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【レポート】アート×ビジネス共創拠点「器」キックオフミーティング (2023/8/8開催)

京都市ではコロナ禍による観光収入の減少に加え、折からの財政ひっ迫に伴い、文化施設でも指定管理料の見直しや、施設利用料の引き上げなどに取り組んできた。市動物園や二条城などの入場料のほか、若手演劇人も使用する市民活動センター(市内13ヶ所)などを含む138施設で利用料を2022年度から値上げした。こうした状況下で、2021年度から「京都アート・エコシステム推進事業」を実施している。
同事業は次の3つからなる(参考:令和4年度京都市予算案事業概要[文化市民局]  p.20)。1つはコロナ禍をきっかけにした文化芸術活動の支援に関する寄付制度の設立と拡充で、基金として「Arts Aid Kyoto」の設置やポータルサイト「Kyoto Art Donation」の運営を行なっている。2つ目はアート市場活性化事業で、若手芸術家の作品とアート市場をつなぐ取組等を進める。京都市京セラ美術館で実施された「ザ・トライアングルのためのチャリティ・アートオークション」で6000万円を超える落札があったことは記憶に新しい。
そして3つ目が、本記事で取り上げるもので、京都芸術センター(以下、芸術センター)で芸術家と起業家のマッチングや、アートとビジネスの接点を探るセミナーを開催する、アート×ビジネス推進事業である。

前置きが長くなったが、今回の「アート×ビジネス共創拠点『器』キックオフミーティング」は、こうした経緯を背景としている。
第一部はトークセッション「muiボードと空気の研究」だ。アーティストの三原聡一郎と、muiLab株式会社の廣部延安が、それぞれの経験をもとにコラボレーションの可能性について語った。第二部の交流会「器(うつわ)の会」では、飲食の提供とともに、京都芸術センターの制作室を使用するアーティストや企業だけでなく、関係するアーティストや芸術文化団体、約100名の参加者が交流を行った。また、合計24団体が3分間で、それぞれの活動を紹介するスピーチを行った。本稿は、本イベントの様子を、第一部を中心にレポートする。

冒頭では、京都市文化市民局文化芸術都市推進室長の平賀徹也氏より挨拶があり、文化芸術基本法の前文や今日の世界情勢をふまえ、多様な人々の交流の意義について述べた。続いて担当課の京都市文化芸術企画課課長の牧澤憲氏より、今回の事業についての紹介があった。「行政では通常、何件という目標を掲げますが、今回はあえて設けず、自由で自然なマッチングを期待しています」とし、アーティストの自由な発想と企業による社会への還元への期待を強調した。モデレーターは、今年度から京都芸術センター副館長に就任した山本麻友美が行った。

アーティストの三原聡一郎muiLab株式会社クリエイティブディレクターの廣部延安が登壇したのは、両者がすでにコラボレーションを行なったためだ。2022年1月29日(土)〜2月13日(日)にかけて京都市京セラ美術館で開催された「KYOTO STEAM2022 国際アートコンペティション」で、三原聡一郎×mui Lab 株式会社として《空気の研究》を発表した。当時のコラボレーションをふまえてトークが進行した。

撮影:奥祐司

本作ついて三原は、コロナ禍で人から離れて深呼吸した際に嗅覚が敏感になり場所の匂いを感じるようになったエピソードを紹介。遠くの土地をイメージできるものがいいと思い、香りを扱ったインスタレーションを構想したという。
本作は、テクノロジーを使用した、体験型のインスタレーション作品である。円形のカーテンで覆われた空間の中央に、椅子が置かれている。鑑賞者はmui ボードを膝の上に乗せて椅子に座る。椅子はゆっくりと回転することができ、鑑賞者はmui ボードはコンパスのように用い、任意の方向にむける。するとその方角に存在する都市のライブカメラによる光景を映し出され、その都市を彷彿とさせる色や気流、香りが演出されるのである(参考:

muiボードとは、廣部がクリエイティブディレクターを務めるmui Lab 株式会社の製品である。天然木を素材としたデジタル機器であり、天気やカレンダーのほか、IoT機器のコントロールなどにも使用できるデバイスだ。
同社はもともと(株)NISSHAの新規事業として立ち上がったチームが独立したもので、暮らしの中で人に寄り添うテクノロジーを掲げた製品を製造販売している。廣部は自らの経験について触れ、「家族団欒の時間がデジタルテクノロジーと、ここにいない人のために侵食されてしまっていること」への違和感に気がついた。そこでmuiでは「人の時間を奪い過ぎない」ことを目指しているという。こうした効率性や即時性が第一義ではない技術のあり方を「Calm Technology(カーム・テクノロジー)」というが、同社は製品を通じて社会に実装している。

そんな両者によるコラボレーションはどのようなものだったのだろうか。廣部と三原は次の様に振り返る。

廣部:初期段階で非常によかったのは、三原さんにオフィスに来ていただいて、作品のコンセプトや手法を説明してくれたことです。座談会も兼ねた社内向けのワークショップを通じ、方法や彼がやりたいことを共有してくれたことで、プロジェクトの方向性をチームで理解することができました。

三原:この最初のプレゼンで、ポカンとせずに聞いてくれましたね。私はある世界観を実現したい!というタイプではなく、完成形を作らずに手を動かし始めるタイプ。ある現象や面白い機構を弄って動かしていく。こういう目的で、この様にmuiボードを使えないか、というご提案をする形でお話ししたところ、製品の範疇を超えて対応してくれました。

異業種のコラボレーションの端緒において、方向性を共有することは、今回のようなプロジェクトに関わらず必要だ。三原氏の創作の意欲が廣部氏をはじめmui Labに大きな共感を産んだことがわかる。また今回のコラボレーションは既存の製品「muiボード」をどのように作品に落とし込むかが焦点だったようだ。

