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落語日記 五代目の覚悟が見えた江戸家猫八襲名披露興行

鈴本演芸場 3月下席夜の部 五代目江戸家猫八襲名披露興行
3月26日
寄席の色物演芸として動物のものまねを演じる江戸家小猫先生が、五代目江戸家猫八を襲名して、その襲名披露興行が鈴本演芸場を皮切りに3月下席から始まった。
落語協会では、色物演芸家が寄席で主任を務めることはないので、主任の高座が観られる襲名披露興行は貴重な機会。また、以前よりファンだった小猫先生のお目出度い晴れの舞台でもあり、是非ともこの目に焼き付けておきたいと思い、出掛けてきた。
 
江戸家猫八という寄席の色物演芸家の名跡は、タレント芸能人としての知名度もあり、この五代目襲名のニュースは多くのマスコミで取り上げられている。ネットでも多くの専門家が、猫八代々の歴史や活躍を記事にされている。そこで、これらネット記事を参考に、ここでは初代から始まる猫八という名跡と芸についてのファミリーヒストリーを、簡略にまとめてみた。
元々歌舞伎役者だった初代は、身体を壊して引退し、いったん落語家になるもまた廃業。そこで、動物の物真似をしながら飴を売る大道芸を始め、これが人気を博すことになる。その後、この芸を寄席で披露する寄席芸人となった。初代は、芸事に器用な人だったのだろう。この初代が五代目の曽祖父にあたる。
古くは、江戸時代からあった猫八と呼ばれる芸能があった。これは猫の鳴き声のものまねを聞かせる芸で、物乞いに近い辻立ちの大道芸だったらしい。なので、この猫八というのは固有名詞の芸名ではなく、この芸人全般を指す商売の呼び名だったらしい。そんな大道芸を、初代が寄席演芸として確立させたのだ。
二代目は親族ではなく、初代の弟子。初代の息子である三代目が幼かったので、三代目が引き継げるようになるまで繋ぎで承継されたそうだ。
私はリアルタイムでの記憶はないが、お笑い三人組で人気を博し役者やタレントとして活躍されたのが祖父の三代目。同じく、テレビタレントとしても活躍していた父親の四代目も知っている。その父親が60歳目前に四代目を襲名して、66歳で逝去されたのがちょうど7年前の3月21日。父親である四代目の祥月命日が、五代目襲名披露興行の大初日という、何という運命の巡り合わせ。
小猫時代の五代目の活躍は、寄席演芸ファンならご存じのこと。その活躍の裏にもドラマがある。二十代すべてという長い闘病生活を過ごし、父親に弟子入りしたのが三十代前半。父親と一緒に高座に立つことから芸人人生が始まった。
その後は、今までの修行の遅れを取り戻すかのようなハイスピードで、次々と成果を上げていく。国立演芸場の花形演芸会の銀賞、金賞、大賞とステップアップして若手演芸コンクールの頂点に立ち、その後も芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞と、演芸家として目覚ましい成果をあげてきた。そして、念願だった五代目襲名を実現させる。
動物の鳴き声のものまねという、寄席演芸の世界ではニッチな分野。この隙間産業のような芸を、江戸家一門のみが百二十年にもわたって代々承継してきたという凄さを改めて感じさせてくれる襲名披露だ。
 
そして迎えた披露興行。とにかく、お祝いの雰囲気にあふれる楽しい興行だった。そこで、強く感じたことを記録しておこう。
三代目や四代目とは異なり、五代目はマスコミではなく、観客を前にして演芸を披露する寄席や演芸会を中心に活躍されている。五代目のインタビュー記事を見ても、師匠である父親からは寄席の色物芸人としての教えを受けて、芸道を精進されてきたことが分かる。今も、寄席の色物芸人であることを中心に据えて、芸能活動をされている。
この披露興行からも、寄席が五代目の活動の本拠地であること、つまり寄席の色物芸人としての覚悟を強く感じたのだ。
その覚悟からだろう。この披露興行を成功させたい、この披露興行をきっかけにして寄席や寄席演芸に関わる者の皆を盛り上げたいという思いが、数々の企画として結実している。
五代目は自らホームページ、ツイッター、ラインなどSNSを駆使して様々な情報発信を行っている。披露興行としては初の試みである色物の先輩が並ぶ口上、いつもの洋装で立姿の高座と変わって落語家のように和装で座布団に座って着物姿での高座を務める和装の日、記念の関連グッズ販売など、お祭りに相応しい楽しい企画が並ぶ。これらは、披露興行を成功させたいという強い責任感と観客に対する旺盛なサービス精神の現れだ。
Youtubeを駆使して襲名披露興行を盛り上げた神田伯山先生に匹敵するくらいの、まさに五代目は披露興行を盛り上げる名プロデューサーでもあるのだ。
そんな五代目の思いを受け取ったかのように、今回の襲名を寄席の競演仲間である落語家や他の色物芸人の皆さんが、奮って応援されている。顔付けも重鎮や人気者が並び、まさに落語協会挙げての祝儀の興行になっている。
 
