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アイドル

 負谷氏の出席する数人しかいない部署の朝会の時間は延びていた。
 アイドルと組織論やマーケティング論を結びつけて、話は盛り上がっている。
 口を開くのはSEVENTEENという韓国人アイドルグループの推し活をしている部長であり、入社の時は関ジャニ∞を推して全身オレンジに染め上げ、今はSnow Manというグループを推している行田さんである。その二人がいなければ、負谷氏は両グループの名前すら覚えていなかったという。
「男子二人はポカーンとしているけど、なんか喋りなさいよ。」
 部長に口を開くよう、催促する。
「うーん。アイドルといえば、TOKIOやV6で留まっていますからね。我々には誰が誰だか分かりません。」
石上さんを己と同一にして負谷氏は抗弁したが、石上さんは二十代であり、口を開かないのはただただ大人しいパーソナリティである。

 負谷氏が風呂に入ってスマホをいじっていると、昨年末の紅白歌合戦のYOASOBIの「アイドル」のショート動画が流れてきた。
 そういえば行田さんの推しているSnow Manはジャニーズアイドルというのでいないが、YOASOBIが「アイドル」を歌っていた場面でいろいろな日韓のアイドルがダンサーとして出てきた。その人々のことを、私はどれほど知っているのだろう。負谷氏はそう思った。

 NHKオンデマンドで「アイドル」を振り返って見ることにした。そのためだけに、負谷氏は「まるごと見放題パック」九百九十円をヤフー決済で支払い、視聴する。
 曲が始まり、しばらくは制服女子とネルシャツを着たオタクの集団が踊るといういささか類型的な演出の後に、真っ白い長身の四人組の男が出てきた。テロップに「SEVENTEEN」と書いてある。
 これが部長を沼に沈めているグループかと思った。その直後である。知っている、知っているぞ!乃木坂46が出てきた。歌は一曲も知らないが、グループ名は知っている。それどころか唯一顔と名前の一致する人もいるのだ。白石麻衣。負谷氏は興奮する。
 次にNiziUが出てくる。グループ名と「俺は東京生まれ、ヒップホップ育ち」の人の娘がいることしか知らない。センターにいる子が「悪そうな奴はだいたい友だち」な人の顔と何となく似ているので、この人なのだろう。
 NiziUがパスを回し、踊り始めたBE:FIRSTから名前も知らないグループが続く。NewJeans、J01かJO1、Stray Kids。欅坂46はグループ名のみ。LE SSERAFIM、MISAMOと更なる知らなさに、負谷氏は絶望する。

 負谷氏は子どもの頃からアイドルという人たちに興味がなかった。彼の少年時代のアイドルに近い存在といえば、野球をやっていないにも関わらず山本浩二であり、衣笠祥雄や北別府学。大野豊に津田恒実という広島東洋カープの無骨なプロ野球選手であった。
 それでも、光GENJIのメンバーの顔と名前は一致し、それはTOKIOやV6、かろうじて嵐までは把握していた。
 ただし、嵐で知っている曲はデビュー曲くらいであった。

 負谷氏はいまだに風呂に浸かっている。YouTubeに切り替えると「令和東京節」という曲がおすすめ動画として出てきた。
 志村けんの「パイのパイのパイ体操」の動画から、東京節(パイノパイパイ)という戦前の歌の動画を見たせいだろう。

そしてあくせく働く私たちは
せいぜい鳥貴族
でかいジョッキまだかいな
おかわりキャベツまだかいな

天元ふみ「令和東京節」

 アイドルではその心は動かない負谷氏はホロリとした。

サポートしてもらって飲む酒は美味いか。美味いです。