見出し画像

【レポート】〈器〉トークイベント|「名もなきケアを引き受けているすべての人へ 」(2023/9/9開催)

「ケア」という言葉を聞いたとき、どのようなイメージが思い浮かぶだろう?医療や福祉などの専門的な行為や職業だろうか?

トークイベントはこのように始まった。

「子育てや、親や兄弟の介護、職場での新人への指導や世話、同級生や同僚に調子の悪い人がいれば環境を改善するなど、色々なかたちで全ての人が日常的に「ケア」を行っています。ただ、みんなが平等にケアをしているわけではありません。ケアを担当しがちな人、例えば、女性、若い人。ケアの分配には偏りがあります。社会的な問題でもありますが、気がつく人がケアをするという点もあります。問題に鈍感な人は気づかない。気づきやすい人がケアをする確率が高いのです。」

自分もケアをしている/されている、と思い当たることがあったのではないだろうか。
今回のトークでは、ケアをしている人に対して伝えたいことに焦点が当てられた。スライドからいくつかを紹介する。

【ケアをしている人】
・ケアをしている人にとっても、ケアについて語ること、ケアしていることで心と身体双方に起きる感情、思考、行動(あるいは症状)の様々な変化を語ること、そのための相手や場所が必要。
・ケアが必要な人はもちろん、ケアをしている人も必要なときには助けを求めてください。
・また、ケアをしている人のケアが必要だけれど相手がいないとき、話せる人がいる場所から離れているときに、どのように対処したら良いのかを知ってください。
・ケアをする人が一時的な退避所を探さなければならないこともあります。
・ケアから退避することは、相手を見捨てることではありません。

【ケアをしている人の助けになること】
・メンタルヘルスに関する実際的な知識
・心のシステムに関する知識
・トラウマに関する誤解のない知識
・トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)の講習と訓練
・こうした知識や訓練は、ケアをする人とケアを受ける人との間にバウンダリー(自他境界)を引くことの助けになる。

西原「なぜこういったことを学んだ方が良いのか、ケアをする側にとっても自分の安全に役に立つことだからなんです。ケアする側が、罪の意識を感じたり、自分の責任の重さを感じたり、ネガティブな思考に入ることがあるんですが、こういった知識があるとケアをする人とケアを受ける人との間にバウンダリー(自他境界)を引くことの助けになります。」

【ウィークスの不安に対処する4原則】
1. 直面する
2. 受け入れる
3. 浮かんで通りすぎる
4. 時が経つのを待つ

医師のクレア・ウィークスによれば、心の病(神経症)は筋肉、感情、頭脳、魂の疲労が重なった時に出現するという。

西原「心理カウンセリングでよく言うのは、過去のことを考えると後悔したり落ち込んでしまったりする、未来のことを考えると不安になる。でも現在はどちらもない。現在に集中して不安をやり過ごす、というのも大事な考え方だと思います。」

最後のスライドは、西原さんが特に強調したいことだという。

【ケアをする自分を労る】
・安全な場所とリラクゼーション:どこにいるとリラックスしますか?その場所は現実、それとも想像上?そこでは、ひとり?それとも誰かが一緒ですか?その場所にともなった記憶がありますか?その場所で何がしたいですか?
・感情を適切に処理する一定の時間とやり方
・セルフケア:手段=道具を増やしていく→自分でやり方を育てる
・身体をいたわり、整える
・認知療法、アートセラピー(表現、無意識のプロセス、問題を浮上させる)、問題整理(書き出す、マインドマップ、日記、夢)
・運動とマインドフルネス
・自分への無条件の労いの言葉

セルフケアの例として挙げられたのは、お風呂にゆっくり入る、電話をする、美味しいものを食べる、料理をする、散歩をするなど。リストにして目に入るところに貼っておくのがおすすめとのこと。

撮影:須賀亮平(本記事における写真すべて)

トークに続いてドラマセラピーのワークが行われた。ドラマセラピーとは、ドラマや演劇のプロセスを用いる芸術療法である。

まずは配布された白紙に次の二点を一人で書いた。

・誰に?
・気がついて欲しかったこと/して欲しかったこと

状況は、自分の身の周りでも、家庭でも職場でもよく、最近のことでも昔のことでもいい。
会場には、すぐに書ける人もいれば、悩みながら書く人、どうしても書けない人がいた。
次に、戯曲の抜粋のような、あるセリフが書かれた紙が配布された。下記のようなト書きから始まる。