口上に上がった師匠方が挨拶では、五代目の誠実な人柄、芸と向き合う真摯な姿勢を絶賛される。ネタの研究のために全国の動物園を訪問し、動物の鳴き声を聞くために檻の前に何時間もいるというエピソードが象徴している。
この披露興行を裏で支えているのが、五代目が「最強チーム猫八」と名付けて感謝している番頭五人組。金原亭馬久さん、鏡味仙成さん、柳家小もんさん、春風亭一花さん、柳家小はださんの五人。馬久さん、一花さん、小はださんは立教大学の後輩という繋がり。この日も、ロビーでグッズや前売券販売で大活躍されていた。
これらからも、五代目が先輩後輩を問わず多くの芸人仲間から敬愛されていることを強く感じさせてくれる。そんな披露興行だった。

(番組) 
三遊亭わん丈「寄合酒」
特別興行なので前座なし
 
ダーク広和 奇術
 
三遊亭歌司「小言念仏」
奥様は三代目江戸家猫八の長女、なので五代目からみると伯父さんに当たる親戚。
 
五明楼玉の輔「紙入れ」
 
風藤松原 漫才
 
鈴々舎馬風「楽屋外伝」
緞帳が降りて椅子に座った馬風師匠が板付きで登場
 
古今亭菊之丞「長短」
 
立花家橘之助 浮世節
 
林家正蔵「おすわどん」
 
仲入り
 
襲名披露口上
菊之丞(司会)、玉の輔、さん喬、橘之助、猫八、正楽、正蔵、市馬、馬風
本人以外は8人の協会幹部が並ぶ。橘之助師匠と正楽師匠が並ぶ異例の口上。色物芸人が寄席の披露興行で口上に並ぶのは初めてのことらしい。
お馴染みの馬風ドミノも健在の楽しい口上。そんな中でも、同じ境遇の正蔵師匠の沁みる挨拶が印象的だった。
 
鏡味仙志郎・鏡味仙成 太神楽曲芸
 
柳家さん喬「締め込み」
 
林家正楽 紙切り
相合傘猫八バージョン 七福神
 
柳亭市馬「普段の袴」
主任が色物なので、膝代りが落語
 
江戸家猫八 ものまね
口上の後から、高座上手に飾られた五代目の招木に、三代目と四代目が加わり三枚が並んだ。この三代目と四代目の招木を前に、二人に見守られながら、二人に当代の芸を見てもらおうという気概の高座が始まる。
まずは、江戸家のお家芸の鶯の鳴き声から。春に鳴く鶯は上手くない、これは練習不足ではなく、日照時間の変化によって鶯の体内のホルモンバランスが変わってくるという科学的理由。自分も上手くいかなければ、それはホルモンが原因です、そんなツカミ。
口上では、馬風師匠が馬の鳴き声を披露し、これが面白過ぎたので空気を変えるための学術的解説されたとのこと。
アルパカ、カモ、鳴き声教室で犬と鶏。次々と繰り出す十八番の鳴き声のラインナップで、盛り上がる客席。
 
動物の物真似だけという芸が成り立つのは、動物たちに支えられているから、そんな動物たちへの感謝の言葉は五代目らしい。全国の動物園を廻って、実際に動物たちと直に向き合っている。後幕は白地に黒のゴリラと鶯が描かれたもの。そして、ご自身の衣装の色目が同じ白と黒なのは、様々な動物の色に染めていきたいという思いの表れとの説明に、なるほどと感心。
後幕の絵にちなみ、ゴリラの鳴き声。これが何種類もあり、鳴き声に意味がある。本物のゴリラと鳴き声で会話をしてみたいと思い立ち、ゴリラの専門家に相談しながら、仲間同士の存在を知らせる鳴き声を習得し、実際にゴリラの檻の前でやってみた。すると、ゴリラからの反応があった。その鳴き声の意味は、あっちへ行け。こんな逸話自体が楽しい小噺になっている。
このゴリラのネタは父親と二人で出演したときに、舞台で父親から、やれと指示がよく出ていた思い出のネタだったようで、そこから父親との思い出話へ。
 
生前の父親からの教えは様々ある。小学生のころ、父親と二人で入浴していたときに、鶯の鳴き声をせがむと、五代目の手をとって小指を咥えて試行錯誤しながら見事に鳴いてくれた。父親が噛んだ小指の感触が記憶に残っている。鶯の鳴き声が出来るまでには何年もかかったが、あの思い出があったので、いずれ必ず鳴けるようになると信じて稽古を続けることが出来た。そんな思い出話の後、最後にもう一度、鶯を鳴いてお開き。ひと味違って聴こえた鶯だった。
ものまねを彩る様々なエピソード。ストーリーがあり、流れがある高座。あっという間に時間が過ぎていった、楽しく暖かな五代目の主任の高座だった。
披露興行はまだ前半の真っ盛り、楽しく心暖まる高座を是非!

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