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泣ける小説 多くの人が気にも留めない小さな幸せ

夜9時、ようやくボタンを1つ外して家まで帰れる。朝家を出たのが何時だったかな。思い出せないくらいに今日はいろんなことがあった。

得意先からは文句を言われたり、嫌味を言われては傷ついた。会社に戻ってからも上司にはなんで得意先を丸め込めないんだと、お前の会話術がなってないからだと責められた。
もうこんな生活を何年続けてきたのか、そしてこの先何十年と続けていかなくちゃいけないのか。それはまるで拷問のように感じる。身体は自由なのに、鎖を繋がれた自分。
「良いか、取引先にこちらの言い分を分かってもらうことも取り次ぐ人間の役目だ。納期も価格もこれ以上は面倒なんて見れない。あなただけが顧客じゃないってことを分かってもらえ。もう何年ここで働いていると思っているんだ。」
「でも顧客目線に立てば、相手の言い分はごもっともと思うんだよ。どうにか調整していかないと他社に持っていかれませんか?」
「だから・・・、今言っただろ。お前一体どっちの人間だ。」

帰る前に言われた一言。どっちの人間ではなく、会社のことも相手のことも思うからこそ出た言葉なのにな。


夜公園の横を歩いていると弱った子犬が座り込んでいる。気がついたら近くまで寄って声を掛けていた。
「どうした?大丈夫か?」
もしかしてあまり食べられていないのかな。あばらも出ているし、食べられないとつらいもんな。
すごく汚れているな、苦労してきたんだろう。生まれてきてつらい目に遭ってきたんだろうな。
「よし、じゃあ近くのコンビニで買ってきてあげるから、ちょっとここで待っているんだぞ。逃げちゃダメだからな。」

安月給の自分には手持ちのお金は多くない。たった千円しか入っていなかった。これで1週間を乗り切りたかったけどもう良いや。俺はいつも食べられているから、あいつに全部使ってやろう。
急いで食料と牛乳を買って戻った。

まずは牛乳を飲ませてやると、勢いよく飲み始めた。
「おいおい、そんな慌てなくても誰も取ったりしないよ。落ち着いてゆっくり飲んだら良いんだぞ。」
全部飲み干してしまった。
「どうだ?少しはお腹も膨れたか?他にも食料あるからな。」
最初は警戒していたのに、少しずつ気を許してきたのが分かる。かわいいやつだ。
「でも今は良いとしても、食べてからどうする?このままここに置いていけないしな。でも僕のアパートでは飼えないんだよな。どうしようか?」

誰かに助けを求めたいけど、通る人はみな我関せずとばかりに帰ることに必死だ。そんなに帰ることが大事か、そんなにこの弱っている子犬がどうでも良いような存在なのか。

でもこのまま置いてはいけない。このまま放っておいたらこの子犬はまたすぐに弱ってしまうだろう。
「すみませーん、この子犬を誰か飼って頂けませんか?すごく弱っているんです。うちでは飼いたくても飼えないんです。お願いします。」
子犬の為に大声で叫んでも誰も反応しない。こんな時間だけど、近所迷惑よりも子犬の命の方が大事だ。

「すみませーん、誰かこの子犬を飼っていただける方はいませんかー?」

何度叫んでも反応がない。誰かの心に届いてくれ。

「あの、ずっとは飼えないのですけど今晩だけなら飼えそうなので、ひとまずうちで見ますよ。」
「ありがとうございます。では今日のところはお願いします。」
「分かりました。でも明日以降どうするか、この子もあっちこっち連れ回されるのはあまりして欲しくないでしょうから。」
「そうですね。明日以降どうするか。」
お互いが飼えない状況にあるのなら他を頼るしかない。

「いつもこの時間くらいに帰宅されているのですか?」
「そうですね。大体この時間になりますね。」
「分かりました。僕はもう少し早い時間に帰宅するので、そこから飼い主探しをしますけど、もしまだ見つかっていないようであれば一緒に見つけてもらえませんか?」
「もちろんです。その前から探して頂いてありがとうございます。」
自分ごとのように捉えてくれる人もいるんだ。それだけでも救われた思い。明日は手分けして探そうか。
「いえ、やっぱりかわいそうですもんね。これだけの行動をされたのはすごいと思いますよ。僕最初この子犬には悪いなと思いつつ通り過ぎていたので。それで声がするので戻ってくるとあなたが大声で助けを呼んでいる。僕はその時点であなたを尊敬しました。ここにある食べ物もあなたが買ってきたのでしょう?」
「はい、まあお金をあまり持っていない人間なので、多くは買えなかったですけど。」
「いやその行動に意味があるんですよ。では明日僕が仕事を終えて戻ってきたら、まず1人でこの近くで1軒1軒に声を掛けていきます。それからSNSで募りましょうか。」
「そうですね。もしかしたら反応があるかもしれない。」

この見知らぬ人とも少しずつ信頼感が芽生えてきた。
これまでずっと人に怯えがあったけど、子犬を放っておけない、その一心で動いた自分を少しぐらい褒めてあげたい。
確かに多くの人は見て見ぬフリかもしれない。でもこうやって共に考えようしてくれる人がいる。この子犬を想ってくれる人がいる。

「今日はありがとうございました。明日またよろしくお願いします。」
「こちらこそです。一緒にこの子の飼い主を見つけて、幸せに暮らす日々を与えてあげましょうね。」
「はい。」

なんか今日1日でいろんなことがあったけど、良い1日だった気がするな。

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