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私たちは回遊している②

〈2つ目の壁:『さいたまってどこさ?』〉

埼玉が誇る文化のひとつに、竹間沢車人形という文楽人形がある。


竹間沢車人形は江戸時代後期に山岸柳吉(埼玉県飯能市出身)という人が発案した文楽人形で、その名の通り人形の下に車輪がついており、人形遣いは車輪に乗りながら人形を操る。


昭和期に三芳町の民家の納屋から見つかったことを機に再興された伝統芸能なので、淡路人形座(兵庫県)や笹子追分人形(山梨)のような連綿としたものではない。


しかし、どれもこれもとても美しい人形で、観れば忽ち虜になるような清潔な色気があるので、舞台のアンケートも「人形が良かった」というお声が多かった。


遡ること数ヶ月前。

そんな素晴らしい人形のために戯曲を新たに作ろうということになり、僭越ながら私が手掛けることになったのだけれど、戯曲の題材選びが非常に難しかったのである。


「埼玉県は宮崎駿監督ゆかりの地でもあり、みんなジブリが大好きなのだから、トトロのネタを盛り込んでみるのはどうだろうか?」

→トトロは固有名詞。登場させるならもう少し広い年代を意識した多義的なワードが良さそう。


「埼玉発祥といわれる『あんたがたどこさ』のメロディーに乗せてセリフを言わせてみるというのはどうだろうか?」

→これは決定になったけれど、『あんたがたどこさ』は埼玉発祥と確定しているものではない。


「埼玉は梨や苺が美味しい(埼玉は全国いちご選手権最高金賞を2年連続で受賞している)ということで、フルーツ狩りに行く最中を描くというのはどうだろうか?」

→これが良いだろう、ということになった。


大枠が決まった後も、やることは沢山あった。


『あんたがたどこさ』は戊辰戦争(飯能戦争)を背景とした歌だろうということもあり、歌が生まれた経緯や、当時の人の暮らしに心を寄せるべきだろう、と。


稽古の合間に調べ物をし、学び、杉浦日向子氏の『合葬』(戊辰戦争のひとつである上野戦争を題材とした漫画)も参考にし、当時の市民の過酷な生活にも心を寄せながら、近藤監督にも、制作の方にも沢山相談しながら戯曲を完成させた。



私は、あの人形に触れたことがない。

触れられる距離にいたけれど、神秘的すぎて「触ってもいいですか?」のひと言が言い出せず、ついには指一本触れないまま千秋楽を迎えた。


人形のひとつひとつの仕草の裏に、受け継がれた知恵と肉体の駆使があり、愛おしかった。


竹間沢車人形。

今年の十二月に公演があるらしい。

是非観に行きたいと、またあの人形達に会いたいと思っている次第である。



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