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「漁村にて」

ある人から聞いた話。十年ほど昔の事である。


彼女にはある悩みがあった。時折、彼女にはぼんやりと形のないものが見える。周囲より少し色の薄い、 定まりのない影のような人型が見えているのだという。それらは花壇や田畑、緑地公園など、なぜか自然の中によく姿を表すそうである。


だから、田舎に住む祖父母の家へ行くのは昔から苦手だった。三重県の小さな海沿いの集落にあったというその家を年の瀬や夏の休みに家族で訪問すると、必ずと言っていいほど、件の影を家の周りで見ることになった。


祖母が亡くなったのは、中学二年の冬であった。

集落から距離のあった葬儀場から火葬場へ向かい、 車で祖父宅へ戻る道中の事である。


父が、お骨を持って港へ向かいたいと言い出した。港にはかつて小さな魚市場があり、母に手を引かれて買い物に向かったことを懐かしく思い出したという。 既に市場は廃されているが、建物は残っていた。それを遺骨と共に見たいと言った。祖父も黙って同意し、車は漁港へ向かった。彼女はそれを、後部座席から聞いていた。


ふと、車窓から外を眺めた。祖父母の家から漁港までは、海沿いの一本の道路によってつながっていた。 集落のすぐ後ろには色褪せた山が控えており、参道を擁する小さな神社があるばかりである。

その集落の至る所に、何故か異様に多い数の影が立ち並んでいた。

影たちに表情はない。ただ灰色のような、薄い色合いの服を着て、一様に背中を丸めて海の方角を向いていた。片側一車線の小さな道路を、まるで 「箱根駅伝の応援みたいに」、車が通るのを静かに待っているかのように、途切れることなく佇んでいたという。

影たちの列は漁港の入口まで続いていたが、港の中には何故か一体の姿もなかったという。

家に帰る道中、その影の数は疎らになり、家に着く頃には一切姿を見せなくなったそうである。


不思議な話。

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