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ウディ・アレンを語る

 宗教学者の中村圭志さんが、映画監督で俳優のウディ・アレンの映画を読み解き、そこに描かれたユダヤネタと無神論ネタを探った。
 中村さんは2024年1月22日(月)、朝日カルチャーセンター新宿教室で「映画やアニメに昇華された神話のロジック」というタイトルのもとでオンライン講義を行い、ウディ・アレンについて話をした。
 今や映画界の大重鎮であるウディ・アレンも最初はコメディアンだった。「当時のコメディや動きを見ると、志村けん(の動作)ってのはここから来てるんではないかという気がします」と中村さん。
 だが、面白いだけでなく「過激」だという。例えば、セックス関係の描き方は「率直で過激な表現」になっている。
 ウディ・アレンはニューヨークが好きなユダヤ人。1980年代は彼が作る映画は「かっこいい」ともてはやされた。
 「ヒッピーとサラリーマンのちょうど間の”ラフな知識人的ライフスタイル”」を彼は映画の中で体現していたと中村さんはいう。


 キリスト教徒がキリスト教をネタにするのは許されてもユダヤ教をネタにすると「宗教差別」だとか「民族差別」だとかいわれるが、ユダヤ人であるウディ・アレンだからそれが許された面があるという。
 中村さんはいう「もう一つ大切なのは、1950-70年代のアメリカの風潮として精神分析が幅を利かせていて、特にフロイトだけど、それが映画によく出てきます。80年代、ニューヨーカーたちはやたらと精神分析医のところに通っておカネを使っていた」。
 まず77年の名作「アニーホール」。コメディアン役のウディ・アレンと恋人のアニー二人とも神経症っぱく、それがきっかけで意気投合する。


 アニーの家は「北欧系でキリスト教でもルター派というプロテスタント。アメリカでもニューヨークと違ってユダヤ人がいない田舎で、お母さんの目にどう映ったのか」といえば、映画ではウディがひげ面でもみあげが上まで生えているような典型的ユダヤ人の姿となる。
 また、ウディの愛するニューヨークについて「ここはアカとユダヤとゲイとポルノの町だ」という言い方が出てくるが、「ニューヨークではこう見られているんだと要約したのでしょう」と中村さんはいう。
 さらにニューエイジ・ネタも登場する。「カリフォルニア文化としてのニューエイジへの嫌悪感が出てきます。やたらと前向きな(ニューエイジのような)ものをウディアレンは嫌います。伝統的左翼のウディとニューエイジのカリフォルニアとの対決が出てきます。徹底的にコケにします」。
 また精神分析については患者が横になって分析を受けていたり、その室内については、フロイト以来の伝統で考古学的調度品が置いてあるのも見られる。中村さんは「ニューエイジも精神分析どちらも70年代の一種の文化として、パロディとして描かれています」と話した。

移民としてのユダヤ人をパロディ化
 非常に重要な映画として、中村さんは83年の「カメレオンマン(Zelig)」を挙げた。人に嫌われたくない、好かれたいという思いから身体が変わっちゃうゼリグという人が描かれている。移民としてのユダヤ人の文化がパロディ化されて描かれていて、精神分析もその中のひとつ。
 「キリスト教社会との対比もあります。キリスト教の神様は”きれいごと”だけど、ユダヤ教ではもっと本質的な部分の話であり、神様はいるのかいないのかというのを超えて、本当はどうなんだと」。
 続いて、86年の「ハンナとその姉妹」という作品。
 「60-70年代、カウンターカルチャー盛んなりし頃、ユダヤ教から仏教やヒンズー教に改宗した人がいました。映画ではセントラルパークのハレクリシュナ教徒が出てきます。カトリックに不満で、輪廻によって死んでもまた生まれ変わるという東洋宗教ってどうなんだだろうと思う場面」。
 ウディ・アレンにとって最大の敵はファンダメンタリズム(原理主義)で、キリスト教でいえば福音派。この映画では、60年代に「「偉大な生涯の物語」でキリストを演じたジョージ・スティーヴンスにキリストの悪口を言わせているのが注目されるポイントです」。


 「ラジオ・デイズ」(87)では、ウディ・アレンが子供時代に親戚一同が一緒で、たとえ貧乏でも仲が良かったという思い出話で、当時はテレビでなくラジオだったからこのタイトル。
 一つのエピソードは、一族のおじさんがユダヤ教の贖罪の日にラジオを流しているとは何事だと文句を言いに来ること。
 もうひとつは、贖罪の日だというのにユダヤ教で禁じられている豚やはまぐりを食べて腹痛を起こして「罰が当たったのだ」という話も出てくる。「宗教というのはアヘンみたいなもの」だという。
 89年の「ウディ・アレンの重罪と軽罪」においては、人を殺めてしまって「これで人生終わりだ」と悩むが最後には立ち直る人物の話だが、「結局、宗教は人の倫理には役に立っていないことを示している。重罪を犯した人ではなく、軽罪を犯した人が悩んでいるとか」。
 「アリス」(90)では、ミア・ファローはカトリックのお嬢さんを演じる。神に自分を捧げようとしているが、お金持ちのところに嫁にいってセレブな生活を送り、不倫までしている。ある時、家の前に教会があって、そこの懺悔をする告解の部屋で久々に懺悔をする。

救えなかったカトリック
 しかし、「彼女を救っているのはカトリックではなく、セレブの間で評判だった東洋の針の先生なのです。彼にはニューヨークの金持ち階級の悩なんてすべてお見通しで、本心を分からせます。最後はアヘンまで吸うようになる。カトリックは建前だけで心を開けなかった」と中村さんは話した。
 「地球は女で回っている」ではユダヤ人の作家が登場する。ユダヤ人をパロディ化して仲間からひんしゅくを買うが、こんな表現もー「宗教って永遠の幻想」「ユダヤ人(が嫌われるの)は選民意識を持っているからだ」。
 「ユダヤ人にとって大切なのは(神様を)信じるか信じないかというより、今の生活をどうするかということ。そういう意味では、ウディ・アレンは非常にユダヤ的だ」と中村さんは分析した。
 講師の中村さんは1958年、北海道生まれ。諸和女子大学非常勤講師。著書に「信じない人のための(宗教)講義」(みすず書房)、「教養としての宗教入門」「聖書、コーラン、仏典」「宗教図像学入門」(いずれも中公新書)「教養として学んでおきたい5大宗教」(マイナビ新書)など多数。

 

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