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きょうかつの家#1「出戻り姉、倒れる」

姉、倒れる

知らせを受けたのは、久々の夫婦水入らず旅行の帰りの車中。
「もしもしキエちゃん?トモちゃんが倒れた!
脳梗塞…今まだ意識不明の状態なん。血圧ずっと高かったんよ…。どうしよう…。とにかく、こっち帰ってきてもらえるか?」
母の動転ぶりが、電話口から強く伝わってきた。

姉は5年ほど前に、3人の子供を抱えモラハラDV夫の元を離れ、実家へと出戻ってきていた。実家の援助があるとはいえ、まだ学生の子供を3人も、シングルマザーで育てていくことは大変だっただろう。自分で選んだ夫の愛情にも恵まれず、家を出る前にも相当苦労していたであろうことも、誰しも予測ができた。

楽しかった旅行の雰囲気から一転、母からの知らせに
「え!?誰が??何でおねぇちゃん?嘘でしょ??ちょっと…嘘でしょ??」
現実が受け入れられない。なぜ姉にばかり不幸が降り注ぐんだろう。
夫は、私の電話に出る声に、父に何かがあったのかと思ったようだった。

『何でお姉ちゃんなのよ?私が旅行なんかに行ってたせいなの?おねぇちゃん!うそでしょ?生きてよ!助かって!お願い!もう旅行なんて行かないから!お願い!』

最高に楽しかった旅行帰りの車中で知らせを受けた私は、訳のわからない罪悪感を持ちながら、文字通り、むせび泣いた。

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しばらく後で知った事だが、姉は実家で出戻り同居を両親に迫る際「老後も不安やろし、同居しといた方が何かと安心やろ?」と言っていたという。

最悪の足止め

旅行帰りの道中は、史上最大の台風が接近中というニュースが流れていた。
『なんなんだよ!こんな時に!な最悪だよ。
あんなにさっきまで楽しかったのに!楽しんだのが、いけなかったの?』

説明しようのない罪悪感と焦燥感の中、自宅へ着くと同時に、ひとりでまた、咽び泣き、ベッドにうつ伏せて眠ってしまった。
『何でお姉ちゃんなんだよ…』

「ティンコンティンコンティン、ティンコンティンコンティン」
けたたましい洪水警報の音で目が覚めた。
『姉が倒れたのは夢だったか?いや、現実だ。急いで姉の居る病院に行かなければ。』

昨夜、突然の悲報に混乱する中、急いで新幹線を予約したが、どうやら台風の影響で動かないらしい。
近くの川が大幅に水位上昇し、氾濫の可能性があるというニュースが流れてきた。自宅はハザードマップでギリギリ色が付くか付かないか、うっすらピンクの端のエリアだ。風はさほど激しくもなく、それよりも何よりも姉の事で頭がいっぱいで、電車が動かないことに苛立っていた。

「ティンコンティンコンティン、ティンコンティンコンティン」
頼んでもいないのに、スマホから続けざまに鳴り響く警報音。
不安と苛立ちを増幅させる。
「大雨特別警報です。数十年に一度の、これまでに経験したことのないような、重大な危険が差し迫った状況です。避難してください。」

『は?避難?どうしてこんな時に、こんな事になってるんだ…。最悪だよ。神様、うちの一家はそんなに悪いことして生きてきたんですかね?』
避難するよう鬼気迫ってくる警報アナウンスにも、そんな恨み言をぶつけたくもなった。

「避難した方がいい。準備しよ。」
夫がスマホニュースを見ながら話しかけてきた。
私は避難準備するような思考回路でいられなかった。

「避難するしかないか…」
行く当ても無くとりあえず車で上の方へ上って行った。
風は相変わらずさほど強烈な台風と思えるほどでもなかった。
『眠い。疲れた。でも、早く帰らなきゃ…。』
夫と2人で深夜のファミレスの駐車場で一夜を過ごした。

眠りにつくことなど出来ないまま、明け方になった。
辺りはすっかり静まり返っていたが、近くを流れる川の水位が未だかつてないほどに上昇していて怖かった。川沿いの堤防に上ると、水位が上昇し、まるで海のようになった川が月に照らされていた。
それは、不気味なほどに美しい景色だった。

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