三原:(muiボードは)通常壁に掛かっている製品ですが、膝に乗せた重さがとても良かったんです。そこで最適なケースを作っていただいたり、展示に堪えられるよう、最低6時間保つバッテリーを入れていただいたりしました。我ながら無茶振りでしたが、快く対応してもらえてありがたかったです。
廣部:「作品体験の最初に鑑賞者の意識を切り替えるためにmuiボードを使えないか」と提案があったのはすごく良かったです。特にケースは、内容物(バッテリー)を収用可能で、かつ形を保持できるように職人の方が超絶技巧でやってくださって、結果として展示に耐えられる美しいものになりました。

順調に見えるコラボレーションだが、困難な点はなかったのだろうか。また、どのような点が改善すればよかったのか。

三原:やっているときは楽しかったですが、途中非常にしんどかったです。椅子からカーテンから、電気の機構から全て作りましたから。やりとりをしてくれる人、プロジェクトマネージメントの人が1人いればすごく変わったのではないかと思いました。完全に1人だったので、多忙の中、テストをして、ハードを調整しながら、同時に連絡報告をしていたのが大変でしたね。

廣部:私たちの方は三原さんのやり取りで大変だったことはないですね。個人ではなくチームなので。課題を共有して、エンジニアに指示をして、という感じでした。(プロジェクトの)舵取りは三原さんがやって下さっていたので、それに合わせていました。

三原:誰かにコミュニケーションの部分を任せられれば、僕は作品に集中できるので、今回の事業でマッチングの後で、プロジェクトを見守る人がいたら面白いと思います。

三原にとって、連絡調整や進行管理とクリエーションの両方を担っていたのが大きな負担だったようだ。全体のキュレーションやマネジメントを担う事務局側の状況について、当時担当の一人だった山本は次のように語る。

山本:コーディネートをする側も複数のプロジェクトを同時並行で進めていたので、各プロジェクトの進捗をあまり丁寧に見られなかったという反省があります。また(企業とアーティストの)組み合わせによっては、北海道と関西など互いの拠点が離れていて、コミュニケーションの取り方・頻度等もそれぞれ工夫されていました。他にも企業の方は、アーティストとのコラボレーションを始めるにあたって、社内向けの説明資料やコンセンサス作りが大変だったとも聞いています。

芸術祭のような一時的なプロジェクトでは、コーディネーターやマネージャーといった伴走する存在が特に重要だ。事務作業はもとより、クリエーションの一端までを担う場合もある。だが一方でそうした職能を持つ人材は慢性的に不足しているのが業界の常だ *注  。

                 *注:一方で恒常的に芸術祭やプロジェクトがあるわけではないため、コーディネーターが無期雇用される機会は多くない。

また今回のコラボレーションは、三原からの提案をmuiLabがどのように受け止めるか、という形で行われた。三原は自身が語るように、随時プロトタイピングし軌道修正を行うタイプのクリエーションを行う。そのため全体の青写真は共有できても、細部までは難しく、結果的に属人的になってしまったのではないか。筆者はそのように考える。

最後に今回のコラボレーションの成果や、今後の「器」の事業への期待すること等について両者のコメントを紹介したい。

廣部:企業もリサーチはしていますが、アーティストの超超個人的な、とがった興味には企業は進めません。そういう姿勢を知れたことが(今回のコラボレーションの)学びでした。つくりながら考える、少し先の未来を見据えるということを感じられたことが良かったです。アーティストのアイディアを社内に入れる、アートとの付き合い方を面白がることは今後も必要かと思います。
また今後の「器」の事業については、私は今日のような場が大事だと思います。社外の人と交流して、言語化できてないところを対話によって気付きあうような、例えばここで技術交流会など、やれると良いのかなと思います。

三原:今回のコラボレーションでラッキーだったのは距離が近かったことですね。僕は京都芸術センターの制作室、muiLabさんは夷川だったので、直接会わなくても協働で作業しているという感じでした。
僕は何かがあると「これ何かに使えないかな」と考えるんですが、今はインターネットで調べるだけになってしまいがち。もし専門家が京都芸術センターにいて、その関心についてふらっと聞けるというのはすごくいいと思います。それが直接役に立つ、立たないは別として、何か面白いことがありそうというのが知られれば、アートじゃなくても、ビジネスでなくても、人は自然と集まると思います。

自身のクリエーションの悩みが解決するような交流の機会や、相談が気軽にできる距離の近さ、また専門家の存在が重視されていることがわかる。自治体と企業など異なる主体の協働や、芸術文化の資源や知識・人材などの横断的な交流から新たな創造が産まれるということは、創造都市論などでも説明されている。
ただし目にみえる成果は自然発生では産まれない。どのように伴走するか、あるいは何を成果とみなすかの指標が重要だろう。日常的なコミュニケーションから何が産まれたのか、定性的なデータを積み重ねることができれば、他に例のない優れた共創事業となるだろう。今後の動きに期待したい。


執筆者プロフィール


𠮷峰拡(よしみね・ひろむ)
1991年奈良県生まれ。金沢美術工芸大学卒、九州大学大学院芸術工学府修了。竹田市総合文化ホール、京都芸術センターの勤務を経て、現在、京都市京セラ美術館アシスタントキュレーター。これまで担当した主な展覧会は「ホー・ツーニェン ヴォイス・オブ・ヴォイド—虚無の声(YCAMとのコラボレーション)」、「國盛麻衣佳・Olectronica 記憶への手つき Handshake with Memory」、ザ・トライアングル「山本雄教:仮想の換金 (priceless museum)」など。 


キックオフミーティングの様子はこちら(動画撮影:奥祐司)


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