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無駄なことなんて、ひとつもなかった。

結婚が区切りとなる

結婚を機に新幹線で3時間の距離のところに住むことになり、病院を退職した。まだ夜遅くまで職場に残ることが当たり前だった頃。帰宅が22時、23時になることがざらで、心身共にすり減っていた。このときは退職のためのいい口実ができたくらいに思っていた。

平日の昼間に外を歩くと、風を感じるだけで季節がわかる。道の傍に咲いている花の色の鮮やかさに驚く。

のどかな日常が最初は楽しかったが、夫の仕事の都合で転勤になる度にだんだん不安に変わっていった。


なかなか機会がやって来ない

仕事に就けない。

面接に行って「転勤族はまた引っ越してしまうから」と断られた。疲労から体調不良になり入院した。

それなら引越しても続けられることをしようと、在宅フリーランスでの仕事を始めた。

少しずつ軌道に乗ってきた頃、妊娠した。

悪阻が長かったので、妊娠中は請けられなかった。生まれたあと、1歳になったらもういいだろうと、外とのつながりが欲しくて受注を始めた。日数を計算して一時保育の日を決める。満を持して原稿をもらう。すごく考えて計画したはずなのに、子供が夜寝ない。時間が思ったほどとれない。進まない。だんだん焦りが出る。そして明日は一時保育という日に、子供が40度近く熱を出した。夫に急遽有休を取ってもらい、最後は徹夜で仕上げた。

仕事を始めると子供が熱を出す。話には聞いていたけど、目の当たりにすると罪悪感が生まれた。私はここでくじけた。こんな思いをしながら、世のお母さん方は毎朝保育園に行くのか。仕事復帰ってこんなに大変なのか。

子供が幼稚園に上がった頃、義父が施設に入った。車で1時間の距離を往復した。幼稚園の送迎バスの帰りの時間に間に合わせるために、滞在時間は30分が限界だった。

1年後、義父が亡くなった。そのあとすぐに夫の転職が決まった。購入して2年の家を売却して、今住んでいる地域に引越した。

ずっと走ってきた。けれど家庭のため、家族のためばかり。ずっと頑張っているけれど、私の人生こんなのでいいのか。

引越し8回。関東、東海、関西、九州を転々とした。近所に知人が少なかった私は、もしここで亡くなっても、家族以外誰にも知られないまま逝くことになるのか。

それではあまりに寂し過ぎる。

ようやく時間ができたけれど

あれから5年経ち、ようやく自分のために走り出した。

新卒からキャリアを積み重ねてきた同世代は、勤続20年を超える。それが眩しくて羨ましくて、そして劣等感に心を掻き乱された。

自分は積み重ねることができなかった。
ちょっとしかない経験年数。家にいる時間が長すぎて、いつのまにか満員電車に乗るときの緊張感や、人前に出るときのスイッチが入る感覚を忘れてしまってきている。

それでも、なんとかやっていけるかもと思えたのは、今までの経験したことすべてが「ある」ことだと教えてくださった先輩方の姿を見たからだ。


自分の中に、たくさんの「ある」があった

臨床の経験年数は少ないけれど、患者の経験も患者の家族も経験した。症例として見る患者と、家族として見る患者との違いを肌感覚で理解したとき、当時担当した患者さんに謝りたいと、心から後悔した。話をしながら患者さんが遠い目をしたり、ご家族が「○時までに帰らないといけないんです」と言われたりしたときに込められていた思いに、どれだけ気がつけていただろうか。

学生時代に学んだ知識のおかげで、親の入院や手術のとき、その内容を理解し身内に説明することができ、主治医と揉めずに済んだ。

生まれ育った土地以外に住んで、人との距離感がそれぞれ違うことを知った。ガンガン近づいていく優しさもあれば、遠くから黙ってそっと見守る優しさもあることを教えてもらった。行動レベルでは正反対だけれど、心の中にある思いは全く同じだった。

住む場所によって、息子は大人しい子になったりやんちゃな子になったりした。それを決めるのは周囲の大人だ。他人の見た印象なんて相対的なもの。そう思えるようになってから、ちょっとだけ子育てが楽になった。

その他にも、赤い色の服が映える地域やベージュや紺の服が上品でクールに映る地域。車社会ではコート類を着る機会が極度に少なくなるとか、小さいトートバッグひとつでどこでも行けるとか、住む場所によってファッションの好みや必須アイテムが変わることも知った。

書き出すときりがないが、人生どんなところでどんなことが役に立つかわからない。
ひとつひとつは点でしかないが、これらが結びついて線をなすようになったとき、私の人生の伏線回収が始まった。


この世に成功している人はいる。
けれど失敗している人はいないと思う。

自分には何もないと思っていたけれど、今まで来た道に無駄なことなんて、ひとつもなかった。

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