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#4「好きなこと」を「人のため」に 「すすんでする」学校の創造 【前編】|校長の挑戦

新連載、「校長の挑戦」。いろいろなしがらみのなか、積極果敢にさまざまな挑戦をしている全国の校長先生への取材を一人ずつ掲載していきます。4人目は、京都府立岩倉北小学校長の三浦清孝先生です。

三浦先生写真

プロフィール
1989年京都府立舞鶴養護学校(病弱)で採用。病棟と学校を有線で結ぶリモート授業を経験。その後、京都府長岡京市立長岡第六小、長岡第七小に赴任し、初期のインターネットを活用した遠隔授業や校内ネットワーク構築に携わる。2005年から京都市に転籍し、楽只小、紫竹小で勤務し、2007年に京都学びの街生き方探究館(キャリア教育施設)の開設に携わった。2013年に岩倉北小に教頭として赴任し、2017年より同校で現職。2018年に第1回全国小学校キャリア教育研究協議会研究大会の会場校となり、「好きなことをする・人のためにする・すすんでする」を校是とし、いかなるときも児童が主役のキャリア教育・特別活動を学校総体ですすめている。現全国小学校キャリア教育研究協議会会長。

【三浦校長の挑戦】
① 子どもたちがゼロベースから考える委員会活動
② 子どもたち自身が企画し、「学校全体の高まり」を創造する運動会
③ 子どもたちが「やりたいこと」に取り組む縦割りでの学級活動

■教育観の土台を築いた養護学校での経験

 大学を卒業後、最初に着任したのは国立病院に併設された養護学校でした。この学校に在籍する子どもたちは重い病気を抱えていて、自分が担任をする子が亡くなることもありました。最初は元気に教室へ来ていたのが病状の悪化で来られなくなり、病室とオンラインでつないだ授業に変わる。ついにはそれすらもできなくなり、数日後に訃報が届く……。そんな経験を通じ、まだ新任だった私は「生」と「死」の間に横たわる境界線の大きさを痛感しました。
 どんなに教師の言うことを聞かない子も、どんなに手のかかる子も、生きてさえいてくれればともに未来を見ることができます。でも、死んでしまったら何もできません。私は、目の前の子どもたちが元気に生きてくれていること、それだけで幸せを感じるようになりました。わずか2年ではありましたが、この学校での経験は私の教育観の土台となり、現在の学校づくりにもつながっています。現在はコロナ禍で何かと大変な状況ですが、子どもたちが生きている限りは何でもできる――そう思えるのも、当時の経験があるからです。
 教員時代から現在に至るまで、一貫しているのは子どもたちに「楽しい学校生活を送ってほしい」という思いです。そんな思いから、教員時代にはスタートしたばかりの生活科の時間を使って、2年生の児童にちょっとした冒険をさせたことがあります。ある日、「先生は嵐山で待っているから、自分たちの力でそこまで来てごらん」と子どもたちに伝えたのです。
 その学校は駅の近くにあり、そこから電車に乗って1回だけ乗り換えれば、嵐山に行くことができました。それを2年生に自力でさせたのです。保護者には子どもに見つからないように見守りをしてもらいました。子どもたちは時刻表を調べたり、人に聞いたりしながら、私の待つ嵐山にたどり着き、嬉しそうな表情を浮かべていました。
 この取り組みの後、子どもたちは「自分たちの力でできる」と自信を深め、驚くくらい変わりました。何事も自分の頭で考え、主体的に行動するようになったのです。翌年は、2年生が1年生を引率するかたちで同様の取り組みを行いましたが、やはり目覚ましい成長を見られました。保護者もわが子の変容に目を見張り、体験することの大切さを感じてくれました。
 国語や算数など教科の学びも大切です。でも、子どもたちがさまざまな活動を通して小さな成功・失敗体験を積み重ねていくことは、それ以上に大切なのではないかと私は思いました。そして、そんな活動をよりダイナミックに行えるのは特別活動であり、いずれ自分が管理職になったらそうした学校づくりがしたいと思うようになりました。
 その後、私は小学校担任として十数年間を過ごし、今から9年前に現任校の京都市立岩倉北小学校で教頭となりました。そして4年後に校長となり、現在5年目を迎えます。
 余談ですが、同じ学校で教頭から校長へという人事は全国的には多くないようですが、京都市の場合は珍しくありません。京都市は、明治初期に住民の自治組織がお金を出して「番組小学校」を創設した歴史があり、地域との連携を重視していることから、そうした人事がなされるのかもしれません。

