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㊗️国立西洋美術館リニューアルオープン‼️インドも繋がるル=コルビュジエの建築作品

はじめに

こんばんナマステ💙🤍❤️Kyoskéこと暑寒煮切(あっさむにるぎり)だよっ⭐️

昨夜の #Clubhouse#インドの衝撃 ( #インド大学 )』を聴いていただいた方はありがとうございました❣️

早速、そこで話した #ルコルビュジエ についてテキスト化していきたいと思う。

ポッドキャスト版はこちら‼️(約35分)

35分の話をテキストにするの結構大変なんだけどね。

しかしながら明日から仏跡の話をしたいので、今日は一気にやっていくよ‼️

日から国立西洋美術館、世界遺産の価値が高まる⁉️

東京上野公園にある #国立西洋美術館 は2020年10月19日から館内施設整備のために休館していたんだけど、明日2022年4月9日にリニューアルオープンされる。

その工事用囲いの壁面には「世界遺産の価値を高める工事を行っています」と記載。これは一体どういうことなんだろーか。

ここで、国立西洋美術館の沿革について軽く述べてみる。

戦前に西洋の美術作品を集めた実業家松方幸次郎のコレクション( #松方コレクション )が第二次世界大戦により敵国資産としてフランスに接収されてしまう。

1951年のサンフランシスコ平和条約締結の際に吉田茂首相がフランスに松方コレクションの「返還」を要求したところ、フランスは松方コレクションを収蔵するための新美術館建設を条件に「寄贈」するとした。

ところが国はその建設費用を出すことができなかった。というか文部省が1億円を要求したところ大蔵省が500万円しか予算を割り当てなかった。

まだまだ発展途上国の日本では産業がすべて。文化芸術なんかにお金出せるか、と。今の日本もそうかもしれないけどね。

そこで実業家や芸術家の呼びかけで寄付金が集められ、文部省も頑張って5000万円までは増額させて、建設に漕ぎ着けることになった。

このような経緯からフランスへの忖度もあり、フランスの建築家ル=コルビュジエに設計を依頼することになった。

ル=コルビュジエは生涯唯一の来日で建設予定地を視察し設計案を発表、実施設計はル=コルビュジエの弟子である前川國男、坂倉準三、吉阪隆正が行った。

ル=コルビュジエは本館のほか付属棟と劇場ホールを設計したけど予算の関係で本館のみ建てられ、1959年にフランスから松方コレクション引き渡しが行われた上で開館。

付属棟は新館として(ル=コルビュジエ案の講堂や図書館はないけど)、劇場ホールは隣接する東京文化会館として弟子の前川國男がのちに実現させることになる。

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さて、国立西洋美術館は「 #無限に成長する美術館 」というコンセプトで建設されている。

原型は1929年にスイス・ジュネーヴ🇨🇭の国連中心施設としてル=コルビュジエが計画したムンダネウムにおけるピラミッド型を螺旋状に巡る世界認知の博物館と言われているけど、そこにまだ成長という概念はない。

1931年に書簡にてパリの現代美術館を提案した際に成長という概念が生まれ、1939年に正式にこのコンセプトが定義付けられた。

最初に中心に入り、角張った螺旋状に展示物を置いて外側へ進んでいく方式で、収蔵作品が増えれば増えるほど、美術館も外側へどんどん増築していくことで理論上はいくらでも増やすことができる。

このコンセプトで建設されたのは、国立西洋美術館のほかインド・アフマダーバード🇮🇳のサンスカル=ケンドラ美術館、

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インド・チャンディガール🇮🇳の市立美術館の3ヶ所で、

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すべて現在に至るまで外側に増築されたことはなく国立西洋美術館の新館は隣に別の建物を置いた。

理論上は無限に拡張できるけれども、土地を考えれば現実的ではない。国立西洋美術館を拡張したとして、上野駅は地下にできるかもしれないけど、上野動物園や不忍池を地下化するわけにはいかないよね😅

2016年には「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」としてコルビュジエの出身地スイス🇨🇭、主に活躍したフランス🇫🇷を中心に7ヶ国に跨る世界遺産として国立西洋美術館も含めて登録された。

アルゼンチン🇦🇷の物件も含まれ、現在唯一の大陸を跨ぐ世界遺産でもあるけれど、日本にとっては唯一他国と共有する世界遺産であり、東京唯一の世界遺産でもある。

東京都なら小笠原諸島も世界遺産だけど、都市としての「東京」には入らない。

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フランスのル=コルビュジエ財団が世界遺産登録を目指し建築物を有する各国に呼びかけ、6ヶ国が参加した。

