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万博のリング設計者は「無駄遣い」批判をどう受け止めたか。会場デザインに込められた「1970年の継承」とは【開幕1年前企画・第2弾】

こんにちは。大阪社会部の木村直登きむら・なおとです。関西・大阪万博開幕1年前企画・第2弾(「建築家に聞くシリーズ」では第3弾)をお送りします。
 
今回登場するのは藤本壮介ふじもと・そうすけ氏。会場デザインプロデューサーであり、何かと話題に上る木造の巨大環状屋根「リング」の設計を監修しました。第2弾でインタビューした山本理顕やまもと・りけん氏が、万博への疑問や批判に対する説明責任を果たすように求めていた相手です。

藤本氏は能登半島地震発生後、X(旧ツイッター)でこのように発信していましたが、説明の場はこれまで主にX上に限られてきました。万博を取り巻く疑問にどのように答え、万博への理解をどのように広げようとしているのでしょうか。

※サムネイル内の「リング」画像は日本国際博覧会協会提供


多様性がつながり合う感覚

3月22日、藤本氏の建築設計事務所を訪ね、およそ2時間にわたってインタビューしました。長文になりますが、一問一答形式でお届けします。

藤本壮介氏=2024年3月

―会場デザインプロデューサーに就任した経緯を教えてください。
私が話をいただいたのは2020年春ごろです。責任重大なので、自分なりに万博の意義に納得しないと、受けられないと思いました。万博とはそもそも何か、万博プロデューサーの役割とは何かを勉強し、やりがいのある話だということで約1カ月後に引き受けました。
 
―どのような点に納得したのでしょうか。
情報化社会の中で最先端技術は万博以外の場面でもどんどん発表されています。そんな中でも世界の多くの国が1カ所に集まってきます。しかも気候、風土、食べ物、歴史、文化、音楽、服、自然が違う国々がそれぞれユニークなものを持ち寄り、6か月間一緒にいます。世界がダイレクトにコミュニケーションを取るのはこの機会しかないのではないか。新しいものを見に行くことが主な目的だった1970年大阪万博の時代と比べても、万博の意味合いは深まっています。日本と世界の若い人たちが未来を考える尊い場になる、そこに関わることは素晴らしいと心底納得しました。
 
―会場のコンセプトは、誘致決定段階では「非中心」「離散」と掲げられました。これについてはどう解釈しましたか。
トランプ米大統領の登場などによって、世界中で「分断」がますます激しくなっていました。世界が集まる万博がこの分断に対して、どういう立ち位置を取るかが重要だと感じました。
 
その意味で「非中心」「離散」はどこかに中心があるのではなく、それぞれの国や人が輝ける中心を持っているという意味で素晴らしい。ただ、それがバラバラになってしまうのではなく、たくさんの中心をつなげる方向性が良いのではないかと考えました。多様性がつながり合い、世界がつくられる感覚を実現したいです。

共通点は「丸い空」

万博を象徴するリングは「多様性とつながり」を表現すると藤本氏は言います。設計に込めた思いを聞くと、1970年とのつながりが見えてきました。

「リング」のイメージ(日本国際博覧会協会提供)

―リングはどのように設計しましたか。
まず、機能面を整理しました。会場の人工島・夢洲ゆめしまは護岸があり、そのままでは海が見えません。日差しや雨を防ぐ仕組みも必要です。大通りや中心広場だと人が集中してしまいます。分散してスムーズに巡れるルートとなると、円環になってきます。
 
機能と同時に、ぱっと見た時にメッセージとして世界中の人に何を受け取ってもらえるかをしっかり考えないといけません。最初はもう少し楕円形だったのですが、どんな文化圏の人もどんな年代の人も直感的に「世界がそこにある」と感じられる、シンプルな丸にたどり着きました。会場の主役はパビリオンで、デザインは「黒衣くろこ」ですが、黒衣なりに語るメッセージが大事です。屋根に上れば、海や瀬戸内の夕日、大阪の夜景も見られます。
 
プロデューサー就任後に夢洲に行った時、空が広くて感動しました。ここに今後、何が建ったとしてもこの空にはかなわないかもしれないと思うくらいでした。来場者にも空が世界をつないでいる、一つの空を世界中で共有している感覚を持ってほしい。「多様性とつながり」にもシンクロします。リングで、空が丸く切り取られるようになっています。

お祭り広場の大屋根から突き出る「太陽の塔」=1970年2月

1970年大阪万博で、太陽の塔は丹下健三さんの「大屋根」を突き破りました。下から見ると、丸いリングの向こうに空が見えていました。あの空は「未来」を象徴していた気がします。未来を見ていたのは太陽の塔ただ1人だった、とも言えます。今度はそれを世界中の人が共有します。大屋根の丸く切り取られた空を大きくして、大阪の地に戻す。70年万博を継承して、未来に受け継ぎます。

