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母が運転を辞めてくれたわけ

30代前半で免許を取得後は、通勤・旅行・買い物などで、50年間ほぼ毎日運転をしてきた母。運転がうまいと自負し、タクシー位しか行かないという、九州の平家落人伝説の土地(五家荘)も運転したことがあるのが自慢の母。私が1日に350km運転したと言えば、自分は1000km走ったとマウントを取る。

そんな母も83歳。今年は84歳になる年女。瞬時の判断力が衰えていると感じることもある。最近、自宅の車庫入れで車をぶつけたとの連絡があった。幸いなことに、本人に怪我はなく、車全損、カーポート半壊で済んだ。本人曰く「ブレーキが効かなかった」とのこと。どこかで聞いたような台詞である。そして、「そのままだとボイラーにぶつけて火災になる可能性もあるから、瞬時にギアをバックからドライブに入れ替えて、カーポートにぶつけて止めたの」だったとな。

心配性の妹は、これを機に運転を辞めてもらいたいと私に連絡をしてきた。私は、母が運転を辞めることは人間の尊厳に関わり、言うならば足をもがれるようなことだから、慎重に対応したいと考えていた。LINE上で口論となり、最終的には妹のヒステリックなメッセージを既読スルーするような険悪な状態に陥ったりもしたが、最終的には妹と一緒に帰省して、母も含め話し合うことになった。

車屋さんや保険屋さんの見立ては、「焦って、ブレーキとアクセルを踏み間違えた」。まあ、そんなことだろうとは想像していたが、本人がブレーキが効かなかったと思っているのは確か。

そんな中、妹から「カーポートの撤去及び修理に330万円かかるらしい」との連絡があった。いやいやいや!!! 庭先に柱突っ立てて、その上にトタン屋根付けたようなカーポートが330万円ってあり得へん! ボラれてるんちゃうか!!?

母に電話した。

「辞めることにしたわ」

「は?」

「車、辞めることにします。これ以上お金かけて車買うのもね~。いつかは辞めなきゃと思っていたし」

「え? お母さん、大丈夫? 落ち込んだりしない?」

「大丈夫よ。徒歩圏内にスーパーも薬局もあるし、生協にも入るから。どうせいつかは辞めるんだから」

「そう? だったら、私も妹も安心だけど…ところで、カーポートに330万円って高すぎると思うけど?」

「いつもの大工さん経由で見積もり頼んだから、信用できるはず」

「そうだとしても、高すぎるから、せめて相見積もり取った方が良いし、一旦ペンディングにすることは出来ない?」

母の頭の中で、何らかのアラームが鳴ったらしい。

「見積もり、持ってくるわね・・・・・あら、33万円だったわ」

「そうでしょ! それならあり得るわ」

「事故だの何だので疲れてたのね」

私としては拍子抜け。”人間の尊厳”ではなかったのだ。その後、妹とやり取りしたら、330万円が運転辞める後押しをしたらしく33万円と分かった時点でまた車への未練が復活してきたらしいと分かったが、「人間の尊厳じゃなくて、お金なんだ」と私は捉えたので、運転を辞めてもらう方向で動いていくことで妹と合意をした。

とは言っても、強制は嫌である。大人同士として母を尊重したい。本人に意思決定してもらいたい。

さあ、どうしたもんか?

色々シミュレーションしながら帰省した。

「体は大丈夫なの? むち打ち出てない?」

「体は大丈夫。しかし、ブレーキが効かないなんてフザケているわ」

「ブレーキ効かなかったのね。じゃあ、メーカー訴える? お母さんがやると言うならやるよ!」(踏み間違えたのはほぼ確かだと思ってはいるが、真っ向から論破しても仕方ない。本人がブレーキが効かなかったと思っているのは確かで、藪の中でしかない)

「いや、そこまでは。。。」

と歯切れが悪い。私の読みでは、何%かは自分に落ち度があったかもという不安があるようだ。それから続く文句を暫く聞き流していると、

「でも、私の友達も運転辞めた人増えてきたし」

「運転が出来るうちに辞めるのが、賢く知的な判断だと思うなあ」(賢い、知的は、母のプライドをくすぐるワード)

「そうね。そうよね」

ってな感じで、意思決定してくれました。

その後も何回か考えが行ったり来たりしたけれど、最終的には「いつかは辞めるんだから」と断念してくれました。

日常の買い物と通院、役所くらいしか出かけなくなっているし、タクシーも使えばいいし、旅行は旅行で公共の交通機関&タクシー(私が一緒の場合は私の運転)で行けるので、あまり実害はないのであるが、50年も当たり前のように使っていた車がない生活は暫くは少し寂しいだろうなあ。

ちなみに、車の保険がおりたので、その一部を使い、気にしていたシミをレーザーで消しました。それで少しは気分が晴れたようです。

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