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アメリカの出版業界のめまぐるしい変遷と、それが文学に与えた影響とは?

Big Fiction:
How Conglomeration Changed the Publishing Industry and American Literature

「ビッグ・フィクション:コングロマリットはいかに出版業界とアメリカ文学界を変えたか」
Dan Sinykin
October 2023 (Columbia University Press)

今回は、この本の紹介文をまずは見ていこう。

In the late 1950s, Random House editor Jason Epstein would talk jazz with Ralph Ellison or chat with Andy Warhol while pouring drinks in his office. By the 1970s, editors were poring over profit-and-loss statements. The electronics company RCA bought Random House in 1965, and then other large corporations purchased other formerly independent publishers. As multinational conglomerates consolidated the industry, the business of literature—and literature itself—transformed.

1950年代後半、ランダムハウスの編集者(のちに編集長)ジェイソン・エプスタインは、オフィスでラルフ・エリスン(『見えない人間』などの著作がある小説家)とジャズの話をしたり、お酒を酌み交わしながらアンディ・ウォーホルと世間話をしたりしていたものだ。しかし1970年代には、編集者はオフィスでもっぱら損益計算書を読みふけるようになる。1965年にエレクトロニクス事業を展開するRCA社がランダムハウスを買収すると、ほかの大企業も次々と独立系出版社を買収するようになった。多国籍コングロマリットが業界を合併・統合していくにつれ、文学業界は、そして文学自体も、変容していった。

そうなのだ。
古き良き時代は去った。

編集者が、ウイスキー片手に作家と談笑してればもうかったなんて牧歌的な時代はもう過去のもの。

いまや出版業もビジネス。もうかってなんぼ。

上の紹介文だと1970年代にはすでに他業種が出版業界に乗りこんできて、買収・合併をはじめていたことになる。

そしてその傾向はどんどん加速化し、1990年代から2000年代をピークに、いまも続いている。

前にも書いたけど、テイラー・アンド・フランシス(Taylor & Francis Group、以下T&F)というイギリスの出版社は、独立系出版社をつぎつぎに買収・合併して大きくなった。



日本にはあまりなじみがないが、海外の出版社は、だいたいその下にインプリント(imprint)という独自のブランドのようなものを持っている。
日本の出版社でいちばん近いところで説明すると、「講談社ブルーバックス」だろうか。
講談社が出している一般向けの科学書の新書シリーズだ。1963年創刊だから、見たことのある人も多いだろう。

インプリントは、おもに分野別にわけられることが多いが、元々独立系の出版社だったところを買収して、インプリントにその名前を残すところも多い。たとえばT&Fでいうと、ラウトレッジ(Routledge)というインプリントは、人文・社会科学の学術書を刊行している。CRCプレス(CRC Press)というインプリントは、科学・工学・医学系の学術書を刊行している。どちらも、もともとは独立系出版社だったのが、T&Fに買収されてインプリントになった。

ラウトレッジやCRCプレスはまだインプリントとして名前が残っているからいい。もっと規模の小さい出版社は、T&Fに買収された後は、改訂の際に、ラウトレッジかCRCプレスというインプリントに変わり、もとの出版社名は残らない。

それに、T&Fだってそのうえにインフォーマ(Informa)という親会社がある。こちらはビジネスインテリジェンス事業やらなにやらいろいろやってる多国籍企業らしい。つまり、T&Fだってインフォーマという巨大企業のなかの、学術出版業という一事業でしかないというわけだ。

T&Fはイギリスの出版社だが、事情はアメリカだって似たようなもの。いろんなところがくっつきあってわけがわからない。

一番大きいペンギンランダムハウス(Penguin Random House)だって、イギリスの大手ペンギンと、アメリカの大手ランダムハウスが2012年に合併してできた出版社だが、親会社はそれぞれ違う。ペンギンは、イギリスのピアソン(Pearson)が親会社、ランダムハウスはドイツのベルテルスマン(Bertelsmann)が親会社で、両方の親会社の意向で合併した。でもユニークなのは、合併後もそれぞれが独立した編集体制を維持して事業を運営している点だ。

ペンギンランダムハウスのアジアのエージェントは2人いて、ペンギン担当とランダムハウス担当にわかれて活動している。

ピアソンもベルテルスマンも、出版のほかに放送、新聞、映画、インターネットなどさまざまなメディア関係の事業を傘下に置くメディア・コングロマリット。

もうねー、こうなると日本の洋書業界なんていう小さい世界のその末端にいるような人間には、お手上げですよ。

買収やら合併やらで目まぐるしく表れては消えていったあまたの出版社には、それぞれに物語があるだろう。でもここでそのすべてを語ることは、もちろん不可能だ。
ここでは、私が覚えているある出版社のことを、少しだけ書いてみたい。

こんな出版社もあったんだよ、と言いたい。

ジョン・マレー(John Murray)という出版社は、私がこの業界に入ったころはまだ独立の出版社として存在していた。一般書と学術書のあいだのような、ちょっとやわらかめの人文・社会科学系学術書や、小説なんかを出版していたように記憶している。すでにぱっとしない小出版社といった感じだった。

ところがジョン・マレーは、知る人ぞ知る伝統ある出版社だったのだ。

ジョン・マレーは、1768年に創業したイギリスの出版社で、バイロンの『チャイルド・ハロルドの巡礼』や『ドン・ジュアン』、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』、ジェイン・オースティンの『エマ』、アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』などを出版した老舗の文芸出版社だ。
そのほかにも、はじめて一般大衆向けの料理本を出したり、はじめてトラベルガイドを出したり、はじめてのテレビ番組と提携した本を出したりと、「業界初」に果敢に取り組んだ出版社でもあった。

しかし栄枯盛衰。諸行無常。

2002年にホダー・ヘッドライン(Hodder Headline)に買収され、ホダー自体が2004年にはラガルデール(Lagardère Publishing)というフランスの出版社に買収され、今はラガルデールが吸収合併したアシェット(Hachette)のインプリントとして名を残すのみ。


で、今回紹介する本である。

本書では、このようなコングロマリットによる吸収合併を繰り返してきたアメリカ出版業界で、文芸書はどのような影響を受けてきたのかを考察しているというのだ。

出版業界がビジネスライクに変わってしまったことで、出される本も変わってきたってことでしょ。それってちょっとヤバいんじゃないの?いや、だいぶヤバいんじゃないの??

でも、紹介文を読むと、悪い話ばかりでもなさそうなのだ。文学を市場の圧力から守ろうとする非営利団体のことや、従業員がオーナーである出版社W.W. Nortonのことなど、そういう話はささやかながらも希望が持てそうではないか。

どういうふうに変わってきたかは、良いも悪いも含めて知っておいたほうがいいと思うけど、この業界で「いい本」を出そうとひたむきに働き続けている人たちのためにも、お金もうけだけではない話が聞きたいけど、どうなんだろうか。

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