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13歳の夏休み 〜ある支援級生徒の青春18きっぷ

 新型コロナウイルス感染拡大を名目(だってパラ観戦はさせようと模索していたし)に5日間延長された夏休み。感染拡大を考えたら控えるべきという声もあるのでしょうが、たった一人での旅ならばいいでしょ?

 この夏、13歳中学2年生の息子からの提案で、青春18きっぷでの旅をプレゼントした。居住地は横浜。行ってきたのは群馬の土合(日帰り)、宮城・山形(宿泊)、名古屋(日帰り)、そして再び土合(日帰り)。3歳の頃に受けた診断で、IQ70のグレーゾーン。いわゆる発達障害で、以降、障害者手帳を持つ彼(手帳を持つのはギリギリ)。そんな彼が物心つく頃から熱中しているのが鉄道。ただそこまで執着をするタイプではなく、何かを収集したりするわけでもなく。

 7月下旬、25日頃にコロナ禍で二度目の夏休みが開始。昨年同様に私の実家である愛知県への帰省は早々に諦め、私との旅行も憚られた。支援級の夏休みの課題はかなり少なく、簡単なものばかり。部活は文化系で、感染対策もあってか行っても行かなくてもいいとのことで、結局一日も行かず。夏休み中の予定や計画は何もなく、家にいる時は、スマホで動画を見てばかりだった。ただテレワークで在宅が多い私との時間が増えることが気まずいのか、夏休み以前から一人で「電車を見に行ってくる」と横浜駅などに出かけていたので、夏休みに入ってもそんな日が少しはあった。しかし、だんだんとお昼ご飯の用意に合わせて起きてくるような日が続くようになり8月に入った頃、私から「夏休みにしかできないことを何かして欲しい」と提案。そのために必要なことは助けるから、と。

 私からそう言われることを待っていたわけではないけれど、「夏休みにしかできないこと」と言われた瞬間に目が輝いたのを私は見逃さなかった。「なんでもいいの?」とすぐに質した。何事も消極的。積極的なのはせいぜい新しいゲームソフトを買う時くらい。いやそれも、それほどでもない。新しいこと、やったことないことをするのは苦手。こちらから要望を聞かなければ欲しいものをねだることもない彼。「いいよ。必要なお金は出すから」彼がとんでもない計画を立てるのなら、少々のことなら面白いかと思っていた。

 2、3日した頃、仕事で外出をしていた私にLINEが入った。
 「明日、青春18きっぷを買いに行ってきてもいい?」

 どんな計画を提案されても、経済的な理由がない限り「OK」を出すつもりではあったけれど、あまりにも驚いた。「いつ行くの?どこへ行くの?」と尋ねると、しっかりとは何も決めておらず、なんとなく行きたい場所ややりたいことがいくつかあるだけで、いつ行くのかも漠然としていた。
 青春18きっぷがどういうものなのか、私もあまり詳しくはなかったけれど、調べた内容は想像していた内容とあまり変わらなかった。「じゃあ、5回に分けて行くのか、泊まって4泊5日で行くのか、いつ行くのかとか決めてから買ったら?」
 これは、いまとなれば余計なお世話だったのかもしれない。青春18きっぷがどういうものなのかの理解もだけれど、私自身に本当に足りなかったのはその機能ではなく、そのことで何が得られるのかという想像力だった。
 幸い彼の動きは早く、とりあえず群馬県の土合という谷川岳の麓にある駅に日帰りで行くと言う。往復で6000円ほど。この調子でもう1日どこかに行けば、青春18きっぷの方が得だ。最後の条件として、1日のスケジュール、何時に起き、何時に家を出て、何時の電車に乗り、何時に乗り換えがあるのか、などを細かく紙に書くよう伝えた。初回の計画を立てるのには苦労したようで、旅に出る1日前まで私に差し出すことができなかったが、最初に差し出されたその計画に私がアドバイスをしたり、訂正を入れる余地はどこにもなかった。

 8/15(日) 群馬県 土合駅
下記は彼が作ったメモの書き起こし

4:00 起床
4:58 最寄駅を出発
5:25 横浜 上野東京ライン出発
7:40 高崎 到着
8:23 高崎 上越線 出発
9:30 水上 到着
9:44 水上 出発
9:53 土合 到着
10:20 土合 出発
10:32 水上 到着
10:45 水上 出発
11:37 新前橋 到着
11:40 新前橋 両毛線 出発
11:50 高崎 到着
12:00 お昼ご飯
12:56 高崎 出発(八高線)
14:25 こま川 到着
14:30 こま川 出発
15:12 八王子 到着
15:22 八王子 出発(中央線中央特快)
16:16 東京 到着
16:41 東京出発(横須賀線) 
17:17 保土ヶ谷駅 到着