二人、思い思いの姿勢で向かい合う。二人は共通して直面している生活上の問題について話し合っているところ。
A でも、本当はあのとき(        )だったって気がついて欲しかった。
(        )して欲しかった。
B なんで、そのとき言わなかったの?
A 何で言わないと分からないの?
(後略)

その後、参加者で二人一組になり、先ほど書いた言葉を相手と交換し、空白部分をその言葉で埋めてロールプレイを行う。
知人とペアになっている人もいたが、筆者は初めて会った名前も知らない相手から、その時の状況とともに言葉を託された。自分の言葉ではなく、他者のセリフを声に出し、自分が書いた言葉を相手が口にする。そしてそれを聞く経験をする。それは、いつか言えるようにセリフの稽古をしているようでもあった。

西原さんからは「自分ではない誰かのセリフを言うことで自分の気持ちが解消されることもある。セリフを借りて、自分の感情を動かす、あるいは他の人のセリフを音で聞くことで、気持ちを直接理解することができる。」と説明があった。

第二部の交流会では、参加者たちはタコスとドリンクを手に、ワークでペアになった相手や、他の参加者たちと互いに声を交わしていた。その様子はピア・グループの始まりのように思えた。

その様子を眺めながら、芸術関係者と企業等との交流やマッチングの機会を提供する事業「アート×ビジネス共創拠点 〈器〉」について考えていた。そして、ふと、第一部のトークで紹介された「ケアの4つの局面」を思い出した。ケアの4つの局面とは、フェミニズム政治理論を専門とするジョアン・C・トロントの著書『ケアをするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ』(白澤社、2020年)に書かれている「関心を向けること」「配慮すること」「ケアを提供すること」「ケアを受け取ること」である。
その際に、この〈器〉は、芸術関係者と企業が互いに関心を向けるケアの局面かもしれないと気づいた。そして、いつか、この器の中で混ざったり、器になったり、器になってもらったり、その器を誰かに手渡したりすることを想像した。仕事をすることは他者とのケア実践的な関係である。

なお、この4つの局面はケア実践のあり方にそって民主主義を再想像するための出発点として考えられたものである。(前掲、p. 26)
今回は時間の都合もあり、日々の生活の中で行われている「小文字の政治」の「ケア」に焦点が絞られていたのだが、トーク冒頭で引用されたベレニス・フィッシャーとジョアン・C・トロントによるケアの定義を紹介しておく。

「ケアは人類的な活動(a species activity)であり、わたしたちがこの世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復するためになす、すべての活動を含んでいる。世界とは、わたしたちの身体、わたしたち自身、そして環境のことであり、生命を維持するための複雑な網の目へと、わたしたちが編みこもうとする、あらゆるものを含んでいる。」

(ベレニス・フィッシャー+ジョアン・C・トロント「ケアするのは誰か?
──いかに、民主主義を再編するか」(岡野八代訳、白澤社))

トロントは「民主的な政治は、ケアに対する責任配分を中心に据えるべきであり、かつ、民主的な市民が、そうした責任の割り当てにできる限り参加できるよう保障するための、責任配分を核にすべきである」[tronto 2013: 30. 強調は原文](前掲、p. 116)と自身のケア論をまとめている。「小文字の政治」は「大文字の政治」と繋がっている。気になる方はぜひ本を手に取ってみて欲しい。
さて、西原さんの締めの言葉をお借りして、本レポートを終わりたい。

「ケアをしている人、そういう役割が多いという人は、自分の調子に充分気を配って、溜め込まないように、自分を労るということをぜひやってほしい。そして、このことをぜひ誰かにシェアしてください。」

本レポートで西原さんが伝えられた内容の一部でも共有できていたらうれしい。そして、これを読んでくれた誰かが「名もなきケアを引き受けているすべての人へ 」シェアしてくれたらと願う。小さな声からあらゆることは始まる。最後に、イベント会場では参加者のお子さん(1歳7か月)の声が響き渡っていたことを書き添えておく。


筆者プロフィール

中山佐代
舞台企画制作。企画立案から資金調達、運営、アーカイブズといった舞台の始まりから終わりまでを担い、アーティスト、劇作家、演出家、ドラマトゥルク、俳優、テクニカルスタッフ、劇場付きスタッフ、フロントスタッフ、記録カメラマン、翻訳家、助成団体、批評家、メディア、研究者、観客といった様々な人たちと関わる。企画制作の仕事の大半は、自分を含めた多様な人たちの企画における居心地をケアし続けることだと考えている。https://sayonakayama.studio.site/


トークイベントの様子はこちら(動画撮影:須賀亮平)

アート×ビジネス共創拠点 〈器〉トークイベント「名もなきケアを引き受けているすべての人へ 」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?