文化遺産に推薦するためにはその国の文化財保護法制、日本でいえば重要文化財の指定を受ける必要があるが通常築50年の経過が必要になる。

そこでフランスからの要請を踏まえて当時48年目だった国立西洋美術館が特例として重要文化財に指定されることになり、そうした施策が実り世界遺産登録されることになる。

今回の国立西洋美術館リニューアル工事は防水施設の更新と同時に前庭を創建当時の姿に戻す工事。

世界遺産登録に際し前庭が本来の姿を失っていることをICOMOS(世界遺産候補のうち文化遺産について事前審査を行うNGO)から指摘されており、今回の世界遺産登録から4年後に応えることになった。

前庭にあった券売所を撤去し、上野公園との一体性や、右手にロダンの考える人、左手に同じくロダンのカレーの市民を鑑賞しながら本館に進むル=コルビュジエが構想した動線が復原される。

Curry🍛ぢゃねえよ、Calaisだよ‼️

まぁカレーの市民アルバもカレーの市民から採ったと思うんだよね。同じ金沢カレーのゴーゴーカレーは地元の英雄松井秀喜の背番号55から採ってるし。

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したがって今回のリニューアル工事は世界遺産の価値を高めるというよりは本来の価値を取り戻すということ。

東京駅もそうだけど、現在の日本における近代以降の建造物に対する価値観は効率性から本来の価値を問い直す方向へようやく向かいつつある。

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ル=コルビュジエとモダニズム建築

ル=コルビュジエことシャルル=エドゥアール=ジャヌレ=グリは

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1887年にスイスにおける時計産業の中心地ラ=ショー=ド=フォンに生まれ、父親も時計職人だった。

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本人も時計職人を養成する美術学校に通うも視力が著しく弱いことから他の道を模索。校長に才能を見出され、建築の道に進みつつ画家としても活動を始め、祖先から取ったル=コルビュジエを名乗るようになる。

ル=コルビュジエはフランク=ロイド=ライト🇺🇸、

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ミース=ファン=デル=ローエ🇩🇪→🇺🇸

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と並ぶ #モダニズム建築 の三大巨匠と呼ばれる。

#ModernArchitecture は伝統的な装飾付きの石造りの建物に対して、コンクリート、鉄、ガラスを用いて装飾のない機能性、合理性を重視した建築物。

直訳すれば #近代建築 だけど、日本の場合西洋から入ってきた建築自体をそう呼ぶため伝統的な石造りの建物も含まれてしまう。そのためモダニズム建築という和訳が別途用いられている。

なお、フランク=ロイド=ライトの建築作品は「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群」として2019年に世界遺産登録され、

将来の追加候補に兵庫県芦屋市🇯🇵の旧山邑邸(現ヨドコウ迎賓館)が含まれる。

芦屋にとっては、世界遺産になることによって「観光地」になることの是非が議論されている。高級住宅街だからね。

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フランク=ロイド=ライトの日本における作品としては帝国ホテルや自由学園明日館なども有名。

ミース=ファン=デル=ローエがチェコ🇨🇿に建てたブルノのトゥーゲントハット邸は2001に世界遺産になっており、三大巨匠の功績は世界的に認められているといえる。

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ル=コルビュジエの建築思想は鉄筋コンクリートを用い、装飾のない平らな壁面など合理性を重視したもの。

ただし画家でもある彼は創作性を否定せず、後期の作品であるロンシャンの礼拝堂(世界遺産)🇫🇷はそれまでの無機質な建築とは一線を画す創作度の高いものに仕上がっており、モダニズム建築の先をいくポストモダニズム建築の始まりを示唆していたという評価もされる。

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インスタ映えするスウィーツみたいな建物でしょ。国立西洋美術館とは全然違う。

ル=コルビュジエの建築思想を「無限に成長する美術館」以外にいくつか紹介してみる。基本、ロンシャンの礼拝堂が例外でほぼ「箱」。

「ドミノ=システム」は柱、床スラブ、階段のみで造られる建築で、それまでの伝統的建築に必須だった重厚な壁を取り払うことで自由度が増した。

ラテン語で家を意味するドムスを革新するという意味のフランス語イノヴァシオンと合わせ、ゲームのドミノに引っ掛けた造語。

ちなみにドミノはれっきとしたルールで倒すのはそこから派生した別ゲームよ。将棋と将棋倒しってのと同じ関係。

さらに白い箱型住宅「シトロアン」を構想、安価な車を大量生産したシトロエンに由来する。コルさん、ダジャレ好きでもあるんだね。

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これを構築する理論としてピロティ、屋上庭園、自由な設計図、水平連続窓、自由なファサードを「近代建築の五原則」と名付け、最も体現したのがサヴォア邸(世界遺産)🇫🇷。

