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シェイクスピア講座『ヴェニスの商人』松岡和子×河合祥一郎1200円

 2022年2月12日(土)14:00~15:45、彩の国シェイクスピア講座番外編『ヴェニスの商人』勉強会@彩の国さいたま芸術劇場小ホール、全席指定1200円、25歳以下600円。講師は松岡和子(79、翻訳家)、河合祥一郎(61、東京大学教授=総合文化研究科・表象文化論)
 ※1200円だが、都内からの交通費がやや高めなので(ケチ)、2000円くらいの皮膚感覚。同じくやや遠くても横浜のKAATとかだと、街の賑わいの楽しみもあるが、ここはない。

百聞は一見に如かず、松岡79歳と河合61歳を見に行く

 以下に書くように大変不勉強だが、せっかくの機会なので、名前は知ってる(一応本も持ってる)松岡、河合のお顔を見に行くことにする。役者でなくても、百聞は一見に如かず。

シェークスピアには大勢の翻訳者、昔は知らず

 シェークスピアの日本語への翻訳者は大勢いるが、昔は知らず(受験生の時は暗記学習で興味がなかった)、周囲の一部に冷笑を誘った。“普通”の学校の授業ではそもそも演劇を習わなかったし、音楽史や美術史(あるいは書道史)もなかったな。一般の人の演劇に対する認識はどうなんだ。しかし、この「無知を冷ややかに笑われる」がその後の奮起、知識欲刺激に結び付く一端だったかもしれない。
 その後、坪内逍遥も訳してるんだ……などに続き、現代の日本の芝居で専ら使われているのは小田島雄志(だじゃれのおじさん)、松岡和子と知る。河合祥一郎は個性的なおじさんらしいと聞く。
 その間にそこそこ学び、現在、ギリシャ悲劇、アリストテレス、ブレヒトくらいは演劇を学ぶなら知っておこうと頭に入った程度(ギリシャ悲劇が真の最初かどうかは不明だが、論理的な言語で討論し記録に残すことができたか、に尽きるのか)。伝統芸能と現代演劇の違いくらい。
 正直、演劇を学ぶとは、シェークスピアやチェーホフなどからかと思っていた。ある程度系統的に学ぶことは重要なのだと思う。
 ……そうは言っても、演劇のメーンにあるシェークスピア。

 先日、たまたまある『ヴェニスの商人』舞台を見て、やはり心に残るのはシャイロックだよなと思う。
 先日、別件で、さいたまゴールドシアター『水の駅』をここに観に来てて、この劇場が頭にひっかかる。勉強会のお知らせメールが目に留まる。
 で、来た。

積読慌てて解消、稽古場に入っていく松岡の面白さ

 いつだったか、多分何かの書評を見て松岡和子『深読みシェイクスピア』(新潮選書、2011)河合祥一郎『あらすじで読むシェイクスピア全作品』(祥伝社新書、2013)は買ったまま積読に。で、今回引っ張り出し(積読を実読に変えたいので講座に来たのかも)、彩の国さいたま芸術劇場に向かう埼京線の中で座れ、あわててパラパラ読む。

松岡和子『深読みシェイクスピア』(新潮選書、2011)と河合祥一郎『あらすじで読むシェイクスピア全作品』(祥伝社新書、2013)

 松岡『深読みシェイクスピア』の方はそもそも『ヴェニスの商人』の項がない! しかし、なかなか引き込まれる内容。「上にも下にもダジャレを言うポローニアス(ハムレット)」「比較する青年ハムレット」「処女作『ヘンリー六世』など歴史劇の作術」「英語とフランス語の問題」。
 ロミジュリのバルコニー場面でのジュリ台詞に関し、各翻訳者の訳し方(久米正雄、横山有策、坪内逍遥、中野好男、三神勲、福田恆存、小田島雄志、大山敏子、平井正穂、松岡和子、河合祥一郎、大場建治)をずらり並べ、多くの訳はジュリエットがロミオにへりくだり過ぎていると指摘。
 オセローでの、蒼井優からの台詞への疑問「ここの『あなた』と次の『あなた』は同じですか」を受け、原文にあたったら「my lord」と「my good lord」で違ったので(後者が慇懃らしい)、「旦那様」に変えたとか。
 ああ、稽古場で演出や役者の反応を受けながら、作っていく人なんだ


1984年、シャイロックは悲劇の主人公に

 電車も劇場のある与野本町が近づき、時間切れとなってきたので、河合『あらすじで読むシェイクスピア全作品』は、ヴェニスの商人だけパラパラ。あらすじは知ってるので、「ここがポイント 一八一四年にエドマンド・キーンがシャイロックを悲劇の主人公として演じて以来、この作品は単なる喜劇ではなくなった」のところだけ、頭に入れる。

