付けされることが多いが、この国立の中席は、そんな縛りもなくバラエティーに富んだメンバーが出演されている。なかなかに、マニア好みの出演者が揃っている。

国立演芸場は繁華街に在るわけではないので、気まぐれや時間潰しにふらっと入る観客はおそらくあまりいないと思われる。ほとんどが、わざわざ足を運ぶ落語好きな観客なのだ。この客層が、国立演芸場の客席の空気を作っている。
落語好きらしく、演者に対しては厳しい目で見ている反面、聴こうという姿勢、高座に対する集中力があり、また落語を楽しもうという暖かい目線もあり、そんな観客が客席の空気を作っている。この日は、盛況というにはほど遠い客席の入りだが、笑い声や反応の良さで、居心地の良い空間になっている。

桂枝平「桃太郎」
桂文生師匠の四番弟子で、初めて拝見。眼鏡を掛けて登場、挨拶後に外す。
クスグリはオリジナルなのか、前座さんにしては珍しく笑い声が多い高座。たしかに面白いし、笑いどころを上手く誘導している。前座らしからぬ技巧派だ。将来が楽しみ。

柳家さん光「新聞記事」
久しぶりに拝見。のんびりしたマクラで、しみじみと聴かせる。マクラも最後に下げがあって、一気に笑い声が起きる。
前座時代の芸名は、柳家おじさん。確かに、おじさんっぽい。素人時代から上方の仁鶴師匠に憧れていた。落語家になってから、初めて仁鶴師匠にお会いしたときのシクジリ話。師匠の権太楼師匠と仁鶴師匠が競演した落語会でのこと。師匠の許しを得て、仁鶴師匠の楽屋へ挨拶に伺ったとき「権太楼の弟子の柳家おじさんです」と言うべきところ、緊張のあまり「権太楼のおじさんです」と自己紹介をしてしまった。なかなかに楽しいマクラ。きっと鉄板の定番マクラなのだろう。
本編は、粗忽者キャラが似合う一編。かなりスピード感にあふれた一席だった。

桂やまと「夢の酒」
前回の国立訪問はやまと師匠目当てもあって、日記を読み返してみると、前回出演の際の演目と偶然同じもの。日記を読むとマクラも同じ、着物を忘れる夢の話。夢の話から夢の噺へ、うまく導入。きっちり高座の様式美を確立しているやまと師匠。
やまと師匠の夢の酒は、お花の焼きもちが可愛い。ヒステリックさに磨きがかかったかも。大旦那の貫禄もあって、すっかり十八番となった演目。

ジキジキ 音曲漫才
にぎやかに登場。今や夫婦による音曲漫才芸人は二組しかいません、とのこと。確かに、寄席で拝見できる確率は少ないかも。
ネタは、上手なギターの伴奏による替え歌。童謡、ビートルズなど、その楽しさに、なるほどと感心したり笑ったり。
オリジナルは「シャレで旅めぐり」というご当地ネタ。地元ネタもかなりピンポイントなもので、名物を知らなくても可笑しくて笑える。

柳家はん治「ろくろ首」
寄席の人気者のはん治師匠。いつも、桂三枝作の新作落語を掛けて、噺の中でボヤキまくって会場を沸かせている。しかし、この日はいつもの新作ではなく、古典の演目。私は、はん治師匠の古典を聴くのは初めてかも。
この日の一席も新作ではないが、独特の会話のリズムはいつもと同じ。噺の中に得意のボヤキは少なかったが、与太郎キャラの松公と叔父さんとの会話がのんびりしていて、はん治節は相変わらず。
笑いどころの少ない演目で、掛けるのは難しい演目だと思う。だからか、聴く機会も少ない。はん治師匠の語り口の味わいを楽しめる観客向きの噺かも。そんな噺も受け入れてくれる国立のマニアな観客だから、あえて選んだ演目かもしれない。
それにしても、落語に出てくる嫁取りは、ろくなものではない。「たらちめ」もそうだが、どこか欠点のある嫁が押し付けられる。もしくは「短命」のように亭主の命が削られてしまう。まともなのは「不動坊」のお滝さんくらいか。あっ、そうだ、亭主の借金をおっつけられるんだった。
江戸時代の人口における男女比は、幕末の頃には半々になったらしいが、それ以前は、2対1くらいの割合で男性が多かったらしい。つまり、慢性的な嫁不足の状況にあったようで、そんな江戸の世相が嫁取りの落語に反映されているのかもしれない。

仲入り

三遊亭歌奴「佐野山」
寄席の人気者の登場が続く。マクラは、寄席ごとに客席の空気が違うという話から。他の寄席と違って国立のお客様はあたたかい。お世辞にしても嬉しいし、客席も喜んでいる様子。
本編は、別名「谷風の情け相撲」という相撲噺で、歌奴師匠の十八番。途中で挟まれる得意技、呼び出しの物真似で美声を聴かせ、また、背中からハンディマイクを取り出しての場内アナウンスの物真似。相変わらずの美声に聞き惚れる。
横綱の風格や相撲取りらしさを見せてくれるのは、別格に歌武蔵師匠がいるが、私的に落語家の中では歌奴師匠が当代随一だと思っている。歌奴師匠の一席は、谷風関の貫禄と優しさによって、心に染み入る人情噺となった。
この取り組みは史実ではないが、落語の題材になるくらいに谷風の人格者としての人気ぶりが伝わる噺。そして、親孝行の美徳が尊ばれ、そのためには八百長相撲とは呼ばず、情け相撲と呼んでこれを許していた江戸の庶民感覚が、今に伝わる噺なのだ。

マギー隆司 マジック
この日の膝替わりは、アサダ先生、伊藤夢葉先生と共に落語協会が誇る脱力癒し系マジック三巨頭の一人であるマギー先生。なお且つ、アサダ先生と同じく、ちゃんとやります系でもある。てきとうに演って見せたあと、最後に「どうだ」というように驚かすネタを披露。ゆるさ満点で、コース料理でいう、良い口直し役になった。

古今亭志ん輔「幾代餅」
さて、いよいよ本日の主任、志ん輔師匠の登場。出のフワフワと歩いてくる様子が特徴的。どの寄席で拝見してもいつも同じような表情で、この淡々と、そしてフワフワとした語り口が、志ん輔の魅力である。人情噺を語るときも、感動させることを嫌うような、どちらかというと滑稽噺に寄った語り口で淡々と進める。この日のそんな芸風を満喫させてくれた演目は、古今亭を代表する人情噺の幾代餅由来の一席。

登場人物は皆、どこかエキセントリックで変り者な印象。親方も女将も薮井先生も。その中でも一番の変り者が主役の清蔵だ。錦絵を見て患いつくくらいの変り者なのだが、言動もツカミどころのないフワフワしたもの。志ん輔師匠の芸風が活かされた清蔵。
なので、幾代太夫の前で、搗米屋の若い衆であると正体をばらし、三年働かないと裏を返せないという告白が、そんなに重く感じない。こんな告白も、ありだ。重々しく押し付けがましく身分違いや貧乏を訴えるのではない。自分の身分を恥じたり恨んだりせず、惚れている女性に会うために、また三年頑張ろうという清蔵の決意が、幾代太夫へストレートに伝わったのだ。この清蔵の決意に嘘がないことを、幾代太夫は直観で感じたのだ。そんなことを感じさせる清蔵を見せてくれた。
フワフワ志ん輔師匠のフワフワ清蔵、けっこうな一席でした。

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