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春雷の轟き喧しい夜に


 深夜一時過ぎ。春雷の轟きがかまびすしい。
「数日前に古書店の店頭ワゴンでとんでもなく怖い写真集を見つけたんだよ」
 長い沈黙の後に彼が唐突にそんな話を持ち出してきた。
「写真集? 珍しいね、活字中毒の君が」
「そうだね。自分でも信じられない行動を」
「行動?」
「うん。気がついたら手に取ってたんだよ」
「……………」
「モノクロの、老人の顔のクローズアップ写真。毛穴まで見えちゃってんじゃないかぐらいのズームアップでさ。なにもかも見尽くした、もう見飽きたっていう疲れ果てたような眼でこっち見てるんだよ。表紙だけでも、凄く怖いだろ?」
「怖いというより、気持ち悪いかな。俺ならまず手に取らない」
「だよね。なのに目が離せなくなっちゃって、次の瞬間にはもう手に取って表紙捲ってたんだよ」
「怖いもの見たさってやつか」
「ページ開けた途端、さわっと鳥肌が立った。背筋にも寒気を感じた」
「ん?」
「集合写真どころじゃない。パスポートに貼られているような無表情な老若男女の顔写真が大判のページいっぱいに……」 
「ええーっ。それって意表を突くのが目的じゃないの? 興味持ってもらいたいために」
「そんな意図なんか考える余裕はなかった」
「で、どうしたの?」
「捲ってた」
「うーん、もう病気だね」
「恐らく。自覚はあるよ……。捲った見開きページの左右に若い男女の目だけのアップ写真」
「やっぱり。そんな企画なんだよ」
「まんまと乗せられちゃったってこと?」
「うん、多分」
「次のページも、さらに次のページも、老若男女の無表情な顔か目だけの写真」
「まさか、まさかだけど……」
「そう、お察しの通り。買ってきてしまった」
「お前って奴は、そういう妙な拘りというか、執着心あるよね」
「自分のそんな性質を検証し、克服したいという欲求の無意識な現われなのかもしれない」
 
 極度の視線恐怖症。他人と目を合わせられない。
 父親からは
「相手の目を見てしっかり話せ」
 母親からは
「人の話はちゃんと目を見て聞きなさい」
 職場の上司からは
「よそ見ばかりして人の話聞いてるんじゃない」
 キャパクラで付いてくれた女の子からは
「ちょっとあんた、どこ見てんのよ」
 と、言われることが多かった。
 要するに誰からも嫌悪され、忌み嫌われる性癖の持ち主だということ。
 そんな彼だから、これまでに友人と呼べるような存在は少ないというより、実際ひとりもいなかった……。

 ――ちょっと待ってよ。こんな深い話をしてくれている君はどうなの? 彼の親友じゃないのかい?
「私のこと?」
 ――そう。
「あはははは。だって私はね、彼が創り出した架空の話相手のひとりだもの」
 ――あっ、そっか。
「そういう意味では、こんなこと書いてるあんたもね」



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