 保土ヶ谷駅からはバスで帰宅となった。そしてこの時刻表通り全ては進み、予定通りに過ごすことができた。
 予定表を見てわかる通り、目的地である土合駅の滞在時間は30分にも満たない。私なら、谷川岳のロープウェーをさらに登ったり、地元のお蕎麦を食べて帰るべきだと考える。でも帰りにわざわざ八王子をぐるりと回ってきたことから分かるように、彼の目的は乗りたい電車に乗り(八高線はディーゼルらしい)、行きたい駅に行き(トップの画像は土合駅で写真の大階段は名所)、聞きたいアナウンスを聞き(スマホに録音をしたいから自撮り棒が欲しい、と言われた)、食べたい駅弁を食べること。
「不安だったりした?」「全然」
「寂しくなったりしないの?」「全然」
ちなみに、青春18きっぷを使いながらも、彼からのさらなる要望で、上野東京ラインや横須賀線ではグリーン車(1回1000円)を使用。

 元からあまり自分のことを話したがらない彼にとって、その旅の目的や真意はよくわからない。ただ、旅は彼自身が期待していた通りだったようで、早々と次の計画を立てた。私自身も、静かに自信をつける彼に満足だった。

 8/23(月)8/24(火) 宮城・山形

4:58 最寄駅を出発
5:15 横浜 到着
5:25 横浜 出発 上野東京ライン
5:58 上野 到着
6:08 上野 出発 宇都宮線
7:30 小金井 到着
7:41 小金井 出発
8:56 黒磯 到着
9:08 黒磯 出発 東北本線
9:32 新白河 到着
9:52 新白河 出発
10:31 郡山 到着
10:35 郡山 出発
11:22 福島 到着
11:40 福島 出発
12:14 白石 到着
12:19 白石 出発
13:08 仙台 到着
13:20 お昼ご飯
14:04 仙台 出発 仙山線
15:17 山形到着 さん歩
15:59 山形 出発
17:13 仙台 到着
18:00 ホテル

10:00 ホテルを出発
10:38 仙台出発 市営地下鉄 東西線
10:41 国際センター 到着 徒歩21分
11:02 仙台城跡 到着
11:35 仙台城跡 出発
12:01 お昼ご飯
12:40 仙台 出発 常磐線
13:59 原ノ町 到着
14:08 原ノ町 出発
17:21 水戸 到着
17:32 水戸 出発
19:46 上野 到着
19:54 上野 出発 上野東京ライン
20:30 横浜 到着
20:37 横浜出発 横須賀線
20:41 保土ヶ谷 到着

 ホテルの予約は私が行い、電話で息子が泊まること、障害については特別に手伝いが必要になることは無いことを伝える。願わくば、重要なことについては理解できているか確認をしてください、と加えた。朝ご飯は私がコンビニ食で済ませて欲しくなかったので、バイキング形式の朝食がある、私も仕事で使うことがあるホテルを選んだ。6500円ほど。お膳で決まったメニューが出てくると、やや偏食のある息子が残すことになり、彼が残すことを気に病むのではないかと思ったからだった。
 当然、一人でホテルに泊まることは初めてのこと。きちんと教えたわけでもないのに、ホテルのカードキーのこともよく覚えていた。多分、2年前に私と二人旅をした時のことがあったからかもしれない。
 ちなみにお昼ご飯は駅弁の牛タン弁当。晩ごはんは私が探した高評価を得ていたお店でやはり牛タン弁当をテイクアウトしホテルで食べた。

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 この旅での彼の目的地は仙台城。私は勝手に、松島方面に移動する計画を考えたが、それを伝えるよりも先に彼からスケジュールを出され、苦笑いした。
 今年引退を決めた松坂大輔投手の言葉が蘇る。土合の旅で私は自信を持ったが、泊まりも平気で行ってしまったことで確信に変わった。

 特急を使わなくても、この二度の旅だけで十分に青春18きっぷの費用を上回ったのだから、必ず次の旅に出る必要は無いのだけれど、すぐに次の計画を立てた。私は、最初の土合の旅から気になっていたことがあった。

「(私の携帯番号が記された会社の名刺が入った)財布やスマートフォン、切符も無くしたら、どうする?」
「考えたことなかった。電話番号を覚えるしかない」

 私は彼が仙台に向かっている時に日帰りでの沖縄出張があり、飛行機はWi-Fiが使えるため急な連絡がとれないわけではないけれど、とても不安だった。何かあったらどうしよう、と。

 私に言わせれば、彼は超楽天家なんだと思う。その一方で、何事も消極的な性格はむしろ性質的だ。ただ彼に言わせれば、もしかしたら私は石橋を叩いて結局は渡らない人間なのかもしれない。あるいは楽天家な彼に深く問い質さない、なんならちょっとくらいトラブルがあって、自分で解決して欲しいと願う私こそが楽観主義者なのかもしれない。

