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東京のロートレックは、人間の何を見つめるのか? 画家・樫村鋭一インタビュー vol.1

樫村鋭一(かしむらえいいち)という画家の存在を知ったのは、ある被災地支援のチャリティープロジェクトがきっかけだった。会場で展示してある幾つかのポートレイトを目にした瞬間、私は「えっ、日本人が描いた作品なの?」と思った。着飾った女の網タイツ、洒落た帽子をかぶった老婆、画面に走り書きされたフランス語……そのどこか退廃的で即興的な世界観はまるで19世紀後半のパリの画家のそれだ。
「この人はいったいどこから来たんだろう?」
私はそんな疑問を抱きながら、すぐにその本人と正面を向いて座りあうことになった。その場で肖像画を描いてもらうために。

それから3年、私はほとんど言葉を交わすことなく、絵だけを描いてもらっている。今回初めて、下北沢 PREFABで開催中の個展『SOBYO+』にお邪魔して、その謎の画家に直接質問することができた。「あなたは何者なんですか?」と。

>今回の個展ではどういった作品を展示されているんですか?

だいたい5年くらい前から描きためて、そこから選んで出した。(選んだ)基準は、今回はないね。自分の中でどんな作品でも共通性はあると思っているから、どういう風に作品を並べても楽しんでもらえるだろうなっていうのはある。

今の現代アートは、コンセプトとかをちゃんと決めて発表するっていう方法が多いけど、長い目で見たら、ピカビアやピカソもいろんなスタイルに転んだりしてるでしょ? トータルで言ったらみんな「自分の匂い」は感じるわけだから、そういうもんだと思うよ。

>壁のテキスタイルなどの雰囲気が、樫村さんのお部屋っぽいですね。

そうだよ?(笑)これはいつも僕が描く時に床に敷いていたもの。これ何枚目かなんだけど、もっと古いのはボコボコになったりしてる。ずっと使ってる。これはまだ半年くらいかな。

>作品からは、どこかパリの酒場やキャバレーのような雰囲気を感じます。

別に意識しているわけじゃないけど、好きな絵描きもヨーロッパの人が多い。ピカソやロートレックも好きだし。クラブで描くようになってまだ3年目くらいだけど、最初、友達が歌ったり踊ったりするっていうんで「描こうかな」と思って、それがきっかけかな。そこでいろんな人と友達になったり、自分では考えられない出会いっていうのもあって、自分の幅が広がったっていうか。やっぱり面白い人は来るよね、描きづらいけど(笑)(クラブは)暗いし、タバコ臭いし。

でも一番大事な「人を見る」っていうことのトレーニングになるから、ポートレイトを描く上では良かった。見えてこなかったものもだんだん見えてきて、絵にした時の(人の)特徴がすぐ判断できるようになった。それまでは家で描いたり、外で写真を撮って描いたりしていたから。

>インスタグラムを拝見していても、絵のモチーフやモデルの選び方が独特ですね。

ネットや雑誌で見て「ああ、面白いな」と思ったものとか、何か自分に共通のものがある人(のビジュアル)はファイルしてるのね、いっぱい。その中からそのまま描くときもあるし、変えて描くこともある。

街を歩いていて「なんか面白いおばさんだな」とか「あのおじさん、絵になるな」とかも。このバスを待っていたおじさん(写真下)も、絵を描いてなかったらたぶん素通りだよね(笑)でも、こういうリーゼントとかバッグとのコントラストとか、人をいつも見ていると、そういうふうにしか見れなくなる。

やっぱりファッションは、ポートレイトを描く時に外せない。アクセサリーとか、靴とか、唇の色とか、そういうのはその人の個性だから。その人の素のものも大事だけど、その人の感覚で身につけたものは絶対に外せないよね。

>ポートレイトを描くとき、モデルのどんな部分を見ているんですか?

ものすごい美人でも、魅力を感じなかったら描かない。落ち込んでいる時の顔とかさ、くせが滲み出てる顔の方が、絵描きはそそられるわけだから。それはまあ、しょうがないよね(苦笑)

不思議なことに、自分の好みのモデルで描きたいと思って描いた絵と、「この人のどこをポイントとして描いたらいいんだろう?どこも特徴がないし、平凡だし」っていうモデルの絵、2枚が出来上がると、後者の方が良かったりする。それは、俺自身も描き始めるまで分からない。だから自分の範囲を決めないで描くことによって、その中から拾えるものってたくさんあるんだよね。僕たちはやっぱり絵としての価値っていうのが基準だから、絵として魅力的に仕上がれば一番いい。

>人や、その内面を描くことって、かなり勇気がいりますよね?

勇気がいるね。やっぱり外で描くようになって「照れながら描いてるな」とか自分で分かるわけ。そうするとそれが結果で残る。下手な絵に自分でサイン書くの恥ずかしいから、集中して描かなきゃいけない。だから描くことに対しては冷淡っていうか、もう邪魔な奴が目の前に立ったら手で退けたいくらいな感じだよね。伊勢丹の中で(描きたい人物を)追っかけて描くこともあるし(笑)すごい滑稽なの、描いてるとこは。

それでもやっぱり僕らは絵で判断されるし、恥ずかしいなと思ったら、負けだよ。自分の作品の対しては厳しいよね、みんなそうだと思うけど。自分の作品を批判する気持ちが自分の中になかったら、描かなくていいもん。

〈インタビューVol.2に続く〉

樫村鋭一 SOBYO+
Prefab gallery&things(プレファブギャラリーアンドシングス)
6月16日(日)まで 金土日のみ13:00〜19:00

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