 駅に着く。ひとり、またひとりと劇場に向かう人影。女性が多い。
 劇場の中に入る。ひとりで入ってくる客、女性が8~9割。落ち着いた文学少女(また昔の)風。筆入れを取り出しメモの用意。大学の講義のよう。そうかもしらん。多分、自分などよりシェイクスピアに詳しいのだろう。
 椅子2つ。舞台では河合が松岡入場&開始まで間を持たせる。

この日は駅からの道に日光が射し風も少なく比較的暖かめだったように思う

彩の国シェイクスピア・シリーズ

 彩の国シェイクスピア・シリーズ:当時の芸術監督蜷川幸雄のもと、1998年スタートシェイクスピア全37戯曲の完全上演を目指す。2016年5月蜷川死去。2016年10月にシリーズ二代目芸術監督に俳優・吉田鋼太郎が就任、翌17年12月に『アテネのタイモン』上演再開。2019年2月『ヘンリー五世』、同11月『ヘンリー八世』(コロナ余波で終盤4公演中止)、20年6月36弾『ジョン王』全公演中止、21年第37弾『終わりよければすべてよし』。
 蜷川幸雄が、全公演松岡訳で行くと決定し、進行。

 なるほど。で観てない。そんな奴が書いていいのか。いいのだ。客は自由だ。すべてを学んだ後では間に合わない。
 ちなみに、彩の国シェイクスピア講座は過去2回ほどやっており、番外編で何がいいかアンケートしたら『ヴェニスの商人』が人気を集めたという。

シャイロックに注目『ヴェニスの商人』、当たり前とは

 さて、やっと本題。『ヴェニスの商人』は、ヴェニスの商人・アントーニオが友人バッサーニオのために、ユダヤ人の金貸しシャイロックに借金のカタとして「胸の肉1ポンド」を約束、破産し金が返せなくなる。契約書通り、胸の肉を約束通り寄越せと迫るシャイロック。そこに、女ポーシャが男装した裁判官として登場し「契約書通り、血は一滴も流してはいけない」と形勢逆転させる。シャイロックは財産はとられるわ、キリスト教への改宗は迫られるわ、その前に自分の娘はキリスト教信者と駆け落ちするわ、踏んだり蹴ったりという話だ。と、書いてるのが既にシャイロック視点。

 さて、本題は、単なるメモの羅列。勉強のために書いておく。
  登場した松岡さん79歳!は、ちゃきちゃき元気そうなおばちゃんだった(あえていい意味で書く)。ああ、なんか、多くの人に好感持たれそうなタイプ。体力ありそうだし、現場もガンガンは入れそう河合さん61歳は紳士であった(少なくともこの日は)。

 「シャイロックへの質問が多い、『喜劇として楽しんでいいのか』など」と前振り。
1.下敷き、先行作品
 クリストファー・マーロウ『マルタ島のユダヤ人』を下敷きに書いており、最初からシャイロックを中心にするつもりだった。シャークスピアでは下敷きにした先行作品から上手く取り入れている(松岡)
2.人種・民族差別
 オセローは黒人差別。ヴェニスはユダヤ差別。他に女性差別。当時英国にはユダヤ人は少ないが、時代の先端イタリアにはユダヤ人のゲットーがあり、そうした社会構造を劇作に生かした(河合)
3.完璧な人間は書かない、もやもやは当たり前
 完璧な人間は書かない、もやもやは当たり前(松岡)、一様ではない(河合)。1814年にエドマンド・キーンがシャイロックを悲劇の主人公として演じて以降、ユダヤの扱いが変わっていく(河合)。台詞は一字一句変わらない。演出次第で逆転し別の主張の芝居になりうる。この作品の寿命の長さ(松岡)
4.人を試す、愛情を試す芝居
 
人を試す、愛情を試すことの「苦さ」
5.ユダヤ教とキリスト教の違い
 旧約聖書、新約聖書
6.男装する女性ポーシャという大問題
7.男性性
8.勧善懲悪
 勧善懲悪をひっくり返す(河合)⇔勧善懲悪の形は崩さず、持てるものを注ぎ込む大きな器として使う(松岡)
9.稽古場で変えていくこと
 (河合は演出もする)たいていどの稽古場でも役者が立っていくうちに(翻訳も)変わる、翻訳家は現場主義。シェークスピアは特に、演出や演技で意味が変わる。楽しんでもらうのか、よりよくシェークスピアを理解するお客さんに診てもらうのか、考えるところ」、役者が発話し音になっていくこと(河合)

 この最後の河合の「楽しんでもらうか、理解してる人に見てもらうか」は非常に気になるところ。
 大変勉強になった、勉強会であった。松岡さん、河合さんありがとうございます。



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