■「好きなこと」を「人のため」に「すすんで」する学校をつくる

 校長に昇任したとき、私は「教員がやりたいことを持てる学校にしたい」と考えていました。教員という仕事は、とかく教育課程をこなすことに目が向きがちですが、本当に大切なのは子どもたちの成長を引き出すために、さまざまな「仕掛け」を講じていくことです。そのためにどんな取り組みをすればよいかを考え、「やりたい」と思うことにトライする教員を増やしたいと思っていました。「しなければならないこと」をこなす学校から、「したいこと」ができる学校への変革を目指そうと考えたのです。
 とはいえ、校長1年目の私は、自分自身が「やりたいこと」をすぐ実行できていたわけではありません。自分のやりたいことが、本当に学校のプラスになるのか、自分の「好き勝手」なのではないかと悩んでいました。教頭として4年を過ごしてきた学校で、事情をよく知っているがゆえに動きにくい部分もありました。新任校長として、「失敗したくない」との思いもあったのかもしれません。
 やがて、自問自答をするなかで、「好き勝手」な実践に陥らないためには、他者意識が大切だということに気づきました。「好きなこと」が「好き勝手」になってしまうのは、「誰かのため」という視点が欠けているからだと考えたのです。そして1年目の終わり頃から、私は自分の「やりたいこと」を実行に移し始めました。
 最初に着手したのは、学校教育目標の見直しです。教員とも対話をしながら、新たに「自らすすんで学び、ともに築き、豊かに生きる、岩倉の子」としました。さらには、その具現化に向けて「好きなことをする」「人のためにする」「すすんでする」という「めざす岩倉の子像」も新たにつくりました。これには、「好き勝手」にならないための他者意識を教員や子どもたちに持ってほしいとの思いも込められています。
 この学校教育目標で特徴的なのは、「豊かに生きる」と「岩倉の子」の部分です。まず、「豊かに生きる」については正解がありません。「豊か」とはどのような状態を指すのか、どうすれば「豊かに生きる」ことができるのか、子どもたちはもちろん、教員にも考えてほしいという思いからです。
 また、「岩倉の子」という言葉は、変更前の学校教育目標にはありませんでした。以前は「~の育成」という言葉でしたが、この言葉の主語は学校や教員です。子どもを主語にすること、そして教員だけでなく地域や保護者とも共有することを目指して「岩倉の子」という言葉でまとめました。
 日々、子どもたちに言い聞かせているのは、「好きなことをする」「人のためにする」「すすんでする」の三つです。こちらは低学年の子でも理解できます。もちろん、「好きなことをしなさい」と言うと、好き勝手をしてしまう子もいるので、そうした場合は「人のためになっている?」と問いかけ、子どもたちに考えさせます。
 このような学校教育目標を掲げても、教員や子どもがすぐに「好きなこと」を「すすんでする」ようにはなりません。正解を求めたり、失敗を恐れたりして、主体的に行動できない場面はどうしても残ります。
 そこで、新たに「わからないからかんがえる、しっぱいするからおもしろい、こまったときほどかおをあげ、はなしあうからたのしいんだ」という言葉を掲げました。「わからないこと」や「失敗」にこそ価値がある、だから学校に来ているのだというメッセージを相田みつを風の詩に乗せて発信したのです。現在はこの言葉が本校の「学びのデザイン」として位置づけられており、教員には「こういう授業をしてほしい」と伝えています。

運動会開会式

■委員会活動をゼロベースから子どもたちに考えさせる

 学校の委員会活動は、通常でしたらあらかじめ教師が大枠を決め、子どもたちを希望等に沿って割り振ります。しかし、これでは子どもたちの主体性を引き出すことはできません。そこで本校では、いったんすべての委員会をなくし、ゼロベースで子どもたち自身につくらせることにしました。
 まず、5・6年生全員を集め、「学校を動かしていくには、何が必要だと思う?」と問いかけ、「好きなことをする」「人のためにする」「すすんでする」の観点から考えさせました。子どもたちはいろいろと話し合った末、最終的に学校行事を企画・運営する「School Event Sutapuro(※)」(通称SES)、縦割り活動を企画する「Friend Connect隊」、休み時間を使ったイベントを企画する「IWAKITAワクワク」、学校をきれいにする「清掃活動プロジェクト」など計8つのプロジェクトをつくりあげました。名称もすべて、子どもたちが考えたものです。

※「岩倉北の新しいスタイルをつくる」「岩倉北のスーパースターになってほしい」という願いから、5・6年生の縦割り活動は「Team★イワスタ」(通称:「イワスタ」)と名づけられた。そのイワスタが行う全く新しい委員会活動が「イワスタプロジェクト」(通称:「スタプロ/Sutapuro」)。すなわちSESとは、学校行事・児童会行事(School Event)を委員会活動(Sutapuro)として取りまとめる役割を持つ。

 誰がどのプロジェクトに所属するかも、もちろん子どもの「やりたいこと」に沿って決めます。ですから、人数制限や男女比などはいっさい考慮しません。また、通常の委員会活動は月1回程度の定例開催ですが、本校では子どもたちが必要なときに集まり、必要なときに活動するかたちにしました。そのような仕組みにしたことで、5・6年生は主体的に活動を進めるようになり、低学年の子どもから「ありがとう」と感謝の言葉をかけられることも増えました。
 この取り組みは、5・6年生の縦割りで実施していますが、今年度は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、市教委から「他学年・他学級間の子どもの接触は避けるように」との通達が届いていました。通常ならプロジェクトの活動は中止です。本校では、5・6年生に「どうする?」と問いかけました。すると、GIGAスクール構想で整備された1人1台の端末を使って、何とかしようという話になりました。市教委の通知は、新たな感染を防ぐために他学年・他学級間の「接触」を禁じるもので、オンラインを活用した非接触型の「交流」を禁じているわけではないからです。
 5・6年生は、マイクロソフトの「Teams」のビデオ会議やテキストチャット、ファイル共有の機能をフル活用しながら、話し合いを重ねました。ビデオ会議は複数の端末を同じ教室で使うとハウリングを起こすため、1~4年生の教室に散らばるなどの工夫もしました。
 こんなふうにプロジェクトの活動を止めることなく続けられたのも、子どもたちの間に「好きなことをする」「人のためにする」「すすんでする」意識が根づいてきたからだと私は考えています。

■子どもたち自身がつくりあげる運動会

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続きは来週に更新予定です!お楽しみに。


執筆:教職研修編集部
制作協力:株式会社コンテクスト

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「校長の挑戦」は下記の『校長の覚悟』の続編です。
ぜひ、こちらも併せてお読みください。


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