 8/29(日) 名古屋

4:58 最寄駅を出発
5:15 横浜 到着
5:28 横浜 出発 東海道線
6:21 小田原 到着 → 6:22 小田原 出発
6:45 熱海 到着
6:49 熱海 出発
9:18 浜松 到着
9:23 浜松 出発
9:57 豊橋 出発
10:58 名古屋
11:06 名古屋 出発 名古屋市営東山線
11:11 栄到着
11:17 栄出発 名城線右回り
11:23 名城公園到着 → 徒歩14分
11:37 名古屋城 到着
12:12 名古屋城 出発 名城線左回り
12:26 名城公園 出発
12:30 久屋大通 到着
12:36 久屋大通 出発 桜通線
12:41 名古屋 到着
12:45 お昼ご飯
14:16 名古屋 出発 東海道線
15:10 豊橋 到着
15:24 豊橋 出発
15:58 浜松 到着
16:10 浜松 出発
18:43 熱海 到着
18:55 熱海 出発
20:20 横浜 到着
20:30 横浜 出発 横須賀線
20:33 保土ヶ谷 到着

 21時過ぎに帰宅。断っておくと、前回の東北の旅も帰宅は21時過ぎだが、土日に遊びに出かけた時に19時を回ることはあるものの、そんな時間に帰宅することは無い。今回の旅では21時くらいならいいと、私が了承したのだ。

 先述の通り、私の実家は愛知の中部で、息子が名古屋に行くこと、しかも目的地は名城公園と外なのだから会いに行ったら?と両親に促した。しかし、両親とも二度のワクチン接種は済ませてはいるが、残念そうに諦めた。
「もし、何かあると、、、」

 面白いのは、名古屋城での滞在時間は30分ほど。それに対して、名古屋駅に12:41に到着すると駅のベンチで駅弁を食し、特に目的の電車があったわけではないが、さらに1時間を駅で過ごすのだった。

 そして帰宅早々に、「明日も行く。最後のきっぷを使う」と彼は言う。「もちろんいいけれど、1日はゆっくりしたら?」という私の助言を受け、1日だけ空けて、延長された夏休み最後の日に、最初に訪れた土合に再び向かった。

 8/31 群馬 土合駅・水上駅

4:58 最寄駅を出発
5:15 横浜 上野東京ライン 出発
7:49 高崎 到着
8:23 高崎 上越線 出発
9:30 水上 到着
9:44 水上 出発
9:53 土合 到着
12:39 土合 出発
12:52 水上 到着
14:20 水上 出発
15:24 高崎 到着 → お昼ご飯
15:30 高崎 出発 高崎線
16:02 籠原 到着
16:21 籠原 出発
18:06 横浜 到着
18:11 横浜 出発
18:14 保土ヶ谷 到着

 19時に帰宅。5回目の利用にして、初めてトラブルが発生。朝の上野東京ラインに乗車中に人身事故の影響でその後の移動の時間がズレてしまったのだ。それでも、その状況だけを私に報告するだけで、自分で調べて時間を調整していった。さらに帰りも別の鉄道遅延があり直通運転が中止されていたため予定になかった京浜東北線を使ってみたり、でも結局足止めをくらい、また駅を戻って路線を変えるなどしたようだ。

 当初の予定では水上でお昼ご飯を食べるはずだったのだが、私が前日に調べたところ、どうやら水上駅には駅弁の販売がなさそうだった。お店は何軒かあるのだから店内で食事をすればいいのだけれど、子ども一人で店内で食べるのは躊躇するらしく、結局のところ駅弁が充実している高崎まで我慢する、とのことだった。そのため、カバンの中にチョコバー(プロテインとかの)を3本と明治の速攻元気ゼリーを入れておき、正午頃にお腹が空いたらそれを食べることにしていた。

 当初、ご飯を食べる予定だった水上では、しっかりと食事をとらない代わりになのか、駅から少し離れ、名所であるSLの転車台を観に行ったという。ちゃっかり調べていたのか、事前に知っていたのか。


 緊急事態宣言下で一人旅とはいえ強行し続けたことは、オリパラの強行と規模は違うけれど同じように罪深いのだろうかとも考える。しかし、一人旅に出たい彼に、用があれば満員電車だろうと電車にゆられ、月に何度も日本全国に出張をする私が彼を止められる道理もないように思える。

 彼と今はまだ、そのことについて話をすることはないが、いつか彼は思い出すのかもしれない。自分がどんな時に、旅に出たのか。そのことを、私や誰かと話ができたら、今回の旅はより意義深いものになると思う。

 最後に。
 今回の旅で唯一協力をいただいたのは、仙台のホテル。ダイワロイネット ホテル仙台の方。電話で話をした時に対応された女性は、中学生で、障害を持つ彼がお世話になることを、とても楽しみにしているように感じた。応援をしてくれているように感じた。鉄道会社、飲食店、様々な人たちがいてその当たり前とされる活動が彼の旅の安心と安全を支えている。そうした皆さんは、自分たちの仕事の意義をどう感じているのだろうか。その意義は絶対に、生活のためにお店を開けることじゃない。私たちの社会では複雑に、優しさや希望が絡み合って原動力になっている。ホテルのご担当者の対応は「こんな夏休みにしかできないこと」の私の成果だ。

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