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読書拙想文 『ラスト・ワルツ』柳広司

拙想文のペースが早いのは、決して『シュメル』を読み進めるのが難しすぎて、他の本に浮気しながら同時並行で色々な本を読んでいたからではない。この間、本書の他に司馬遼太郎さんの『関が原』も8割方読み終わっているなんていうことも断じてない。

本書は『ジョーカー・ゲーム』から始まる柳広司さんのスパイ小説、D機関シリーズの最新刊(といっても文庫化したのは今年の春、書籍化は2年近く前だけど)である。拙想文初の小説の感想である。

D機関シリーズというのは、旧日本陸軍に設立された諜報機関・D機関に所属するスパイ達の活躍を描いた作品で、主人公となるスパイは毎回異なる1話完結型の短編集である。

主人公は毎回違うと書いたが、そのキャラクター性は殆ど描写されない。というのもD機関のエリートスパイ達は、毎回任務にあたり自分とは異なる人間を演じ、生い立ちや性格・仕草などを完璧に身体に叩き込んで任務にあたるからである。スパイとして目立つことは致命的なのでこれといった個性を発揮する場面もない。内面の思考すら任務遂行の為の最低限の描写にとどまっており、個人的な感情が作中で描かれることも殆どないという一風変わった小説となっている。

この作品、どう評価したらいいんだろう。D機関シリーズは既に何作品も刊行されており、去年の初めには映画化もされている。人気作品である。私も全作読んでいる。んだけども、実は正直そんなにのめり込めていない。全作買って読んどいてなんだけど、いまいち入り込めていない。

だって、この作品に出てくるスパイって無個性な上に超人的すぎて、「そんな物語じゃあるまいし」というばかりな能力で困難を乗り越えるんだもの。

鋭い観察眼で目の前の人間の思考を洞察し、驚異の暗記力で会話や文書を瞬時に頭に叩き込み、言葉や情報を巧みに操って人を動かす。という超人スパイ達が活躍する話なのだ。個人的には人間の内面を描いた作品が好きだから、というのも入り込めない理由なんだろうなぁ……。

とはいえ全作買ってるんだから、面白いのも確か。癖のない、それでいてスパイ小説として淡々としたミステリアスな雰囲気のある文章は凄く読みやすい。お酒との相性抜群で、私もよく一人飲みのお供に本書を連れて行っていた。お酒とミステリー小説の相性ってなんでこんなにいいんだろう。ダン・ブラウンのラングドンシリーズもお酒との相性かやたらいいんだよなぁ……。

本書は4つの短編が載っている。ドイツを舞台に、日本人映画監督兼俳優・逸見の周囲に動く外国人スパイの影を探る日本人スパイの活躍を描いた『ワルキューレ』。侯爵家の令嬢として生まれた顕子とかつて彼女を暴漢から救った謎の陸軍軍人の因縁を描いた『舞踏会の夜』。スコットランド・ヤードの刑事二人組がロンドン市内で起きた奇怪な自殺事件の真相を追う『パンドラ』。満州鉄道の特急電車車内で繰り広げられる、D機関のスパイとロシア人スパイの暗殺劇を描いた『アジア・エクスプレス』。

うーん、説明が下手だ。でもあんまり書くとネタバレになる。叙述トリックとまではいかないまでも、基本的にどの作品も「おっ」という仕掛けが用意されている。一つ一つは短いし、文章も読みやすいから、あらすじを誰かから聞くのではなく読んで自分で知って欲しい。

基本的に1話完結型だから、本書『ラスト・ワルツ』から読み始めても良いのだけど、出来ればシリーズ1作目の『ジョーカー・ゲーム』を手に取ったうえで、本書を読んで欲しい。というのも本書の4つの短編の内、D機関のスパイがまともに出てくる小説は実は……、とあんまり詳しく書けないけれどシリーズの中ではちょっと異色の立ち位置になっているので。

結局この作品で何が言いたかったというと、ミステリー作品は一人でお酒を飲む時のお供に最適ということ!一人飲みをしたことない方も、ミステリー小説を持ってバーに行って、お酒をちぴりちぴりと舐めながら小説の世界に浸る極上の体験を是非一度試して欲しいものである。

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