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さらに垂直型集合住宅「ユニテ=ダヴィタシオン」に発展し、世界遺産にもなったマルセイユのものが特に著名。

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要するにマンション。

もっと進めて高層建築を建て周りは緑を残す方が効率がいいという「輝く都市」は実現しなかった現在の都市計画に影響を与えている。

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タワマンの周りって必ず緑を置くでしょ。豊洲とか晴海とか都内でも緑の多い街だと思うし。

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ここまでの話で現代の都市、特に日本にはル=コルビュジエが大きな影響を及ぼしているということがわかると思う。

本人の作品は国立西洋美術館のみだけど、ル=コルビュジエの弟子であり国立西洋美術館の実地設計を行った前川國男、坂倉準三、吉阪隆正をはじめ、前川の弟子の丹下健三、その門下には黒川紀章、磯崎新、槇文彦などがおり、その建築思想が引き継がれた。

プロ=ボクサーから独学で建築家になった安藤忠雄も立ち読みでル=コルビュジエを読み漁り、自分の犬にコルと名付けるなどル=コルビュジエの信奉者。

建築詳しくなくても知ってる名前ばかりだと思う彼らが日本の街を創ってきたことに加え、欧州のような古い石造建築がほぼなく、それを守ろうとする保守的な建築家との対立も希薄だったことが大きい。欧州では度々ル=コルビュジエやミース=ファン=デル=ローエ達モダニズム建築家の野心が砕かれている。

ただしこのような著名な建築家の作品と呼べるものの思想とはかけ離れた雑居ビルが日本の街の主役になってしまっているのも事実。技術だけがコピーされ、思想なきハコモノが蔓延してしまったんだ。

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かくして明日4月9日にリニューアルオープンする国立西洋美術館の最初の企画展はもちろんル=コルビュジエ。

ル=コルビュジエの後期における作品思想を垣間見ることができる絶好の機会であり、是非足を運んでほしい。

別に国立西洋美術館や大成建設から1円ももらってないよ💦

ル=コルビュジエの創った街チャンディガール🇮🇳

ル=コルビュジエは度々思想を具現化する都市を構想した。アルジェ🇩🇿やモンテヴィデオ🇺🇾といった新興都市に加え、パリ🇫🇷を改造するヴォアザン計画など。しかし実際に実現したのはインドの #チャンディガール 🇮🇳のみだった。

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チャンディガールはデリーの北約240km、パンジャーブ州とハリヤナ州の境目にあり、山を登ればヒマーチャル=プラーデシュ州も至近。

パンジャーブ地方に1951年に建造された新興都市で、その地にあった寒村に祀られていた女神チャンディーに由来する。

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-garhは砦を意味する地名接尾辞でインドの地名に多い。シュトゥトガルト🇩🇪の-gartなどと繋がっている。

前にこれで-pur系都市人口ランキングというのをやったことがあり、特に2位には意外な都市がきたけども、-garh系もやるかな。

現在インドとパキスタンに跨がるパンジャーブ地方の中心都市はムガール帝国の古都ラホールだったけど、分離独立によりパキスタン側に行ってしまった。

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そこで、新たなパンジャーブの中心都市として新興都市を造ることになった。

当初は別の建築家を呼んでいたけど死亡するなどを経てル=コルビュジエに引き継がれた。

なお、1966年にパンジャーブ州とハリヤナ州に分割され、チャンディガールは連邦直轄領になるけども両州の州都扱いでもある。パンジャーブ語を話すパンジャーブ州とヒンディー語を話すハリヤナ州に分けたということで、ハリヤナ州は設立の際新州都を建てる計画だったが今も実現していない。インドの埼玉的なデリーの後背地というイメージが強いよね。

チャンディガールは47のセクターに分かれ、1つのセクターは800m×1,200mとなっている。日本の街でいう丁目かな。

1つのセクター内で住む、働く、レジャー、マーケット、学校が徒歩で完結する。セクター同士を結ぶ車道はスピードによって7種類(のち自転車道を追加して8種類)に分かれ、歩道とは分離される。

だけども、クリティバ🇧🇷のような公共交通網を整備して車のいらない都市を目指す発想には至らないという点で、少し古いって感想も持ってしまう。実際オートリキシャが跋扈しているようで。

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三権を司るキャピトル=コンプレックス(議場、行政事務棟、高等裁判所)がセクター1に置かれてル=コルビュジエ自らが設計した。

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チャンディガールは50万人が居住できるよう設計されたけど、現在の人口はそれを上回るためセクターが増設されている。

都市の無尽蔵な拡大を防ぐべく1周16kmの緑地帯で囲んだけれども、それらが取り壊されている状況で、現在隣にもうひとつ街を造るニュー=チャンディガール計画も進んでいる。

