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遠くの水 樋口泰人さんのレビュー

杉田協士『遠くの水』

冒頭から2番目のシークエンス。トンネルの中を走る列車の車内のシーン。しばらくすると列車がトンネルから抜け車内に光が入り込み、車窓外の風景が見え、それに伴い車内の光が変わり、そして更に窓外の景色が変わる。光が目の前で変化していくのを実感してにこっとした瞬間、次のシークエンスへと、世界がすっと変わる。背筋が伸びる。始まって数分も経たないうちに、電車、飛行機、モノレールが登場して、大勢の登場人物たちの抱えている時間の旅へと同乗させられてしまう。耳掃除をする女とされる男の物語を夢想し、普通の市民プールらしきところで熱心に泳ぐ女の筋の通ったクロールの泳ぎの、しかし左右の腕が水をかく、そのときの律儀なまでの音の違いに耳を澄ました。右利きの音だった。その音が生まれるまでの彼女の物語が、水面に浮かんだ。あるいは3つのカットによって構成された夜の路上でのダンスシーンは、3コードで他愛無いラヴソングを歌うことで、しかしそこに世界のすべてを詰め込んでしまう、極上のロックンロールバンドを思わせた。ロングショットとミディアムショットとクローズアップだけで、映画は出来る。このシーンも3分くらいではなかったか。

(2014年11月7日発行の「boidマガジン」に掲載)


樋口泰人(ひぐち・やすひと)

boid代表。映画評論家、音楽ロック評論家。爆音映画祭・爆音上映企画ディレクター。著書に『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、『映画は爆音でささやく 99-09』(boid)などがある。現在、boidより刊行の『サミュエル・フラー自伝 わたしはいかに書き、闘い、映画をつくってきたか』を記念した「サミュエル・フラー連続上映!」が全国展開中。2016年4月にはフランシス・フォード・コッポラ監督『地獄の黙示録〈劇場公開版・デジタルリマスター〉』の全国公開を控えている。

サミュエル・フラー連続上映! 公式サイト

地獄の黙示録〈劇場公開版・デジタルリマスター〉公式サイト 

boidサイト


遠くの水 予告編

(写真:鈴木理絵)


第8回ちば映画祭 杉田協士監督特集① “出会いと別れと再会の可能性をめぐる歌“


上映作品 『カモメ』、『河の恋人』、『遠くの水』

3月20日(日)13時50分から 当日料金1000円

千葉市生涯学習センターにて(千葉市中央区弁天3丁目7−7 JR千葉駅から徒歩8分)

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