落語日記 人間観察力と臨機応変力の凄さを見せつけた太福先生

三遊亭遊かり独演会 vol.12
9月25日 お江戸日本橋亭
遊かりさん自ら主催している独演会で、毎回通っている会。本拠地を江戸東京博物館からお江戸日本橋亭に移して、今回が2回目。
この会のコンセプトは、遊かりさんが尊敬している先輩を毎回ゲストに迎え、その胸を借りて腕を磨こうというもの。今回のゲストは、遊かりさんのブログに「太福先生も、憧れの兄さんのひとりです。明るさ温かさ、率直さ、下のひとへのお優しさ。楽屋でのその姿勢が、そのまま高座に出ていらっしゃる所が何より素敵で」と書かれている浪曲師の玉川太福先生。
遊かりさんと同じ芸協に所属され、寄席にも頻繁に出演されている人気者。落語で言うところのマクラの部分の語りも楽しい太福先生。さて、この日は、どんな遊かりイジリが聴けるのか、どんな化学反応が起きるか、楽しみに出掛ける。
 
桂れん児「牛ほめ」
前座は桂歌助師匠の弟子、今年高校を卒業したばかりという若者だそうだ。レンジだけに客席を温めるのが役目、という自己紹介の前振りで笑いを取る。本編の語り口はたどたどしさがあるが、不思議と何処か可笑しい。
噺の途中で思わぬアクシデント。台所の穴が気になりますか?のところで、出囃子が流れてしまう。ここでも動揺を見せず、この音も気になります、と機転の利いた上手いセリフで会場を沸かせ、その後も下げまで語り切った。経験の浅い前座さんらしからぬ度胸の良さだ。頼もしい若者を遊かりさんが連れてきてくれた。そしてこのアクシデントが、後々この会を盛り上げることになる。
 
三遊亭遊かり「粗忽長屋」
この会では、常連さんは、遊かりさんの近況報告のようなマクラを毎回楽しみにしている。この日は、れん児さんの高座でのアクシデントが最大の話題となってしまった。
れん児さんは19歳、高校卒業と同時に楽屋入りした新人ながら、楽屋にいることが楽しくてしかたがないという、今どきの前座にしては貴重な存在。息子と言ってもいいくらいの年の差、そんな紹介で笑いを取る。落語家は小噺を地で行く与太郎が多いと嘆く遊かりさんだが、れん児さんに前座仕事を頼んだのは、きっちり仕事をこなす真面目さを買ってのことだろう。
そして、早速、先ほどのアクシデントに触れる。今回は、前座さんをれん児さん一人しか頼んでいないので、先ほどの不手際は遊かりさん自身がCDプレーヤーを操作したために起こった事故だったと謝罪。遊かりさんは、機器の操作が苦手らしい。そんな今回のアクシデントをマクラにして、粗忽者の噺へ。
今まで遊かりさんを聴いてきて、与太郎や粗忽者が主役の噺は、あまり得意でない印象がある。それでも、「遊かり一花のすききらい」の会を続けているように、苦手な噺でも果敢に挑戦されている。この噺も、おそらく苦手な演目。自分の死体を抱くという不条理を可笑しさに変えるのは、突き抜けた粗忽さ。その粗忽さと正面から格闘していた遊かりさん。こんな格闘ぶりが見られるのも独演会ならでは。
 
三遊亭遊かり「豆腐屋ジョニー」
いったん下がって再登場。二席目は、三遊亭白鳥師匠作の新作。スーパーで売られている食品たちが擬人化された噺。ロミオとジュリエットの任侠版のような筋書。この会ではまだ掛けていない演目ということで選ばれた。
私は、昨年6月に「遊かり一花のすききらい」の会で一度聴いている。そのときは、この噺を好きな噺として挑戦されていた。今回も、演っているときの遊かりさんから、噺に対する大好きオーラが出まくっていた。
ご自身の地元、十条の商店街にある「スーパーみらべる」を噺の舞台に設定した遊かりさん。なので、店員さんたちも含めて、地元愛にもあふれた一席だった。
 
仲入り
 
玉川太福「玉川祐子伝 携帯機種変更スマホ購入編」
曲師 玉川みね子
今回のゲスト、遊かりさんが“背中を追っかけていきたい”浪曲師の玉川太福先生が登場。釈台の上のテーブル掛けで、高座が一気に華やかになる。
直前の一席を受けて、ご自身も浪曲化した「豆腐屋ジョニー」を持ちネタとして持っているとのこと。白鳥ワールドの広がりを改めて感じる。
マクラでは、早速、出囃子が流れたハプニングに対する遊かりさんの言い訳をいじる。人気者の姉弟子の玉川奈々福姐さんがゲストなら満員となったはずで、前座を二人雇えるのだが、自分がゲストになったばかりに集客も悪く、前座のギャラを削減したのが今回のハプニングの原因。この事故の原因は自分にある、本当に申し訳ない。そんな皮肉のような自虐ネタのような話に会場爆笑。これには、遊かりさんも慌てて飛び出て、太福先生に平謝り。二人で謝り合っている様子に、またまた会場爆笑。今回のアクシデントを引き起こした遊かりさん、結果的にいい仕事をしたことになる。
 
マクラ部分で充分盛り上げた太福先生。本編は、今年100歳になる現役の曲師玉川祐子師匠の身辺状況を題材とした、ドキュメンタリータッチの浪曲。
「だいちゃん」と呼んで太福先生を可愛がっている祐子師匠。あるとき、太福先生は祐子師匠から、携帯をスマホに変えたいので一緒に付き合って欲しいと頼まれる。そこから始まる、機種交換の当日の騒動を描いた一席。
老人と若者の世代のギャップだけでなく、祐子師匠の人間性の可笑しさを伝えてくれる浪曲。漫談のような内容なのだが、浪曲にすることで、ストーリーが生まれ作品になっているのが凄い。これは、太福先生の人間観察力や想像力の賜物。これが、何気ない日常の風景に潜む可笑しさをあぶり出している。と同時に、祐子師匠の若々しさや人間性の素晴らしさを上手く伝えている。
そして、祐子師匠に対するリスペクトや愛情を感じるので、祐子師匠イジリなのに、後味の悪さが全くない。楽しい一席で独演会を盛り上げてくれた太福先生だった。
 
三遊亭遊かり「あくび指南」
今回は、思わぬアクシデントがあって、これをいじったりして、前半のマクラが長くなりすぎて、予定の時刻をかなりオーバーしているようだ。この会場は午後4時には完全撤収しないといけないらしい。
そんな訳で、最後の一席はいつもネタ下ろしや長講になるのだが、今回は時間の関係で最後の一席は、寄席バージョンに近い「あくび指南」を掛けられた。とは言え、前半のお連れさんに同行を頼む件も丁寧だったし、稽古の内容も四季の欠伸をやってから、初心の方には夏の欠伸が良いでしょうと入っていくので、時間の長さを感じさせない。
欠伸を習う男と教える師匠、どっちもどっちの馬鹿々々しさがこの噺の肝なのだが、通常は習う方の粗忽ぶりを強調して笑わせている。遊かりさんも習う方の弾け具合が突き抜けているのだが、ときどき師匠の方も奇妙さが顔を出す。稽古風景を楽しそうに演っている遊かりさん、この噺が好きなのかもしれない。
この日は、ご本人の苦手な演目と好きな演目を掛け、バラエティーさに富んだ構成になったと思う。アクシデントも災い転じて福となす、となったようだ。

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