「はげ山」にはしない

―リングの整備には350億円かかります。「世界一高い日傘」「世界最大級の無駄遣い」という批判も起きました。
今回の会場整備費は、2005年の愛知万博をベースに規模の違いや物価の上昇を加味して積算されています。ロシアのウクライナ侵攻以降の物価上昇により、2023年に2350億円になりました。
 
リングだけが注目されますが、全体額がある程度決まっている中で、さまざまな機能を集約しています。メインの動線、展望台、ショーの観覧席、水辺に突き出している部分は会場内を循環するバスの動線にもなります。適正な金額を守りながら、創意工夫をして特徴あるものを造ろうとしています。
 
―プリツカー賞受賞が決まった山本理顕氏は、木材の調達先の環境を憂慮していました(※1)。

「リング」の建設現場=2023年11月

木材の使用量は約2万立方メートルです。日本全国の建築用製材生産量の1%に満たない量です。どこかをはげ山にしたり、アマゾンを伐採したりするわけではありません。伐採して、製材し、植林することで森を循環させます。健康な森を再生させるためにも、木材を利用することは重要です。日本でも常識になってほしいです。
 
全部は把握できていませんが、福島県の木材を使っています。原発事故があり、大変な状況の中で、地元の人も楽しみにしてくれています。強度の関係上、海外のオウシュウアカマツも使っています。

日本国際博覧会協会によると、国産材の使用比率は68%で、福島県、熊本県、鹿児島県など全国から調達。海外材は主にフィンランド、スウェーデンから

※1 山本理顕さんへのインタビューはこちらで読めます

―リング完成後、内側の工事の支障にならないのでしょうか。
世界に誇る日本のゼネコンが厳密な施工計画を作っています。ただ、一般の人からすると、大丈夫だろうかと思う気持ちも分かるので、丁寧に説明をしていきたいと思います。10カ所の出入り口が用意されていて、常に5カ所以上は使えるようにしています。
 
―取材で乗った大型バスがリングの下を通った際には徐行しなければなりませんでした。工事車両は渋滞しないでしょうか。
どんな現場も車両の行き来はそれほどスピードを出しません。常時、行き来するわけでもありません。一般の皆さんが心配してくれるのはありがたいですが、世界のトップゼネコンが手がけている現場です。どうぞ、安心して見守ってください。

リングなどの整備が進む万博会場=2023年11月

―SNS上では、手すりの強度を心配する声もあるようです。
基準にあった強度をきちんと保った上で、リングの上のいる人と下にいる人の視線のコミュニケーションができ、開放感があるようにデザインしています。写真では見えにくいですが、下はメッシュ構造になっていて、小さなお子さんが落ちることもありません。日本が誇るゼネコンが安全面をいい加減にすることは絶対にないので、安心していただければと思います。

見たことのない建築を楽しみに

藤本氏は「万博の意義」をどう考えているのか。エッセイ「地球の景色」を足掛かりに迫りました。

―2022年3月にドバイ万博を視察されました。エッセイに「未来とはなんと画一的でつまらないのだろうか、という失望」を感じたと書かれていたのが印象的でした。

ドバイ万博の会場=2021年10月

万博のリアルを体験するために行きました。さまざまな国が集まるということは本当に感動的だった。自分はなんて世界を知らないのだろうと。一方で、各パビリオンの最後の部屋は「この国の未来」という展示が多かったのですが、画一的な言葉が多く、もったいないなと思いました。だからと言って万博に意味がないわけではなく、むしろ、スマホの中にある見せかけの多様性は本当の多様性とは程遠いということが実感できる機会になっていました。
 
未来やテクノロジーに失望したのではなく、テクノロジーや情報社会の外側にある広がりの素晴らしさにこそ未来があるのではないかと思いました。

インタビューに答える藤本氏=2024年3月

―今回の万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」と矛盾しませんか。
両方が大事です。空飛ぶクルマや再生医療など、最先端のテクノロジーは各企業が万博を待たずにそれぞれのタイミングで発表しています。ですが、万博はその技術を現代社会に広げていくブーストになるという意味があります。
 
さらに、その背景にある世界の多様さ、各地域が何千年も積み重ねてきたもののポテンシャルはすさまじいと感じながら、最先端を見ると全然違ってくると思います。 
 
―ドバイ万博では建築における「実験」が「空回りしている」という指摘もありました。
これは、建築の専門的な話です。かつての建築は場所に関係なく、一つのアイデアやコンセプトが普遍性を持って世界に広がりました。しかし、20世紀の後半から、気候、風土、歴史など、その場所が持っている特徴と建築が分かち難く結び付いていると考えられるようになりました。