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そしてインドで最も所得の高い街だけど、周りにはスラムも形成されている。

ル=コルビュジエの理想がどこまで体現しているのかは微妙な現実もあるけど、兎にも角にも唯一実現した都市なのは間違いない。

世界遺産登録されているのはセクター1にあるキャピトル=コンプレックスと開かれた手、影の塔、幾何学的な丘、殉教者のモニュメントという4つのモニュメント。

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セクター10には国立西洋美術館のきょうだいに当たる「無限に成長する美術館」のひとつ市立美術館、建築博物館、セクター18にはル=コルビュジエ=センターというコルビュジエ設計の建物がある。

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当初はこれらをすべて世界遺産登録する計画があったものの、一度インドが世界遺産登録推薦を辞退しており、インド国内における文化財保護法制が整備できなかったためと推察されている。

再度インドが登録推薦の枠組みに参加した際にセクター1の行政地区のみがノミネートされ、そのまま登録に至った。

インド唯一の他国と共同による世界遺産で、かつ日本とインドが共同する唯一の世界遺産。次はモディ首相が日本に来る番だと思うので、その時は国立西洋美術館や上野動物園の象🐘を見せて、その次は岸田首相がチャンディガールに訪れたらどうか。

セクター14のパンジャーブ大学内にはル=コルビュジエの従兄弟でありチャンディガールの建設を監理したピエール=ジャンヌレイ設計のガンディー=バワンが置かれ、

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セクター1のネック=チャンド=ロック=ガーデンはル=コルビュジエの建築と同等もしくはそれ以上のチャンディーガルのアイコンとなっている。

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チャンディガール造成に関わっていた道路検査員のネック=チャンドがチャンディガールの廃材を密かに集めて勝手に造ってしまった公園だけど、18年目にとうとうバレてしまう。

当初市当局は撤去を目論んだけど、市長がその価値を認め逆に肩書きと職員を与えた。ネック=チャンドは国の叙勲すら与えられ、今やタージ=マハールに次ぐ北インドの重要観光地とまで言われている。

チャンディガールはデリーから特急シャタブディ=エクスプレスで3時間強で航空便もある。夜も飛んでいるので羽田・成田を出たその日にチャンディガールに着ける。インドでこういう空港は意外と多くない。

ムンバイ、コルカタ、チェンナイなど国内主要都市やドバイからの航空便もある。ル=コルビュジエの建築作品があるもうひとつの都市アフマダーバードにも便があるためハシゴもしやすい。

シク教総本山アムリトサルを経てパキスタンへ向かう沢木耕太郎的なゴールデン=ルート上かつ、世界遺産カールカー=シムラー鉄道の始発駅カールカーにも近くシムラー、さらにはマナリなどの山間部へ行く拠点にもできる。

インドの北西部においてデリーに次ぐ拠点といえ交通の便はいいから行きやすい街といえる。

羽田や成田から行くのであれば是非上野に寄って国立西洋美術館を観てからチャンディガールへ行くとより一層楽しめると思う。

おわりに

国立西洋美術館のリニューアル=オープンを知った時から、それに合わせてやろうとしたテーマだったけど、いざ調べてみると想像以上に現代社会においてル=コルビュジエの影響が大きくとても楽しかった💫

なので、日本にチャンディガールのような都市はできなかったのかと夢想してしまう。

千里や多摩をはじめとしたニュー=タウンは都心への通勤に特化してそこで働いたり学べたり遊べたりすることはあまり考えられなかった。

つくばが一番近いのだろうけど文化・芸術的な匂いがしないのよね。最近流行りのスマート=シティ的なやつもさ。

今後可能性があるとしたら道州制かそうならなくとも、都道府県が再編する過程で新興都市を目指すような場合くらいじゃないかな。例えば四国4県がひとつになり、その中心都市を川之江あたりに創るとかさ。今治で育ち四国に多くの作品を残した丹下健三が生きてるうちにやりたかったよね。

我々はもっと建築や都市に夢を見て哲学を持つべきだと思う。特に日本は木と紙でできた家屋の保存性が低かったことから、そういう意識が希薄なのではないかな。

モダニズム建築は日本の文化と合わないという批判もあるし、それも踏まえてあるべき姿を考えていく必要があると思う。例えばなぜ、市長選にはあるべき街の姿を問う候補者がいないのか。そこがまず貧しい。

さてと、明日は国立西洋美術館のリニューアル=オープンとともに楽しい❓花祭りだよっ✨

だからインドの仏跡について書いちゃうよっ✨

それじゃあバイバイナマステ💙🤍❤️暑寒煮切でしたっ✨




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