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ブランクーシ展を観た

 20世紀前半にパリを拠点としたルーマニア出身の彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ。日本での知名度はいま一つだが、私は以前から知っていた。というのも女子美卒の母が一番好きなアーティストだったからだ。
 その母も6年前にこの世を去った。そんな特別な想いを抱いてブランクーシの彫刻作品を主体とする展覧会に足を運んだ。

会場入り口 


 パリのブランクーシ・エステートおよび内外の美術館などから借用する彫刻作品に、絵画、写真を加えた計90点ほどで構成される「ブランクーシ 本質を象る」は2024年7月7日(日)までアーティゾン美術館(東京都中央区京橋1-7-2)で開かれている。
 ブランクーシ’(1876~1957)は、職人的なクラフトマンシップとともに純粋なフォルムの探求を通じて、ロダン以後の20世紀彫刻の領野を切り開いた存在として知られる。生涯にわたり飛翔への関心を持ち続けた。

コンスタンティン・ブランクーシ 1924年 ヴィンテージ・ゼラチンシルバープリント 23.2X15.9cm 石橋財団アーティゾン美術館


 アカデミックな写実性やロダンの影響をとどめた初期から、対象のフォルムをそのエッセンスへと還元させていく1910年代、そして「鳥」に代表される主題の抽象化が進められる1920年代以降の時期まで、彫刻家ブランクーシの歩みをうかがうことができる。
 一貫して彫刻を創作の核に据えながらも、異なる手法でそれを相対化していく横断的なアプローチは近代的なものといえる。彫刻作品にみられる、素材の性質への鋭敏な意識は職人的といえるもので、こうした創作者としての多面性にも光を当てている。

 まず焦点があてられるのは「形成期」だ。ルーマニアのブカレストの国立美術学校で彫刻を学んだブランクーシ。1904年にパリに出る。アカデミスムの彫刻家アントナン・メルニエに学び始める。その時期の作品が《プライド》で、メルシエのもとを離れて制作したのが1907年の《苦しみ》。
 ブランクーシの関心は、外面的な写実性から彫刻の表面と全体のフォルムに向かい始めていた。ロダンの高い評価を得た。

 《プライド》1905年 ブロンズ 31.1X20.0X21.0cm 光ミュージアム
《苦しみ》1907年 ブロンズ 29.2X28.8X22.3cm アート・インスティチュート・オブ・シカゴ

 「直彫り」ー1907年3月、ブランクーシは下彫り工としてロダンの工房で働くようになる。しかし、1か月ほどで辞去している。ロダンの影響力から逃れて制作の自由を確保するためだったとされる。
 この頃よりブランクーシは石や木の塊からフォルムを彫り出す直彫りを実践している。《接吻》はこの最初期の石の直彫りに基づいて石膏で制作された作品だ。 

 《接吻》1907-10年 石膏 高さ28.0cm 石橋財団アーティゾン美術館

 「フォルム」ー直彫りの技法へと踏み出した1907年、彫刻のモチーフにも大きな転換が訪れる。それは胴体から独立した頭部の出現であり、《眠れる幼児》はその出発点に位置する。
 彫刻はあるがままのフォルムで空間に現れることになる。この形式は《眠れるミューズ》にも引き継がれる。
 その表現には20世紀初頭の西洋美術に造形的インパクトを与えたアフリカの仮面やインドや東アジアの仏頭の影響が伺える。

《眠れるミューズ》1910-11年頃 石膏 19.0X28.0X19.5cm 大阪中之島美術館 5月12日まで展示

 「交流」ー画商や評論家とは一定の距離を置いたものの、芸術家や自身の芸術に理解を示すコレクターとは胸襟を開いて交流を行っていた。
 制作面での交流は1910年前後のアメデオ・モディリアーニとの例に限られるものの、第一次世界大戦後はパブロ・ピカソの一派やフランシス・ビヤビアをはじめとするダダイスムやシュルレアリスムの主導者たちと交流するなどその姿は常に前衛芸術の動向のうちにあった。

 《若い女のトルソ》1922年(2017年鋳造) 磨かれたブロンズ 彫刻:31.8X24.1X18.4cm 石灰岩の台座:19.1X21.0X21.6cm ブランクーシ・エステート
《レダ》1926年(2016年鋳造) 磨かれたブロンズ 彫刻:55.0X70.0X25.0cm 円盤:直径89.0cm  ブランクーシ・エステート

 「鳥」-ブランクーシが初めて鳥の主題に取り組んだのは1910年のこと。そのモチーフはルーマニアの民謡に登場する伝説の鳥マイストラだった。1910年以来、鳥の主題は本格化する。例えば《雄鶏》や《空間の鳥》などである。

 《雄鶏》1924年(1972年鋳造) ブロンズ 92.4X10.5X45.0cm 豊田市美術館
《空間の鳥》1926年(1982年鋳造) ブロンズ、大理石(円筒型台座) ブロンズから十字形台座まで:132.4X35.5X35.5cm ジグザグ型台座(オリジナル):106.5X46.5X40.0cm 横浜美術館

 「カメラ」-写真を再現的なメディアとして関わるのでなく、自分の彫刻の潜在的側面を引き出すための、いわば再解釈のツールとして位置付けていたといえよう。
 「アトリエ」-1907年よりパリ東岸のモンパルナスを拠点としていたが、1916年に同じモンパルナスでも西寄りに位置するロンサン小路の集合アトリエに入居する。その空間は天窓から降り注ぐ光に満たされ、白一色に統一されていたという。制作の発展とともにアトリエも拡張されて、1940年代初めにはその面積は175平方メートルに及んだ。そのうち半分くらいを占めていたのは展示室だった。

 アトリエ風の展示風景

 
 開館時間は午前10時から午後6時(5月3日を除く金曜日は午後8時まで)。入場は閉館の30分前まで。休館日は月曜日(4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日。
 日時指定予約制(ウェブ予約)。
 ウェブ予約チケット1800円、窓口販売チケット2000円、学生無料(要ウェブ予約)。中学生以下はウェブ予約不要。
 予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットの購入可。
 この料金で同時期開催の展覧会を全て鑑賞出来る。
 同時開催:石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 清水多嘉示
 同館の公式ホームページは  https://www.artizon.museum/
 展覧会詳細ページは https://www.artizon.museum/exhibition/detail/572

アーティゾン美術館入り口


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