閉幕日を迎えたドバイ万博の会場=2022年3月

日本の夏をヨーロッパ的な建物で過ごすことは大変ですし、アフリカにはアフリカに適した素材があります。一方で万博は、夢洲もドバイも何もない場所にパビリオンを造ります。その場所ならではの建物を造るという考え方にはなりません。自由度が高く、建築家はさまざまなアイデアを試したがりますから、どこかに根ざした何かではない分、空回り感が出てしまうのです。そこでしか成り立たない何かがない、どこでやっても同じだけど、どこに持って行ってもしっくりこないというか。
 
ただ、一般の人がそれを気にする必要はなくて、むしろ、面白く、見たことのない建築を楽しみにしていただければと思います。
 
―今回の万博では、トイレや休憩所を設計する若手建築家が「未来のスタンダード」を造ると意気込んでいます(※2)。今の話を聞くと、彼らの挑戦の場として万博がふさわしいのか、疑問に思います。
 
パビリオン建築と違い、トイレや休憩所は、場所のコンテクスト(文脈)が希薄でも、用途としてのコンテクストがあり、人間の本質的な場所です。そういう意味ではやりがいがあります。万博の場で試したことが現実世界の公共空間のつくり方に影響を与える可能性はあると思います。

※2 トイレを設計した若手建築家のインタビューはこちらで読めます

賛否ある中で最善を尽くす

開幕まで1年に迫る中でも、万博は盛り上がりを欠いています。今後、情報をどう発信していくのか聞きました。

「リング」の模型と藤本氏=2024年3月

―万博はさまざまな批判にさらされています。
国家的プロジェクトで、しかもSNSが普及している現在において、相当な批判はあるだろうという覚悟はしていました。1970年大阪万博の時、岡本太郎さんは一般の人からだけではなく、アートの内部からも相当批判されたそうです。そうしたことを理解した上でプロデューサーを引き受けています。いろいろな意見は受け止めるしかありません。
 
―今後、記者会見も積極的にするべきではないですか。
説明することは意義深いと思っています。万博の誤解を解く意味で役に立つのであれば、ぜひ、やりたいですね。何を聞かれても、何ら大丈夫な覚悟はできています。
 
―1月末にX(旧ツイッター)で「説明をし尽くすことをやってみようと思う」と投稿していました。
徹底的に説明を尽くせば、少なくとも、納得いただける方には納得いただけると信じています。
 
―能登半島地震の発生後、万博はさらなる逆風にさらされています。
昨年、トークイベントのため、2泊3日で石川県珠洲市に行きました。(地震の発生に)本当にショックを受けました。何とか早く復興してほしいし、お手伝いしたい。それが大前提です。

倒壊したまま残る家屋=2024年3月、石川県珠洲市

一方で、万博との関係は1対1ではありません。万博をやめたり、延期したりしてもお金や人手が被災地の復興に回るものではありません。合理的に考えると、両方にしっかり取り組むことが一番良いのではないでしょうか。工事の種類が異なる今は、むしろ復興と共存できるし、共存すべきだと思います。万博を延期すれば、工事の種類が重なる可能性は高まります。
 
「2億円トイレ」を批判する気持ちも分からないでもないですが、東日本大震災当時の自粛ムードからは何も生まれませんでした。日本では「自粛は決して良いわけではない」ということが共有されたと思います。経済活動をしっかり回した上で被災地を応援することが必要です。
 
―万博の機運が低調なまま、間もなく開幕1年前を迎えます。
講演会で話をすると「万博に行きたくなりました」という感想をもらいます。草の根で説明を続けます。ファクトに基づいて丁寧に説明することが大事かなと思っています。
 
賛否がある中でも最善を尽くします。反対の人にも、実際に来場したら「やっぱり良かった」と言ってもらえるものを準備します。リングだけでなく、パビリオンが立ち並び、コンテンツが見えてくれば、素晴らしい万博になると思っています。

「丁寧な説明」とは

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

世間には、万博に対するさまざまな批判が渦巻いています。こんな状況にあっても開催する意義は果たしてあるのか。私たちは答えを探し続けています。

建築家に焦点を当てたシリーズを始めたのは、彼らこそ、万博に向き合い、そこで何を成し遂げようとしているかを語る言葉を持っているのではないか、と考えたからです。今回、取り上げた藤本壮介氏は、万博に関わる建築家の中でも「本丸」といっていい存在でした。

私が水を向けたから、ということもあると思いますが、藤本氏は取材中、「丁寧な説明」の重要性を繰り返し強調していました。万博に対する幅広い国民の理解を広げるため、ぜひ実現してほしいです。

夢洲での工事は、既に後戻りできない段階まで進んでいます。それでも、開幕まではあと1年あります。説明をすればその分、批判が起きるかもしれません。ですが、そうしたコミュニケーションこそ「丁寧な説明」の実現に必要なのではないでしょうか。これまでのように自身のX(旧ツイッター)を主な説明の場とするだけでなく、今回のインタビューのように一歩踏み込んで、言葉を尽くしてほしいと思います。

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