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Vol.8 Lemon Quartet/Crestless 〈今のところnoteでまだ誰もレビューしていない名盤たち〉

Crestless(2020)    Lemon Quartet

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 Lemon Quartetはオハイオ発の室内楽カルテットで、ロンドンのインターネットラジオ局・NTS内の番組であるLast Resortが運営しているレーベルに所属している。インターネットラジオの1番組がミュージシャンのフックアップのみならず、レーベルの運営まで行っているのは珍しい。ロンドンの、特にジャズ周辺のDIYスピリットに関しては柳樂光隆さんのこのレポが詳しい。

 DIYによってインディペンデントな運営を行う気風がロンドンのジャズシーンにはあり、その流れの中にLast Resortはある。そんな変わったレーベルに、大西洋を挟んだアメリカのオハイオのLemon Quartetは所属している。思えばアメリカのミュージシャンを取り上げるのはこれが初めてだ。

 このアルバムはジャズ、それもエクスペリメンル・ジャズとして分類されている。彼らのBandcampページのタグにもExperimental/Jazzの文字が並ぶ。しかし、普通想起されるようなエクスペリメンタル・ジャズ、例えばアート・アンサンブル・オブ・シカゴやJagga Jazzistのような不規則なビートも突拍子もない上物の旋律もここにはない。むしろ、このアルバムの半分はビートレスの曲から構成されている。菊池雅章のAuroraのように、先鋭化しすぎたジャズがビートの手を離れるのはないわけじゃない。このアルバムの革新性はビートレスが誘うアンビエンスとジャズが持つ即興性/偶発性の生むダイナミズムの両立にあると、僕は考えている。


 ジャズという音楽は、生まれた時からビートと不可分な存在であった。正確には、ジャズという音楽を演奏する際にはパーカッションの存在がまずは用意される。これはダンスを志向する音楽ならば当然のことだろう。だからこそ、ビートレスであることを一種の信条とするアンビエントとは、ひとまず一定の距離が保たれてはいた。しかしこのアルバムの提示するものはそれの逆であり、いわば「ビートレス」というビートが確実に存在することを詳らかにしたのだ。ビートレスであることは、換言すればどのようにリズムを調理しても的確なビートであると解釈され、次第にそこに潜むビートが事後的にグルーヴを伴って匂い立ってくる。


 これはただの静謐なラウンジミュージックではなく、ジャズにおけるビートの可能性を広げた意欲作として解釈できる。また、その他半数のビートがある曲も飛び道具的な使われ方をしていて、ジャズ畑の方にはそちらの方が新鮮に感じられるかもしれない。サウスロンドン勢のPuma Blueなどがミニマムなジャズ編成の仲間として思い浮かぶ。


 滋味深く、ゆっくりとアンビエンスとセッションの海底に誘ってくれるアルバムだ。かなうことならLPで欲しい...


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