それは、何ティーンブキなん?

何度も述べていると思うが、僕はアホである。おまけに絵心がない。そんなものは母の子宮に置いてきたを、地で行く昭和ラスト世代である。そんな事もあってか、不登校の子が居たのにも関わらず、中学3年の通知表美術の欄に1を付けられるナイスガイであった。今の通知表のシステムは知らないが、これなかなかパンチ効いているらしい。

中学3年にもなると、進路相談で何処の高校を目指すか担任と話になる。その際僕は高校生活に興味がない趣旨を伝えて、夜間学校に行きたい旨を伝えた。だが母が大事な三年間なのだから、友達を作るべきだと説得というか、半ば強引に朝の時間帯の高校に行く事に。決まったはいいが、通知表に1を付けられるタイプのナイスガイですから、偏差値の高い高校に行けないし、行けるわけがなかった。それに加えてだいぶアホで、選択肢は自動的に絞られてしまうわけである。担任が私立がベストではないでしょうか?等と言うのだが、我が家はシングルである事、お金がない事、あとモラルも少しないと伝えた。返す刀かなというくらいの勢いで、奨学金の話をされた。アホすぎてその時は返さなくていいものだと思い込んでいた。アホは怖い。その後母は担任に説得され、私立高校へと進路を決めたのであった。

入った高校は商業高校、今となっては職種的にもなんの役にも立ってないので笑えてくるが、無事入学する事ができた。当時クラスメイトに、露骨なくらいのヤンキーが二人いた。絶対仲良くならないだろうと確信するくらいのヤンキーだ。何故かその二人と仲良くなったのだ。今更ながら僕はヤンキーではない。にも関わらずものすごく仲良くなったのだ。その二人のやんちゃぶりは、文面に書けない事がそこそこ多いのだが面白い子たちであった。今は二人の連絡先を知らないけど。

そのヤンキー二人はやめていく時も早かった。二年生の後半には、一人ぼっちになっていた。ヤンキーの辞めたクラスでは権力を持っているヤンキーが辞めると自然とイニシアティブは他者に移る。そこからは何ら面白みのない期間であった。一応私立の大学へのエスカレーター式の学校であったが進学せずに働き始めた。だからぼくは大学生というものに、憧れがあった。というか年々出てきた。ご存知の通りアホが故に大学に行けなかったわけだが、それ以外にもシングルマザーの家庭に生まれて、そこそこの貧困を経験したので、それどころではなかったのもある。働く以外の選択肢はなかった。後々彼等彼女達が、奨学金を返しているとも露知らず、親の金で言ってんだろうなと、アホみたいな顔で思っていたわけである。

昔大阪芸大の彼女がいた。故にちょこちょこ芸大に行く機会が多かった。彼女の授業を、中庭的な所で待つわけである。コスプレイヤーが撮影している中、星新一のぼっこちゃんを読んでいたのですが、よくよく考えたら、珍妙な事になっていると今は思う。憧れのキャンパスというものを、芸大しか知らないわけだ。その芸大に通っていたのが、TOKKIBUTSUメンバーだ。どれだけ芸大にゆかりがあるんだろう。縁もゆかりもとはいうが、僕の場合縁とゆかりしかない。

今になって勉強したいと、思う事が増えてきた。知識を付けるという事に、楽しさを見出したわけなのだが遅すぎた。これが俗に言う、先の後悔というものなんだなと理解した。もしチャンスがあるなら、学業にでも専念したいものである。後悪意のあるイメージなんですけど、大学生って彼氏のワンルームの部屋に上がり込んで袋菓子についてる、1の液と2の液を、濃厚接触したかのように、毎日セックスしてるイメージを持っている。これに関しては偏見だ。ごめん。そんなイメージずっと持ってる。ごめん。

高校生活の後悔と言えばそれくらいなもので、正直高校を卒業してからの方が青春というものを謳歌している。今もそうだ。むしろこのパターンの方が珍しいのかもしれない。働いて、結婚をし、バンドを続けてアホみたいな顔で寝る。最高ではないか。他者に憧れを持ち何かを妬み嫉むより、心が豊かである事が大切なのだなと最近では思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?